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「バーゲストの悪夢」

 花の顔が綻ぶ。最後の一片が散っていく。あてもなく彷徨った右手は、燃え盛る焔を消したいとばかり思っていた。


「なん、で……」


 涼風に溶けるのは、澄んだ色の疑問。民衆の騒めきが俺の口舌を好奇心と共に綯い交ぜにした。口々に語られるのは、魔女への嘲罵。彼女へ向けられるのは針のような視線だった。


 紅焔が玉体を炙る様を呆然と眺める。火柱の核で俺の大切な人は、嘘みたいな笑顔を浮かべていた。十字の板は張り付けにした身体を逃さない。四肢を炙る炎に僅かばかり苦悶の表情を携えた彼女は、それでも儚い微笑を湛えていた。


 不意に自身の髪を撫でる。先程まで燃えていた髪の一房が鎮火していた。それは彼女の裏切りと、酷な優しさを意味する。喉の奥で悲鳴を噛み殺していれば、彼女を焦がす炎は空高く舞い上がっていった。


「やめて……やめて……やめてよ……」


 頭を振って、かんばせを歪める。それは彼女を殺そうとする奴らにもだったが、彼女に対する魂願でもあった。


「俺を置いて逝かないで……!」


 駆け出した瞬間、風になる。民衆の狭間を縫って彼女のもとへ辿り着くも、俺に向かって紡がれたのは残酷な言葉だった。


「ダメよ」


「何が……?」


「新しい主人を見つけなさい」


「嫌……嫌だよ……死ぬ時は一緒だって約束したじゃん……どうして契約を切っちゃったの? ねぇ、今からでも……」


「ダメよ。私の勝手でアッシュを死なせるわけにはいかないでしょ」


「貴女の勝手で俺を生かさないでよ!!」


 焼け爛れたワンピースを鷲掴み、叫び散らす。それでも、彼女は謝罪一つ述べなかった。謝って欲しかったわけではない。謝って欲しかったわけではなかった。喉から手が出るほど欲したのは〝貴女との未来〟だったから。


 縋り付くには全てが脆すぎた。人間の身体も、衣服の素材も、僅かな時間だって脆弱過ぎたのだ。


 彼女の肉片は煤で爛れ、桃色の唇が開くことは二度とない。それすら真っ黒に染まり、俺に突き付けられたのは〝死〟という事実のみだった。


「なんで……なんで俺は燃えないの……? なんで死ねないの……? 嘘吐き……死ぬ時は一緒だよって約束したのに……こんなの……!」


 俺のことなど気に留めない観客が、一人、二人と場を後にする。真っ黒になった彼女を抱いて、俺は咆哮した。


 心は哭いていた筈だ。〝悲しい〟なんて感情は、とっくに越していたし、裏切られた絶望感が胸を占めていたから。こんなこと思いたくはない。そう思うのに〝裏切り者〟の単語が脳漿を占拠していた。


 けれど、泣けなかった。落涙一つ出来ない俺は、所詮、悪魔でしかないのだ。自嘲を零す余裕もない俺は、なんて小さな男なのだろう。


 けれども、それほど彼女が大切だった。分かって貰えなくていい。誰も分からなくていい。それでも愛している事実は変わらない。それが悲しい迄の真実なのだ。


 笑みを喰べてやりたかった。恐怖も、憎悪も、抱えていただろう全ての感情を喰べて、彼女が感じた苦痛を共有したかった。そして俺も生を全うして――けれど、それはもう叶わない。否、二度と叶うことはないのだ。


 彼女にとっての契約なんて、所詮そんなものだったのだろう。俺はあっさりと手離してしまえる存在だったのだ。酷い。酷すぎる。あまりにも酷い仕打ちだ。

「こんな想いもう嫌だ……」


 けれど、悪魔は死ぬことが出来ない。






 ——たった一つの方法を除いては。








 夢というのは残酷だ。二度と戻れない過去を、リバイバル上映し続けるスクリーンなのだから。

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