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八月十四日……その二……

 夏休み……八月十四日……朝……。

 オールブレイカーこと『不死鳥ふしどり 壊人かいと』は、ただいま教室にいる……。


「あー、ひまだなー。どうしてこんなにひまなのかなー」


 彼は学校の廊下を走り回っている黒猫のクルスと白猫のシルクを横目で見ながら、そうつぶやいた。

 二人は擬人化しているが、彼と本人たちにしかそれが分からない。

 そして、ただいま神通力を使って他の人には見えないようにしているため、自由に動ける……。


「……なんかあいつらを見てると、昨日の夜の出来事を思い出すな……」


 お賽銭箱の中にある擬人化した猫たちが暮らす村に行ったこと。

 そこに襲来した悪霊たちを一掃したこと。

 ナースの格好をした二人にからかわれたこと。

 猫たちの祭りに参加したこと。

 そして……二人の母親にくちびるを奪われたこと……。

 彼はその時の光景が脳裏に浮かんだ瞬間、ブンブンと首を横にった。

 彼は無意識のうちに、自分のくちびるに手をやると、顔を真っ赤にした。

 二人の母親の名前はキツノ……。白髪ロングと金色の瞳が特徴的な美女……。

 狐のように相手をまどわし、色香に酔わせる。そんな感じの……。


「……痴女ちじょ……ですか?」


「うんうん、まさしくその通りだな……って、あんたどうしてここに……!!」


 彼女は彼のくちびるに人差し指を押し当てると、耳元でこうささやいた。


壊人かいと様に一つおたずねしたいことがありまして……。その……来ちゃいました」


「そ……そうか。じゃあ、用事が済んだら、さっさと帰れよ」


 彼が頬を赤くすると、彼女は三歩後ろに下がって、クルリと一回転した。


壊人かいと様、どうですか? 今日の私は巫女の格好をしていますよー」


「え? あー、そうだな。そ……その……似合ってる……と思うぞ。というか、クルスとシルク(あいつら)にはあんたが見えてないのか?」


「はい、今は壊人かいと様にしか見えません」


「神通力……ってやつか?」


「はい、そして、壊人かいと様の力のおかげです」


「俺の力だと? ……まさか、あんた! 昨日のキス(アレ)は俺の力を得るためのものだったのか!


「はい、その通りです。おかげですんなりこちらの世界に来ることができました」


 な、なんてこった……。俺としたことがとんでもないミスを……。


「あの、壊人かいと様」


「ん? なんだ? 用がないなら、さっさと帰ってくれ」


「用ならありますよ。それは……」


 彼女は一瞬で彼の目の前に移動し、彼の両頬に手を置くと、静かにこう言った。


「あなたを……私のおっとにするためです」


「……な、何言ってんだよ! あんたは! というか、俺はあんたの不倫相手になんかならな……」


「私がいつ、夫がいると言いましたか?」


「え? だ、だって、二人があんたのことを母さまって……」


「私はあの子たちの本当の母親ではありません。ただの育ての親です」


「も……もしそうだとしても、俺はまだ結婚できる年齢じゃ……」


「それは人間たちが定めたものです。猫たちの定めた法の中にそのようなものがあると思いますか?」


「そ、それは……」


「それにあなたの命はもう長くありません。このまま無理に力を使い続ければ、あなたは……」


「ふ……ふざけるな! そんな話が信じられるか!」


壊人かいと様。それはあなたが一番よく分かっているはずですよ? 強大な力ほど支払わなければならない対価も大きいということも、そしてその対価が自分の寿命だということも……」


「……!」


壊人かいと様……残りの人生をどう過ごすのかはあなた次第ですが、もう休まれてもいいのではありませんか? あなたの使命を果たすために日々戦い続けることや、学校ここに通うこと。そして家族を安心させるために明るく振る舞うことにも、本当は疲れていらっしゃるのでしょう?」


「……うる……さい……」


「あなたはよく頑張りました。これからはもう、私に身をゆだねることだけを考えてください。そうすれば、あなたは……」


「……うるさい……もう……ほっといてくれ……」


「いいえ、そういうわけにはいきません。あなたをこのままにしておいたら、この世の全てが滅びてしまいます。なぜなら、あなたの死はこの世の終わりを意味するからです……」


「……じゃあ……どうすればいいんだよ……。俺は使命を果たすために生きているのに、それを成し遂げる前に死ぬ可能性があるから、もうらくになれだと? ふざけるな……俺にはまだやってないことがたくさんあるんだよ……。野良超能力者をこの世から消すことも、普通の高校生活を送って無事に卒業することも、それからの人生を生きていくことも……。まだ何一つ成し遂げていない……。だから、俺は……」


「私のものにはならないし、私の提案にも反対する。なるほど、そうですか……。なら、奥の手を使いましょう」


「奥の……手?」


「はい、そうです。昨日、私があなたにキスをしたことを覚えていますね?」


「あ……ああ、覚えてるよ」


「実はあれには、もう一つの効果があるんですよ」


「もう一つの……効果?」


「はい、そうです。それは……相手の色欲を意のままに操れるようになるという効果です……」


「……!!」


 彼が彼女から離れようとした時には、もう遅かった。だって、その時の彼の頭の中は……色欲で満たされてしまっていたのだから……。

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