第53話 私として私の論理の元に私の名において
雅が何か手をぎゅっと握りしめて。
そして小さく頷いて、口を開く。
「佳奈美さん、ひとつ聞いていいですか」
「ひとつと言わず、何なりととどうぞですよ」
そう言って佳奈美は作戦会議中、始めて雅にまっすぐ向き直った。
「佳奈美さんは、きっと気づいているんですよね」
「何をですか」
佳奈美はそうあくまで自然に尋ねる。
「気づいているからきっと、さっき私がヒューム値変動がわかった理由も聞かないんですね」
「急ぐ必要ない話は急がなくても大丈夫なのですよ」
佳奈美はそう言って、そして何か微妙な作り笑いのような笑顔を浮かべて。
そして続ける。
「でも、もしその先を言おうとしているなら。
朗人。警報を切って、測定器を私によこすのです」
佳奈美が何を言おうとしているのか、そして何をしようとしているのかは僕にはわからない。
でも僕は迷わず言われた通り警報のスイッチを切り、測定器を佳奈美に渡す。
佳奈美は確かにトラブルメーカーだし変わり者だ。
実際僕は色々な迷惑や実害を被っている。
中学時代からもう、数えきれないほどだ。
でも、それでも、非常に困った事だが、僕はこいつ自身の考え方や行動や発想は嫌いじゃない。
好もしく思っているとさえ言ってもいいだろう。
多分今までに出会った何処のどいつよりも。
例えこいつに裏切られたとしても、それでも裏切りの理由や状況さえわかれば納得できる自信がある。
そうでもなけりゃこんなに長い事付き合いが続いている訳ないだろう。
こんな田舎まで付き合ってやる事だってない訳だ。
佳奈美は僕から当然のように測定器を受け取る。
そしてその表示をしばらくの間確認している様子だ。
神流先輩は何も言わない。
あえて何も言わずに見守っている感じだ。
そして。
「予想通りなのです」
佳奈美はそう言って頷く。
「動かないでその場でこの表示を確認して欲しいのです」
僕らから見えるように測定器の表示部分をこちら向きにした。
数値は一・三。
ただし指数表示部分が〇一になっている。
つまりヒューム値十三という事だ。
「いつ気づいた」
神流先輩がそう尋ねる。
微妙に口調と表情が微妙に優し気なのは気のせいだろうか。
佳奈美は小さく頷いて、そして口を開く。
「確信したのは最初の探検の後、あえて朗人にこの測定器を取らせた時点なのです。
でも気づいたのはきっとそれ以前、ずっと前からなのです。
神流先輩の魔女という属性ほどわかりやすくはないのです。
でも私もきっと、“普通”がほとんどの世界に紛れ込んだ“異物”なのです。
それは小さい頃からずっと気づいていたし意識していたのです」
「何故それを今言うんですか」
雅の声が若干涙声に聞こえるのは気のせいだろうか。
「私として私の論理の元に私の名において、この場でこれを知っていて言わないのは私らしくないと思ったからなのです。
あくまで私個人による私の論理なので雅は気にする必要は無いし行動を左右させる必要も無いのです。それだけは断固として言っておくのです」
そう、今の物言いなんて正に佳奈美らしい言い方だ。
正しいとか正しくないとかの言葉すら使わない。
あくまで自分がどうしたいかだけが判断基準。
そして自分の考えで他人を拘束することを極端に嫌う。
正しいという言葉を使わない、むしろ嫌っているのもそれでだ。
正しいというのはそう判断する自分の意価値観を他人に押しつける言葉だから。
何より自分自身がそういったものを押しつけられるのが嫌だから。
「強いんですね、佳奈美さんは」
「強くはないのです。私自身はとっても臆病で弱いのです。中一の時までの私は全部嘘だったのです。行動も会話も、テストの成績すらも偽りで嘘だったのです。この辺りが普通で目立たないかな、そういう行動を選んでいたのです。
ただ私はそこで朗人に会ったのです。ちょっといい成績以外はほとんど全くもって普通の癖に。私が充分わかっている事を殊更に言って、青臭い議論をふっかけてくる面倒くさい奴に会ってしまったのです」
あ、ちょっと……
「微妙に恥ずかしい話になりそうなので、逃げてもいいでしょうか」
「朗人に限って不可なのです」
にやりと笑って、でも目が微妙に涙目で佳奈美はそう言い切り、そして真顔に戻ってその先を続ける。
「朗人に限れば私は今みたいな事も言えるのです。朗人が勘弁して欲しいと思いつつも、それでもまあしょうがないなと思って、私を理由にせず朗人自身の意志でここにいてくれると信じられるからなのです。
朗人は私が異物であっても気にしないのです。むしろ異物のくせに普通ぶっていると嫌がるのです。だから私も、少なくとも朗人の前では普通ぶるのをやめたのです。そうしたらその方が楽だという事に気づいたのです。
今でも、今の私でも、少しは普通ぶったりするのです。でも普通ぶる事が大分少なくなったのです。
それは私が強いからではないのです。私は決して強くないのです。でも私には朗人がいてくれたのです。だから私は朗人がいる限り、私でいられるのです」
うわあ。
今のを真顔で言われると、かなり僕の方にもダメージが来てしまう。
「そう言えば焼き肉食べ放題の時に朗人が言っていたな。佳奈美とつるむきっかけをさ。『何か見せかけのような笑い方をするなって。本当はもっと素敵に笑えるんじゃ無いかなと思って』だなんて。なかなかに青春しているな、キミタチは」
うわあ、何かとどめを刺された。
でも最後の抵抗をしておこう。
「何でそんな人の話を一字一句憶えているんですか」
神流先輩は悪そうににやにや笑う。
「魔女の記憶力と意地の悪さ、甘く見て貰っては困るな」
そういう問題ですか!




