9.第一地区の到達者
結局その後も、風呂から寝室まで終始レイアが付いてきた。
僕の五百年振りの一日目は、主にレイアに振り回される形で終わった。
そして二日目――朝方からレイアの作ってくれた朝食を食べ終えた僕は、二つの選択を迫られていた。
一つは、この《魔導要塞アステーナ》にいる《管理者》達の確認。
早い話挨拶周りという事になるけど、何せ十七地区もある――僕の自室のある十七地区の管理者はレイア自身らしい。
つまりこの世界における実質的なラスボスはレイアという事になるわけだけど、そのレイアはこの五百年の間に人間らしい一面を手に入れ、物凄く僕に構ってくる。
ただ、管理者の確認はすでに名前が挙がっている者達だけでも億劫だ。
デュラハンのアルフレッドさんから、国一つを滅ぼせるクラスの強さを持つゴーレム、それにペット感覚のフェンリルなど――すでに判明している三体だけでもやばいのが分かる。
(今度でいっか……)
僕は嫌な事は後回しにするタイプだ。
正直彼らに会わなくてもいいかなと思っているくらいだし、守ってくれている事には感謝しているけれど彼らにもできれば静かに暮らしていてもらいたい。
僕の今日の選択は二つ目――町の方へと向かう事だった。
昨日出会った冒険者の少女、フィナを送り届けたのはその町の近くまでで、実際に中に入る事はなかった。
今日は町中まで行こう――そう決意したのだ。
「それでは、行きましょうか」
「え、レイアも来るの?」
「行ってはいけませんか?」
「いや、昨日は案内いらないって言ったら来なかったし……」
「いけませんか?」
「いけないわけじゃないけど……」
「イケマセンカ?」
「それやめてっ!」
何度も聞いてくるレイアの無表情が怖い。
だが、すぐにレイアは笑顔を浮かべると、
「私が誠心誠意護衛を務めさせていただきます」
「護衛はもう大丈夫だと思うけど……」
「ではデートという方向で」
「どういう方向!?」
もはや突っ込んでほしいと言わんばかりの言動ばかり取るレイア。
「冗談ですよ」と言いながら、レイアは微笑む。
「ですが……マスターを守りたいという気持ちは本当です。もちろん、私ごときに守られるようなお方ではないかと思いますが」
「いや、一応五百年は守ってもらっていたわけだし……まあ来るっていうなら止める理由もないけど」
「ではご一緒致します――マスターに悪い虫がつかないようにしないと」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
最後に小声で何か言っていたようだけど、はぐらかされてしまった。
ただ、レイアがついてくる上で僕からも一つ命令は付け加えておいた。
「基本的には暴れるような事はしないように」
「私を何だと思っているんですか?」
「……まあ、昨日の感じだと色々と不安なところがあって」
「ご心配なく。私も常識というものは備えてあります。少なくとも、五百年眠っていたマスターよりは現代っ子ですよ?」
「それを言われると言い返せないけど……」
何せ僕の魔法はとんでもなく古い魔法という事になってしまっている。
それでも現代の魔法に比べたら威力が高いわけで問題はないけれど、そういう類の魔法が使えるという事が広まるのは厄介だった。
僕が町に行くのは、純粋にこの世界で平穏に暮らす事ができるかどうかの確認――それに尽きる。
(まあ……自宅が凶悪すぎるんだけど……)
同居している事になっている魔物の軍勢が恐ろしい。
彼らには本当に大人しくしていてもらいたい。
「はあ……平穏な暮らしがほしい」
「! マスターは平穏をお望みですか?」
「それはそうだよ。僕自身を封印したのも平和な世界で暮らしたいからであって――あれ? 知らなかったの?」
「あの時マスターは私にそういう事は教えてくれませんでしたので……」
「そ、そっか。ごめん、僕はそういう考えで生きてる人間だから」
「そうだったのですか……」
レイアが僕の言葉を聞いて何か考えるような仕草を見せる。
こんなチキン野郎に従えるか、何て言われたらどうしよう。
けれど、レイアは変わらない態度で続けた。
「分かりました。私はマスターのためにいる存在――マスターが平穏を望まれるという事であれば、微力ながらお力添えを致します」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
どうやらレイアも分かってくれたらしい。
僕もホッと胸をなでおろす――
「では、町に向かうのにどの管理者を使用されますか?」
「え、使用?」
「それはもちろん、マスターの護衛も含めて足に使う者ですが。オススメはフェンリルかドラ――」
「歩いていくからいいよ!」
「そうですか?」
「う、うん! さあ、張り切っていこう!」
二体目がすごく《ドラゴン》な感じだった気がするけど、気のせいだと思いたい。
いや、きっと気のせいではないのだろうけど……。
***
――町の名は《カミラル》。
《魔導要塞アステーナ》から歩いて一時間以上かかる距離にある。
森を超えてギリギリで見えるくらいの距離だった。
「何ていうか、あんまり変わらないんだね」
「どういうものを望まれていたのか分かりませんが、こんなものですよ」
「別に望んでた事はないけど……まあ、確かに何かゆるい感じはするかも」
レイアの言っていた通り、森の中を歩いていても強い魔物に出くわす事はなかった。
この世界の基準で言えば強いのかもしれないが――そもそもレイアと一緒にいると魔物達は襲ってこなかった。
何か彼女から感じるものがあるのかもしれない……僕には分からないけれど。
「どちらに向かわれますか?」
「んー……何か町の雰囲気が掴めそうな場所とか」
「それでしたら、冒険者ギルドがよろしいかと」
「あー、冒険者か……」
「はい、現代でも主流の仕事の一つですので」
冒険者――僕のいた時代ではEからSランクに区分けされていたが、この時代でもどうやら変わらないらしい。
五百年以上存在し続けた職業という事になるが、魔物が存在する限りなくなる事はないのだろう。
確かに、僕はまだフィナくらいにしか会っていない。
それに、今の僕が仕事をするとしたら、宮廷何かに仕えるより冒険者みたいな自由な仕事の方が向いているかもしれない。
「よし、ギルドに向かおう」
「承知しました。こちらです」
「えっ、知ってるの?」
「……何となくこちらだと思っただけです」
レイアの言動から察するに、何度か町に来ているような感じがする。
そもそもあれだけ料理ができるようになったりもしているのだから、出掛けていて当然だと思うけれど。
僕とレイアは、真っ直ぐ冒険者ギルドを目指した。
町中はそれなりに広かったが、冒険者ギルドの場所はレイアの言った通りの方向にある。
建物自体は中々大きく、町の中心部にあるため分かりやすかった。
ここに、冒険者達が集まってくるのだ。
「おー、結構いい感じだね……」
「ここの町は約百年以上前から存在しており、その時からギルドは存在していたため中々の歴史を持っていますから」
「そうなんだ……やっぱりレイアは色々と詳しいね」
「はい。あんな事からこんな事まで聞いてください」
「どんな事!?」
何故か無駄に色っぽく言われて動揺してしまう。
本当にどこで覚えてきたのだろう――たぶん、この町とかなんだろうけど。
僕とレイアは、ギルドの中へと入る。
ギルドの中は数百人程度収容できるほどの広さがある。
酒場が隣接しているのが大きいのだろう。
しかし、そんなギルドの酒場の方から大きな声が聞こえた。
「酒が足んねえぞ! もっとねえのか!?」
「……なんだ?」
荒々しい声と共に、数十人の男達が酒盛りをしているのが見えた。
そんな相手を前に、一人の少女が立っているのも。
「あれは……フィナ?」
「あれがマスターの女ですか」
「何その言い方!? ただ森で会っただけだよ!」
無表情で言うレイアがちょっと怖い。
フィナが男達と対峙し、言い放つ。
「あなた達、他のお客さんに迷惑でしょ」
「ああん……? 誰かと思えば、《灰狼》を倒したと噂のフィナさんじゃねえか」
「あ、あれは私が倒したんじゃなくて――」
「女みたいな男の魔導師が倒したって? はははっ、そんな急に出てきた奴が《灰狼》を倒せるのかよ。俺達みたいに《魔導要塞アステーナ》の第一地区の深部まで辿り着いたなら別だがな」
「……なんだって?」
男達の中心にいる、一際図体の大きな男がそう言った。
僕の自宅――魔導要塞アステーナの最初の深部まで辿り着いたと言っているのだった。
「つまり不法侵入者ですね。殺しますか?」
「だから物騒だって……!?」
横にいるレイアが早々にそう呟いたのに突っ込みを入れる事になったのは言うまでもない。