72.背後にヤンデレ、奥に首なし
「ここね」
僕とフィナが立ち止まったのは、大きめの洞窟の入口だった。
町からはそれなりに離れたところにある洞窟で、魔物の討伐依頼がたまに出されることがある。
特に、洞窟っていうのには魔物が増えやすい場所だ。
以前の坑道も、元をたどれば洞窟だったものを人が開拓したものだ。
そういう意味だと、天然である洞窟の方が魔物の出没もあって危険だと言える。
「魔物の気配は……しない」
「え、本当?」
僕の言葉を聞いて、フィナが少し驚いた声を上げる。
それはそうだ――洞窟の入口付近とはいえ、魔物の気配がないというのはあまりないことだ。
いや、正確に言うと少しだけ魔物の気配はあった。
一瞬、ポチやヤーサンを疑ったけど、僕の知る気配とは違うものだ。
(……魔物の気配がないのはたぶんレイアが何かやってるからなんだろうけど、レイアのためだってこと忘れてないよね……? というか、ここまで倒すならレイアがとって来ればいいんじゃ――)
「フェン、どうしたの?」
「あ、ううん。何でもないよ」
フィナの問いかけに誤魔化すように答える。
それとなく周囲を確認するように視線を送る。
さすがにレイアの姿は――
「あ」
「ん、何かあった?」
「な、何でもないよ」
またしても誤魔化すように答える。
一瞬だけど、金色の長い髪が木の陰に隠れたのが見えた。
それなりに距離は離れているけれど、レイアは近くにいる。
中々どうして、レイアはジッとしていられないのだろう。
……まあ、僕のことを心配してくれているというのは伝わるけれど。
(それならやっぱり自分で取ってくればいいんじゃ……)
そこに帰結してしまう。
――とはいえ、レイアが近くにいて魔物を倒していることが分かった以上、周囲を警戒する必要がないのもまた事実。
さすがに洞窟の中まで魔物を始末しているとは思えないけれど。
――オオオオオオオォォ……。
「……!? 今の声は……?」
フィナが驚いて身構える。
洞窟の奥底から聞こえたのは、低く響き渡る何者かの声。
それはとても人間とは思えないほどに底冷えする、怨念のこもった声だった。
僕はその声を聞いて、たらりと額から汗が垂れる。
「フェンでもそんなに緊張した顔になるなんて……もしかして、洞窟の中にいるのって……」
「い、いや、何だろうね……」
フィナが警戒心を強める。
けれど、僕が緊張した顔になる理由は別にある。
――その底冷えするような声を、僕は完全に知っている。
(間違いなくアルフレッドさんなんだけど……)
何故か洞窟の中から響いてくるのはアルフレッドさんの恩讐の声だった。
いや、何故かなんて理由は分かっている。
レイアがあらかじめ用意していたからだろう。
今、僕の周りには魔物を始末する何者かとレイア。
そして、洞窟の奥にはアルフレッドさん。
この近くには、国を相手取っても戦えるような者が集結していた。
普通に洞窟に狩りに来ただけだというのに……。
「……フェン、どうする? あなたほどの腕ならどんな相手でも問題ないとは思うけれど」
「ま、まあそうだね」
「……ふふっ、頼もしいわね」
どう考えても頼もしくない感じだったと思うけれど、少なくとも僕は安全だろう。
レイアにアルフレッドさんのコンビは、間違いなく僕の安全は確保してくれる。
――問題は、フィナの方。
レイアは僕が女の子と一緒にいるだけで殺意全開にしてしまうような子だ。
今の状況も、レイアが許してくれたからこそ成り立っているはずなのだけれど、レイアがついてきているということは――まかり間違っても変なことがあればレイアが暴走しかねない。
(なんだろう……ここ最近で一番胃が痛い気がする)
ちらちらと垣間見えるレイアを尻目に、僕とフィナは洞窟の中へと進んでいくことになった。




