71.管理者《ベルン》
僕とフィナは二人――森の中を歩いていた。
僕の自宅である《魔導要塞アステーナ》……まあそのあたりは認めたくはないけど、とにかく自宅のある方角とは逆側に向かって歩いていた。
冒険者ギルドで受けた依頼は、まったく違う魔物の素材の納品依頼だけど、僕の今回の目的はあくまでレイアの素材集めだ。
神経系を作るとなると、虫の魔物から取得するのが一番手っ取り早いけれど、レイアの言う『可愛い素材』というのに該当するかは微妙なところだった。
まあ、さすがにそのあたりは譲歩してくれるとは思っているけれど。
「一先ず洞窟を目指して……そこでフェンのほしいっていう素材を集めればいいのかしら?」
「そうしてくれるとありがたいかな。受けた依頼の素材だけ集まったら帰ってもらっても大丈夫だよ」
「何を言っているのよ。せっかく来たんだから最後まで付き合うわ」
「ありが――!?」
不意に視線を感じて、僕は周囲を確認する。
だが、近くに人の気配は感じられない。
魔物の気配はいくつかあるけれど、何かに怯えているような感じだった。
……何となくは察しているけれど、というか間違いなくレイアが原因な気はするけれど、そこは触れないでおこう。
「……どうかしたの?」
「あ、うん。何でもないよ」
レイアは待っていると言ったけれど、この前の坑道の件を考えればたぶんついてきている。
それも、《管理者》の一体や二体、連れてきていてもおかしくはない。
別についてくる分には問題ないのだけれど、問題を起こす可能性があるということがややネックだった。
(……レイアは結構そういうところあるからなぁ)
目覚めてからというもの、何かと問題を持ってくる傾向にあるレイア。
それを悪いと咎めるつもりはないけれど、以前の雰囲気とは本当に違う。
いや、ひょっとしたら一回くらいは注意した方がいいのかもしれないけれど……。
「フェン、何か悩んでいるみたいだけど……」
「ごめん。ちょっと考え事をね」
「あなたでも悩むことがあるのね」
「それって何かおかしな言い方じゃない?」
「あ、ごめんなさい。何ていうか……あなたは人よりも力を持っている、じゃない?」
「まあ、多少ね。魔法が得意なだけだよ」
実際、今の魔導師のレベルで言えば僕の方が上と言ってもいいだろう。
元々――五百年前でも僕と同じレベルの魔導師と言えば、《七星魔導》と呼ばれた者達くらいだ。
きっと今の時代には誰ひとり残っていないだろうけど、しいていうのなら《黒印魔導会》には中々実力のある魔導師がいると言える。
あまり良いことをしているとは言えない組織に実力者が集まってしまっているのは問題だと思うけれど。
「力があれば解決できる――なんて、ちょっと馬鹿みたいな考えだけど、私はそれは間違っていないと思うの」
「へえ、意外だね? そういうこと考えるんだ」
「まあね。私が冒険者として活動しているのも、私の実力を証明するためのものだから」
「フィナは強さみたいなのにこだわりがあるんだね」
「……むしろ、私にはそれしかないわ」
「それってどういうこと?」
「……冒険者になったら、最強を目指すのは当然じゃない?」
何か含みのある言い方だけれど、フィナはそれ以上何かを言うつもりはなさそうだった。
そんな僕とフィナが話している間――離れたところから物凄く視線を感じるので、僕は僕でそっちの方が気になってあまり話に集中できなくなってきていた。
***
「何を話しているのでしょう」
レイアは遠く――フエンとフィナを離れたところから見ていた。
離れていても、レイアはその目で二人を視認している。
ただ、さすがに会話までは聞き取ることはできない。
当たり前だが、レイアがフエンのことを黙って待っているはずがなかった。
フエンが魔物と戦いにいくというだけならある程度許容するようになったが、女の子と二人――それも、それなりに仲の良い相手と一緒に行くというのだ。
それをレイアが許すはずもなく、
「何を話しているのでしょう」
まったく同じ言葉を呟く。
そんなレイアの足元で膝をつく石像がいた。
「……」
「何を話していると思いますか?」
「あ、オレに聞いてたっすか?」
「当たり前でしょう。あなた以外に誰がいるんです?」
「いやあ、姐さんに久々にデートに誘われたかと思ったら――」
「誰がデートに誘うんですか? ふざけたことを言っているとその頭を砕きますよ、ベルン」
「あ、待ってください姐さん。《ガーゴイル》って砕いても再生しないっすから」
《魔導要塞アステーナ》の管理者の一体――ガーゴイルのベルン。
ガーゴイルはゴーレム種の中でも、自然に生まれた系統の魔物だ。
ゴーレムの多くは人に作られたものだが、ガーゴイルはゴーレム種でもあり、《悪魔》とも呼ばれることもある。
元々は数百年前に世界の支配を目論んだ《魔王》に仕えていた魔物であり、その強さは魔王軍の中でも《四天王》と呼ばれる存在だった。
人型に翼の生えた姿に、二本の角。
狼のような顔をしているが、表情はよく分かる。
――今は困った顔をしていた。
「ベルン、あなたは周囲の魔物を蹴散らすのが仕事ですよ」
「そりゃ大体片付いてるっすよ。もうビビって近づいてすらこないじゃないっすか」
「……優秀ですね。何かほしいものはありますか?」
「じゃあオレとデート――あ、待ってください。まじで砕けるっす」
ミシミシとレイアが足元に力を入れると、ベルンの砕けそうな音が周囲に響いた。
――ベルンはレイアをよくデートに誘う。
フエンが目覚める前ならばまだ良かったが、こんな風に言い寄られる姿をフエンに見られることは絶対にしたくないレイアは、あまりベルンを表立って使う事は少なくなっていた。
それでも、他の目立ち過ぎる管理者に比べたら、隠密という行動の中では優秀なベルンを今回起用することにしたのだ。
未だにフエンには紹介していないが、レイア的には紹介しなくてもいいか、と考えている。
「こんな風に隠れなくても、近くで守ったらいいじゃないっすか」
「分かっていないですね、ベルン。良妻は常に三歩下がって後ろを歩くという言葉を聞きませんか?」
「聞いたことないっすけど、三百歩くらい下がってるっすよ」
「他の良妻の百倍良妻ということですね、私は」
「さすが姐さんっす! デート――あ、砕けるっす! マジで!」
自慢げにそんなことを言うレイアに、ベルンが一先ず同意して頭を砕かれそうになる。
そんなコンビが、当然のようにフエンとフィナを尾行しているのだった。




