7.自宅とも向き合わなければならない時がある
目覚めてすぐに様々な問題に直面した僕だったわけだけど、一番向き合わなければならないのは自宅だった。
正直目を背けるために外に出たのに、外でも下手に動けば《失われし大魔法》なんていうだいそれた魔法を使う魔導師と思われてしまう。
実際、外に出たらそういう存在なのかもしれないけれど。
それは置いといて、《魔導要塞アステーナ》などという僕の姓を使った家はどうにかならないものだろうか。
「……分かった。破棄もしないし、引っ越しもなしにしよう」
「さすがマスターです。ですが……引っ越しの方はよろしいのですか? どこへでも移動できますが」
「いや、移動したらむしろ目立ちそうじゃない……?」
「まあ、精々世界の終わりの始まりと思われるくらいでは」
「ダメだよ!?」
今までは刺客が送られてくる程度だったが、そんな事をしたら軍隊が大量に送られてくるかもしれない。
そんな生活はご免だ。
けれど、僕の家――要塞はダンジョンとしても名高いらしい。
時折やってくる冒険者がいるとの事で、正直転移した時に入口付近でばったり会わなくてよかったと思う。
構造的に言えば、十七の建物がそれぞれ地下に階層を持ち、それが下層の方で繋がっているらしい。
建物同士には強力な結界が張られているため、基本的には全ての建物を通るように設計されているらしい。
「あれ、何でそもそも地下は開けてるの……?」
「私が掃除をするときに楽なので、通れる道は常に作っていますが」
「掃除するの!?」
「元々私はそういう仕事がメインですよ? ふふっ、これからはもっと忙しくなりますね」
「な、何が……?」
「ふふふっ……」
怪しげに笑うレイアに僕は少し警戒してしまう。
だが、レイアの答えは正しい。
けれど、それだけ広い施設となってしまった僕の家の掃除をしているとは驚きだった。
おそらくレイア一人ではないのだろうけど、そのあたりの事は聞かない方がいい気がする。
「はい、あーん」
「いや、自分で食べられるから……」
「さっきは食べてくれたじゃないですか」
「き、急に出されたからだよ」
「……そうですか。五百年間も守り続けた私の「あーん」すら受ける事はできないと……」
「うっ、その言い方はやめて……!」
「それではマスター。あーん」
「あ、あーん……」
改めてやると物凄く恥ずかしい。
けれど、拒否をすると何かと五百年の時を話の種に使われる。
現在は食事中――何故か隣にピタリとレイアがついた状態で僕にとって久しぶりの食事をとっている。
昔のレイアはもう一歩……二歩? いや三歩くらい後ろで静かに待機していたはず。
それがこんなに積極的になるなんて……。
(何があったらこうなるんだろう……?)
疑問は尽きない。
レイアはそんな僕の疑問など知りもしないといった様子で、
「おいしいですか?」
「うん、おいしいけど……」
「それは良かったです。これからは毎日作りますので」
「あ、ありがとう。でもこれ、食材もレイアが調達してるの?」
「私が選んでいるのもありますし、捕りに行かせているのもあります」
「捕りに……?」
「第六地区の管理人である《フェンリル》のポチに」
「ブーッ!?」
思わず噴き出してしまった。
「ああ、お行儀が悪いですよ」と言いながらササッと対応するレイア。
僕はそれどころではなかった。
フェンリル――この世界では灰狼というのが伝説級の狼の魔物だったらしいが、僕の時代では違う。
最強の狼の魔物と言えばフェンリルだ。
それが、僕の自宅に住み着いているというのだ。
しかもポチって……その辺の犬に付けるような名前じゃないか。
「どうしてフェンリルがいるんだ……!?」
「聞きたいですか?」
「…………」
「聞きたいですか?」
「……いや、いいかな」
「キキタイデスカ?」
「怖いからやめて!」
どういう経緯で仲間になったのか気にならなくはないけど、正直今のレイアは怖い。
元々僕が作り出した魔導人形だったはずだけれど、デュラハンを従えて、僕の作りだしたゴーレムも復活させ、あまつさえ伝説の魔狼フェンリルまで味方にしている。
もしかすると、僕や要塞よりもレイアが一番やばい存在なのかもしれない。
そう思わざるを得なかった。
(思えばこの要塞だってレイアが――あれ?)
ここでふとした疑問が頭を過る。
どうして外の人達はそもそもこの要塞をダンジョンとして認識しているのだろう。
そもそも第一地区すら突破できないというのに、そんな全容の分からないところへ突っ込むのが冒険者というものだろうか。
魔導要塞アステーナなんていう名前だって、僕の名前から取っているみたいだけど……。
ふと、先ほどレイアが広げていた要塞の地図を見る。
右上の方に、《魔導要塞アステーナの構想図》と記載されていた。
「……レイア、地図の右上に構想図ってあるけれど」
「はい。構想図ですが?」
「地図じゃなくて?」
「今は地図として使っていますが、設計段階のものを修正していなかったので」
「せ、設計段階って……それじゃあこの要塞名付けたのって……!?」
僕が驚きの声と共にレイアを見ると、レイアはスッと胸に手を当てて、少し勝ち誇った顔で宣言する。
「私です!」
「何してるんだよぉっ! ――っていうか、レイアが名付けたのに何でそんな広まってるんだ!?」
「それはですね……」
「それは……!?」
「以前、ある場所で地図を落としてしまいまして……てへっ」
「てへじゃないよ!?」
重大なミスを「てへっ」の一言で済まそうとするレイア。
魔導要塞アステーナの名前も構造も、そして世界に広まっているのもレイアが原因だった。