69.レイアの望むもの
「マスター、お願いがあるのですが」
「お願い?」
僕の自宅である《魔導要塞アステーナ》を《白竜》のエルクルフから取り返して早数日――いつも通りの日常が戻ってきた頃のことだ。
朝食後、《カミラル》の町へと出掛ける準備をしていた僕の下へとレイアがやってきて、俯き加減で言った。
レイアからお願いがあるというのは珍しい気もする。
「どうしたの?」
僕の問いかけに、レイアは少し悩んだ表情を見せた。
ひょっとすると、また《黒印魔導会》に関する依頼があって、今度は僕に伝えにくいことのなのだろうか――そんなところまで考えてしまう。
「大丈夫だよ、言ってみて?」
「実は――痛みがほしいんです」
「……は?」
あまりに突然の告白に、僕は思わず聞き返す。
言ってみてとは言ったが、完全に予想外の答えだった。
「あ、痛みと言っても傷つけられて興奮する、とかそういう話ではないですよ?」
「そ、そうだよね」
「ふふっ、ナニを想像されたんですか?」
「言い方! それも想像してない!」
くすりと笑うレイアに突っ込みを入れる。
そうなると、レイアのほしい『痛み』とはどういうことだろう。
「でも、マスターになら何をされても……」
「いや、そうじゃなくてさ。痛みがほしいってどういうこと?」
「はい、言葉通りですが……私は痛みを感じません」
「あ、痛みって『痛覚』のこと?」
「その通りです。私には不要なものとして、存在しない感覚ですね」
「まあ、レイアは視覚と聴覚しかないからね」
五感のうち――《魔導人形》が基本的に備える感覚はその二つだ。
味覚はそもそも必要ないし、嗅覚は危険だと判断できるものなら反応するようになっている。
触覚については、必要のないものだと考えている。
けれど痛覚――すなわち、五感のうちの触覚をレイアはほしがっているのだ。
「どうしてまた突然に……?」
「突然などではありません。マスターが目覚めてから、ずっとほしいと思っていました。マスターをお世話する上で、痛みというのはどうしても必要になると思ったんです」
「痛覚――じゃなくて触覚だよね? 物を触った感覚がほしいってこと?」
「はい、マスターを触った時の感覚とか、マスターに触れた時の感覚とか、マスターにお触りした時の感覚とか、マスターと触れ合った時の感覚とか……」
「言い方変えてるけど全部同じだよね? まあ、不可能ではないけど」
「! 本当ですか!?」
レイアが食い気味に近づいてくる。
僕はそれを押さえつつ答える。
「そりゃあね。一番難しいのは視覚と味覚だし。ただ、触覚は全身に作用するものだから時間と手間はかかるけれどね」
「マスターがそれでもよろしければ、ほしいのですが」
「レイアがほしいって言うのなら別に構わないけどさ……別にメリットはないと思うよ?」
ここ最近のレイアのダメージを見る限りでは、触覚があると相当な痛みになってしまう。
それこそ、人のレベルで再現すると手足の千切れた痛みは想像を絶するだろう。
もちろん、レイアがそれほどのダメージを負うという状況が異常なのだけれど。
「メリットならすでに掲示しましたが」
「掲示って……僕に触った感覚がある、とか?」
「そうですね。他にメリットがあるとすれば……マスターと色々する時に必要かな、と」
「……色々って何?」
「私にそれを言わせるんですか……?」
「うん、じゃあ聞かないことにする」
何故か恥ずかしそうに俯くレイア。
何となくレイアの言いたいことは分かるけれど、そこは触れないようにしておく。
「え、えっちなこととか……」
「聞かないって言ったよね! そういうことはするつもりはないよ」
「私の裸も見ても興奮できない女の子だからですか?」
「僕は普通に男だって!」
レイアがどうして触覚をほしがるのか、具体的な理由は分からないけれど、レイアの話はいつも突拍子がないなから慣れてきている。
一先ず――レイアのほしいというものは理解できた。
「それじゃあ、仕事のついでに必要な素材は集めようかな。触覚ならそれほどレベルの高い素材である必要もないし」
「可愛い素材がいいです」
「可愛いって言われても、大体魔物の素材だし……」
「可愛い素材がいいです」
「……善処するよ」
「カワイイソザイガイイデス」
「分かったって!?」
三回言わなければならないルールでもあるのだろうか――相変わらずこのときのレイアは怖い。
こうして、レイアの望む『触覚』を作ることになったのだった。
最強の傭兵が引退するので、その傭兵に育てられた少女は王都で暮らすことになりました
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強い系主人公が活躍?する予定の気分で更新の新作です。
お暇な時にこちらもどうぞ。




