68.来るべき時
レイアは一人、王都へとやってきていた。
人通りの少ない道を歩いて回って、ある場所で足を止める。
「調子はどうですか、グリムロールさん」
「ああ、いい感じだよ」
レイアの声に答えるように姿を現したのは、吸血鬼のグリムロール。
フエンには王都での休暇を楽しんでいると伝えていたが、そんなことのためにグリムロールを王都に置いてきたわけではない。
「《黒印魔導会》に関わりがある者は全て排除したよ。この都は、すでに私の領域だ」
「そうですか、ありがとうございます。引き続き、黒印魔導会は排除する方向で。マスターもその意思を固められています」
淡々と会話をしているが、その会話は異常だった。
この王都は――すでにグリムロールの支配下にあると言っている。
それはレイアも承知していることであった。
「おや、意外だね。好戦的ではないと思っていたけれど」
「ええ、そういう意味では――とても良い進歩だと思いませんか?」
くすりと笑みを浮かべて、レイアはグリムロールに問いかける。
「そうだね……面白くなりそうだ」
グリムロールもまた、にやりと笑みを浮かべた。
フエンの知らないところで、レイアは管理者と共に暗躍する。
「この後、《魔導協会》の方から報酬を受け取ってきます。ついでに王都のあなたの件も報告しておきますので」
「動きがあったら対応していいのかな?」
「もちろん、ただし穏便に。黒印魔導会とは違って、魔導協会にはマスターを《魔導王》として正式に認めさせる必要がありますから」
この世界において、魔導協会がフエンのことを正式に魔導王として認める――それはつまり、かつての《七星魔導》以上の存在として、フエンがこの世界に君臨することができるということになる。
「黒印魔導会にはその足掛かりになってもらいましょう」
「君がこういうことをしていると、マスター君は知っているのかな?」
「もちろん、知りませんよ。ただ、私が黒印魔導会に関わる仕事を受けることを、マスターは容認してくださいました。私が望んだことを、マスターも望んでくださっているんですよ」
レイアの解釈は歪んでいる。
元々人ではない彼女はらどれほど人間らしくなろうともその考えはまともとは程遠い。
フエンのためになることだと思えば、危険なことだって率先してやろうとするのだ。
グリムロールはレイアの言葉を聞いて、肩を竦めた。
――吸血鬼から見ても、この魔導人間は歪んでいると分かる。
「なるほど、君がマスター君を愛しているというのは伝わってくるね」
「ええ、当然です。私はマスターのことだけを愛していますから。だから、あまりマスターには引っ付かないでくださいね?」
「はははっ、やはり君は歪んでいるよ」
言葉は丁寧で、口元も笑みを浮かべているというのに、レイアの目はまるで人形のようだった。
そして、それは何も間違っていない。
「マスター君の血があれば私は十分だよ、そういう契約だ。私は私で相手がいるのでね」
「ああ、捕らえた魔導師、ですか?」
「その通り。まだ抵抗する気があるみたいでね……とても可愛らしい」
「あなたも十分歪んでいますよ、グリムロールさん」
そうして二人は会話を終えた。
残されたレイアは再び歩き出す。
***
大陸のとある場所に、五人の魔導師が集まっていた。
用意された席は六つ――一つは空席だ。
「……アルバートは戻らぬか」
消え入りそうな老婆の声が、その名を口にする。
《黒印魔導会》の幹部が集まるということ自体、滅多なことにはなかった。
「惜しい人材を亡くしましたね」
「あれが簡単にくたばるとは思えんが」
口々に、その場にいる魔導師達が話始める。
「どちらでも構わない。重要なことは、誰にやられたか――だが、およそ推測はできている」
この場に似つかわしくない少年の声が、その場に静寂をもたらした。
「何者なのです?」
「お前達もよく知っているさ。まあ、一番知っているのは俺ということになるが」
「まさか」
「ああ――フエン・アステーナ……今この世界においては、《魔導王》などと名乗っている男のことだ」
少年はそう言い放つ。
そして、席を立つと同時に少年――コクウ・フォークアイトは宣言する。
「お前達、準備をしろ……全面戦争の時間だ」
かつて、同じく《七星魔導》と言われていた男との戦いが始まろうとしていた。
話がまた動きそうなところなので二章ってところにしようかと思います。
書籍版第一巻が発売中ですので、他作品も含めそちらも宜しくお願い致します!




