66.勝った方が嫁になる?
落ち着いたアルフレッドさん達を置いて、僕とレイア――そしてエルクルフの三人で向き合っていた。
エルクルフはすでに女の子の姿に戻っていて、傍から見てもやはり普通の少女にしか見えない。
戻っているという表現は正しくないのかもしれないけれど。
第十地区は元々エルクルフの城ということもあって、玉座のような物があり、そこに座っていた。
ポーズだけはどっしりと構えているけれど、見た目的にはちょこんというのが正しい気がする。
「それでエルクルフはどうして魔導要塞に?」
「むっ、やはりレイアから話は聞いていないのか」
「レイア、何か聞いてたの?」
「はて、何の話でしょうか……?」
「惚けるな! わしがここに来た時にはっきりと宣言しただろう!」
そう言うエルクルフだが、レイアは首をかしげたまま答えない。
レイアは人間とは違い魔導人形として、本来は記憶能力にも優れているはずだった。
まあ、いらない情報だと判断したことは忘れているのかもしれないけれど、この感じはわざと答えてないと思う。
「えっと、エルクルフ。改めて理由を聞いてもいいかな」
「くふふっ、仕方あるまい。特別に教えてやろうっ!」
エルクルフはその場で立ち上がると、僕に向かって指差す――
「マスターを指差さないでください」
「ひっ、あぶな!?」
すかさず魔力を鞭のように変換してエルクルフに叩きつけるレイア。
僕は慌ててレイアを制止する。
「ダ、ダメだって、レイア」
「マスターがそうやって優しさを見せるからエルクルフがつけ上がるんですよ!?」
「いやまあ、この感じはエルクルフの性格だと思うけど」
「いいですか、マスター。そうやって優しさを見せることは素晴らしいと思います。ですが、もし優しさを見せるあまり他の管理者がつけ上がったらどうするんですか?」
「そういう性格の管理者は――まあ、半分もまだ知らないけど……」
「ヤーサンは常日頃から大きくなるかもしれませんし、ポチなんて常にペロペロしてくるかもしれません。アルフレッドさんなんて首が生えてくるかもしれませんよ!」
「何それ怖いっ! ――って、アルフレッドさんの首は生えてこないよ!?」
「例え話です、例え話。優しくするなら私だけにしてください」
さりげなく自分には優しくしろ、アピールをするレイア。
普段からきつくしているつもりもないけれど。
「う、うん。分かったけど、一先ずエルクルフの話だから、レイアはちょっと静かにね?」
「……承知しました」
ものすごく不服そうな表情のレイアだけれど、僕の言葉には従ってくれた。
エルクルフは様子を見るように、
「も、もういいか?」
「うん、ごめんね。もう一度お願い」
「うむ……良かろう! このわしが何故ここにいるのか――それはフエン・アステーナ……最強の魔導師と呼ばれているお前の強さを確かめるためだ!」
「え、僕?」
エルクルフがやってきたのは僕に理由があるらしい。
最強――確かに《七星魔導》と呼ばれていた頃は、七人いる最強の魔導師のうちの一人として数えられていた。
今は話を聞く限りでは《魔導王》として最強、という扱いを受けているという話も聞くけれど。
それはほとんど噂話にしか過ぎないはずだ。
「くふふっ、最強――そう、お前は最強という称号を持っている。だが、それは本来わしが持つべき称号なのだ。その称号を手に入れるために、わしはお前と戦うことにしたのだ」
「ええ……!? 最強って言ったって、魔導師の中でとかそういうレベルだよ?」
「違いますよ、マスター」
「え、どういうこと?」
僕とエルクルフの話に割って入ってきたのはレイアだった。
「マスターは確かに魔導師としても最強ですが、《魔導王》フエン・アステーナはこの超高難易度ダンジョンである《魔導要塞アステーナ》の主――すなわち、人々にとっては当然最強の存在であるということ」
「それは人のレベルだよね……?」
「ドラゴンの強さとて、結局のところ情報として最も伝わりやすいのは人の噂です。最強の種族と呼ばれるドラゴンの上をいく存在がマスターなのです」
「さすがにその扱いは大きすぎるよ……!」
「とにかく! わしは最強のお前を倒すことでその称号を手に入れることにしたのだ! そして、お前をわしの嫁として迎え入れるという壮大な計画があるのだっ!」
「そ、そういう――うん? 嫁?」
「うむ! 嫁だ!」
「いや、僕は男だけど……というか、エルクルフもドラゴンとしてはメス、だよね?」
「んん? 強い方が夫だと我が母は言っていたが……」
なるほど、偏った知識を持っているようだ。
我が母というのも、間違いなくドラゴンということになるのだけれど――あれ、エルクルフってまさか……。
「《白竜》のエルクルフ……!?」
「何だ、気付いていなかったのか。まあ、それはわしの母の名で、わしはその名を受け継いだことになるのだが」
「そ、そうなんだ……」
白竜――黒印魔導会が復活させようとしている黒竜と対をなす存在であり、それこそ文字通り地上最強の存在と言える。
数万年も前にいなくなったというけれど、子孫がいてもおかしくはない。
……というか、エルクルフが五百歳だとしたらここ最近、というほどではないけれど五百年前までは生きていたことになる。
(それじゃあ黒竜も……? いや、でも黒印魔導会は生き返らせるのが目的のはず、だし)
こうして白竜の娘だというエルクルフがいるということは、黒竜にも子供がいるかもしれない。
あるいは、その死骸を黒印魔導会が持っているのだとしたら、ひょっとしたら蘇らせるのも現実的かもしれない。
「……」
「どうした?」
「あ、いや……それで、エルクルフは僕を嫁? にするために来たってことなんだね」
「結論から言うとそういうことになるな!」
……何となく、レイアがエルクルフに殺意を向けている理由が分かった気がする。
ただでさえ、女性と関わることだけでもレイアは露骨に敵意を向き出すことが多いのに、エルクルフが嫁にする、と宣言したのだとしたらこういう扱いになってもおかしくはなかった。
「マスターはあなたの嫁にはならないと言っているんです。私のお嫁さんになるんです」
「いや、それもおかしいね!?」
「おかしくなどありません! エルクルフの理論で言えば、私の性別もメス……すなわちメスなんですよ!」
「同じこと二回言った!? エルクルフの理論が間違っているだけだから」
「私は間違っているとは思いませんが」
「こういうときだけ同意するの!?」
「あ、でもマスターには男らしくいてほしいというのも事実なので……男らしいお嫁さんということでいいですか?」
「何も良くないね!」
「む、レイア……貴様がフエン・アステーナを嫁にするというのなら、貴様はフエン・アステーナに勝てるというのか?」
僕とレイアの話を聞いていて、不意にエルクルフがそんなことを言い出す。
僕は思わずエルクルフの方を真顔で見てしまった。
その発言は少しまずいのではないだろうか、と。
「……なるほど、エルクルフの理論で言えば――私がマスターに勝てばお嫁さんにできるということですね?」
「いや、間違ってる理論だから!」
「たとえ間違っていたとしても、マスターのためなら私が真実にしてみせますっ」
「どんな決意――む、鞭を振りかぶるのはやめてっ!」
「だ、大丈夫です……痛いのは最初だけですから……っ」
「絶対いつまでも痛いやつだから!」
「くふふっ、面白そうな展開になってきたからここで見物させてもらうか!」
いつの間にか外野と立ち位置についたエルクルフ。
そこにはヤーサンやポチ――アルフレッドさんまで僕達の方を見守っていた。
「見てないで止めて!」
「マスター! 私と勝負しましょう!」
「しないよっ! レイアが勝っても嫁にはならないし!」
「そ、それはつまり『僕が勝つからレイアが僕の嫁になるんだよ』という意味ですか……!?」
「全然違う!」
「ではやはり、殺り合うしかなさそうですね……」
すっかりその気になってしまったレイアを止めるために、まずは身体を治してからにしようと提案して何とかその場を収めることに成功した。
治したあとにレイアがまたこの事を言い出さないように、と願うしかなかったのだった。
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