62.第十地区
「はい、マスター。あーん」
「いや、この状況で食べてる場合じゃないんだけど!?」
「もう、せっかく私がサンドイッチを用意したというのに……」
「何か準備してると思ったらサンドイッチだったんだ……!」
作るための食材を持っていたというのも驚きだけど、この状況で食べさせようというのも驚きだ。
降り注ぐ光線が僕達目掛けて降り注ぐ。
ヤーサンの移動速度は相変わらず、バタバタと羽を動かす速度は早いが、ゆっくりとした動きだ。
レイアと僕の張った防御魔法によって光線から身を守っている。
ただ、レイアの張った防御魔法の方が非常に大きく、そして広範囲に守ってくれている。
魔導要塞を運用していたレイアの魔力が戻っていることがよく分かる。
レイアが見せる余裕は、少なくとも光線を防ぐことができるという自信があるからだろう。
「ヤーサンの動きが遅いのでピクニックには丁度いいかもしれませんね」
「さすがにこの状況でピクニックは無理かな……」
「マスターは心配性ですね……。私の防御魔法を信じてください。マスターには傷一つ――」
レイアの言葉を遮るように、ピキッという音が耳に届く。
レイアが作り出していた防御魔法にヒビが入っていた。
「……はい、あーん」
「なかったことにしようとしてるよね! やっぱり今は進むことに集中しようよ」
「仕方ありませんね。ヤーサン、なるべく早くお願いします」
「かぁー」
ヤーサンの返事は元気良いが、やはり速度は変わらない。
前を進むアルフレッドさんとポチが、時折光線の前に飛び立って弾く。
アルフレッドさんが剣を振るえば、いくつかの光線を弾き飛ばす。
ポチはというと――
「わんっ! わんわんっ!」
楽しそうに吠えながら飛び回っている。
上に乗ったアルフレッドさんが放り出されないか少し心配だったが、二人の息はぴったりだった。
「ああ見えてもポチとアルフレッドさんは仲いいですからね」
「あ、そうなんだ。デュラハンとフェンリルってすごい組み合わせだけど……」
「《管理者》同士同じ要塞に住んでいるわけですから、そういう繋がりもあるわけですね」
「それを言うならエルクルフとも仲良くすればいいのに……」
「あのトカゲはダメです」
レイアがそこまで言うくらいだから、本当に相性が悪いのだろうか。
基本的にレイアは敵視した相手には冷たいようには感じる。
けれど、エルクルフ相手にはまた違った威圧感があった。
「えっと……まあ仲良くなれないなら強制はしないけど。もう戦いに発展してるわけだし」
「はいっ、その通りです! あのトカゲを早くぶっ飛ばして魔導要塞を取り戻しましょう!」
「本当にそこだけテンション上がるね!?」
「ふふっ、私はいつもこうですよ。さあ、ヤーサン。そろそろ本気で行きましょうか」
「かぁー!」
「いや、本気って言っても速度は――え?」
ギュンッとヤーサンの姿が変わる。
丸みを帯びた身体が急激に細くなると、槍のような姿へと変貌した。
そのまま、羽は後ろに流すようにしながら、ヤーサンは異常なまでの加速を見せる。
「え、えええ!? ヤーサンの身体どうなってるの!?」
「ヤーサン飛行モードです。この状態ならかなり速いですよ」
「そ、そうなんだ……」
今までの羽をばたつかせる動きは何だったのか。
初めからこの動きでやってくれたら、すでに魔導要塞に到着できていたかもしれない。
「……というか、この状態で直接エルクルフのところに突撃すればいいんじゃないかな」
「さすがマスター、そこにすぐお気づきになるとは。ですが、魔導要塞の結界はマスターが考える以上に頑丈です。そのままの勢いで突っ込めば、私達が砕かれる可能性もありますが……」
「そ、そんなに頑丈なんだ」
「ええ、そのための転移術式ですから。もし転移術式が使えなかった場合は、マスターの考える通り魔導要塞を攻略しなければならない可能性もあります」
レイアはさらりと言うが、エルクルフがいるのは《第十地区》――アルフレッドさんやギガロスのところは素通りできるけれど、残りはポチを除いた六体の管理者が待ち構えることになる。
一日でそれだけの数の管理者に会うのはちょっと、僕の精神が持つか心配だった。
(何がいるか分からないしなぁ……何とか転移術式が動いてくれていたらいいけど……)
高速移動を可能としたヤーサンによって、僕達は無事に魔導要塞の入口まで辿り着く。
魔導要塞の近くにくると、光線による攻撃は止んでいた。
近くの方は逆に対応ができなくなるようだ。
「では、転移術式の方を確認しますね」
「うん」
レイアが入口の転移術式を確認する。
この術式を起動させることができるのは登録された者のみだった。
ヤーサンやアルフレッドさんもまた、自身が管理者を務めている地区へと転移することができる。
レイアが転移術式の上に立つと、
「……使えますね。やはりあのトカゲ、ここには気付いていませんでしたか」
「そっか。じゃあエルクルフのところにはすぐ行けそうだね」
「はい。では、皆であのドラゴンを打ち滅ぼしに行きましょう!」
「だから発言が怖いよ!?」
いつもに比べると穏やかな表情だったけど、穏やかなのが逆に怖い。
転移術式を使って目指すのは、《第十地区》――中間よりもやや遠い場所。
「ここが、第十地区……」
古びた石造りの床と壁には、植物が根を張っている。
視界に映ったのは、そんな光景だった。
他の地区に比べると完全に外にあるせいか、景色がはっきりと見える――というか、完全に空の上にあった。
「どうやら、攻撃を止めた時点で浮上を始めていたようですね。おそらくあのトカゲは私達を見失っている可能性が高いです」
「うん――うん? それで上昇するってどういうこと?」
「おそらく無差別に攻撃するつもりかと」
「物凄くやばいよね!? 急いでエルクルフのところに向かおう!」
「分かりました。一先ず、攻撃をやめさせるために、アルフレッドさんとポチを向かわせましょう。お二方、お願いしてもいいですか?」
「わんっ!」
「オオオオオオォォ……」
フェンリルライダーと化した二人が返事をすると、再び目にも止まらぬ速さで加速していく。
外とは違って比較的狭い通路の中、壁を破壊しながら移動していく様はすごい光景だった。
「さて、それでは私達も行きましょうか」
「そうだね――って、あれ、ヤーサンは?」
「アルフレッドさんの頭の部分に乗っていましたね」
「まさかの三体合体……!?」
第十地区にやってきて数十秒――気が付けば、僕とレイアの二人だけになってしまっていたのだった。




