61.進軍のとき
「かぁー」
「ヤーサンはやっぱりこのサイズが丁度いいね」
元のサイズに戻ったヤーサンが僕の頭の上に乗る。
サイズはかなり自由に変更できるらしく、先ほどまではポチを超える大きさだったにも拘らず、今はとても小さい。
むしろ、元のサイズと言っていいのかも分からなかった。
ヤタ族のカラスであるヤーサンが、そもそも小さいだけのカラスであるはずはない。
《黒印魔導会》に所属していたザイシャとの戦いでも、ヤーサンはかなり頑丈であることは分かっている。
人間の振るうものとはいえ、大きな斧の一撃を受けて傷一つ付いていなかった。
そんなヤーサンに加えて、フェンリルのポチもいる。
固有の氷魔法は山一つを凍らせるほどと言われているけれど、ポチの力の片鱗をまだ見たことはない。
そして、完全に治ってはいないとはいえ、今は《魔導要塞アステーナ》のコントロールに魔力を割いていないレイアがいる。
おそらく、今のレイアならば黒印魔導会の魔導師に苦戦するようなこともないと思う。
僕の見立てでは、それくらいレイアは魔力を魔導要塞に使っていると考えている。
そんなレイアが使うデュラハンのアルフレッドさん――そのメンバーでこれから挑むのは、ドラゴンという種族だった。
「さて、あのトカゲの下へ向かうとしましょう」
「トカゲトカゲって言うけど、名前はないの?」
「ふふっ、マスター。あんなトカゲの名前が気になるのですか?」
「いや、あんなって言われても見たことないし……」
そもそも、会ったことのある《管理者》はまだ半分程度なのだけれど。
その辺りは、僕が避けてきたところもあるので何も言えない。
相変わらず胃に負担のかかる出来事ばかりだ……。
「……エルクルフ、ですよ。トカゲの名前は」
「エルクルフ……? どこかで聞いたことあるような……」
「よいではありませんか、それよりも魔導要塞の入口の方へ向かいましょう。アルフレッドさん、守りはお任せします」
「オオオオオォォ……」
レイアの言葉に呼応するように、アルフレッドさんが答える。
ズンッ、と首のない鎧の騎士が一歩踏み出した。
そして、アルフレッドさんはそのままポチの背中にまたがる。
「オオオオオォォ……」
「わんっ」
「デュラハンライダー……!?」
「ふふっ、アルフレッドさんとポチがマスターを守ってくれます。私とマスターは一緒に隠れながら行きましょう」
そう言いながら、レイアはがしっと僕の肩に手を回して抱きつく。
「えっと……」
「!? マスター、こういう時こそお姫様抱っこの時ですよっ!」
「あ、そういう……? でも、僕達もポチの背中に乗った方がいいんじゃないかな」
「正気ですか、マスター。アルフレッドさんの後ろですよ?」
「そんなに問題ないと思うけど」
「アルフレッドさん、試しに剣を振って見てください。激しめに」
「オオオオオオオオオオオォォッ!」
雄叫びをあげながら、アルフレッドさんが剣を振るう。
魔力の塊が周囲の木々をなぎ倒し、下にいるポチの毛並みが逆立つ。
一発だけ、ヤーサンにヒットした。
「! ヤーサン!?」
「かぁー」
ヤーサンの返事は軽い。
特に問題はなさそうだった。
やはり、想像以上にヤーサンの身体は頑丈らしい。
何せ、アルフレッドさんの一撃を受けて平気なのだから。
レイアは吹き飛ばされたヤーサンを見送りながら、少し怒ったような表情で言う。
「ほら、見たことですか」
「いや激しめにって命令してたよね!?」
「私がいつそのような命令を……?」
「がっつり僕の目の前でしてたけど……」
「マスターは私のことが信じられないのですか?」
「いや、信じるというか目の前で――」
「シンジラレナイノデスカ?」
「……ま、まあそれは置いておいて、アルフレッドさんの近くは危ないってことだね」
「分かっていただけて助かりますっ」
にこり、と微笑むレイア。
先ほどまでは人を殺しそうな笑顔だっただけに、そのギャップがまた怖い。
デュラハンライダーと化したアルフレッドさんとポチを先頭に、僕とレイアとヤーサンが後ろからついていく形になる。
やや大きくなったヤーサンの背中に、僕とレイアが乗る形だった。
「……大丈夫? ヤーサン」
「かぁー」
「『任せときな』と言っていますね」
「相変わらず男らしい……!? まあそう言うなら……」
「では、行きましょう!」
「オオオオオオオッ!」
「わんっ!」
「かぁ――」
ドンッと駆け出したのはデュラハンライダーの二体。
その速度は巨体に対して目で追うのも難しいほどだった。
木々をなぎ倒しながら進む二体に対し、
「かぁー」
「はやっ! え、ヤーサンはおそい!? どっちに突っ込めばいいのか分からないんだけど!」
バタバタバタ、と羽を必死に動かしながらもスローリーに進むヤーサン。
もはや歩いた方が速いのでは、と感じるほどの速度だった。
「『超特急で進むぜ』と言っていますね」
「言葉に身体が追いついてないよ!」
「かぁー」
「『振り落とされるなよ』と言っています」
「あれ、ヤーサン聞いてない!?」
「必死に羽をばたつかせているので、おそらく話半分かと……」
「かぁー!」
僕としてはもう下りてレイアとヤーサンを抱えて移動した方が速いのだけれど、健気なヤーサンの努力を尊重したいところもあった。
チカッ、と魔導要塞の方が光るのが見える。
「完全に標的にされるよね……」
「仕方ありませんね。ここは優秀なメイドである私、レイアにお任せを!」
「……もしかしてそれがやりたかったの?」
「……」
「え、図星!?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。たまたま、私の活躍の場がやってきただけで……」
「ちょ、レイア! もう光線きてるからっ!」
「かぁー!」
ゆっくりと身体を動かしながら、ヤーサンが光線を回避する。
距離があるおかげか、あるいは当てる気がないのか――ギリギリだけれど光線は僕達の横を通り過ぎて行く。
でも、次は絶対避けられそうにない。
「……アルフレッドさん、守りは任せたと言ったはずですが!」
「オオオオオォォ……」
遠くから怨讐の声が聞こえてくる。
何となく――何となくだけど、アルフレッドさんの謝罪の声のトーンは分かるようになってきた。




