60.レギュラーメンバー
「お待たせしました。それでは《魔導要塞アステーナ》の攻略へ向かいましょう」
「うん、急がないとね」
着替えを終えたレイア――というか、着替えも手伝ったわけだけど、ようやくさらに色々と準備があると言って何だかんだ待たされることになった。
ようやく僕の工房から出てきたレイアは特に変わった様子もなく、土で構成された義手を目立たなくさせるためか、両手に黒い手袋をはめている。
「ふふっ、ようやくあのトカゲにお仕置きする時が来ましたか……」
「お仕置きって……相手は一応ドラゴンなんだよね?」
「ええ、そうですよ。大体五百歳くらいという話は聞きましたが」
「五百歳って、僕が眠っていた時間と同じくらいだね」
「まあ、あのドラゴンの話はどうだっていいです。魔導要塞さえ取り返せれば、トカゲが干物にでもしてしまいましょう」
「干物にって――というか、あのドラゴンの声、女の子みたいだったけど」
「普段は人の姿をしているようなので。ですが、中身はドラゴンであることには変わりませんので、存分にぶん殴っても問題ありません」
レイアの言葉は、先ほどから辛辣だった。
最初からドラゴンを足扱いしたりしていたし、どうやら管理者の中でも一番上手くいっていない相手らしい。
でも、それなら管理者に加える必要はあったのだろうか、と思わなくもない。
「でも、どうやって行こうか……入り口は一つしかないんだよね?」
「あのドラゴンが本当に支配していると言うのなら、今はアルフレッドさんのいる《第一地区》からしか入ることはできません。ただ、あのドラゴンが全てを把握しているとも思えないので……ひょっとしたら転移術式は機能しているかもしれません」
魔導要塞は自宅までの距離が普通に歩くと数時間では済まない構成になっている。
だから、入口までの転移と自宅までの転移が可能になっているわけだけど、その術式が機能しているなら戻るのはそれほど難しい話じゃない。
「真っ当に行ったら、アルフレッドさんとかのところも抜けて行かないといけないわけだしね……」
「行ったところでマスターを襲ってくることもないですが……そうですね。近づくまでにはやはりリスクを伴います。ここは一先ず、アルフレッドさんは呼んでおきましょうか」
「え、呼べるの?」
「死霊術は現在、私が主導権を握る数少ない魔法ですから。では、召喚しますっ」
バッとレイアが右手を上に掲げる。
そのまま、人差し指と親指をすり合わせると、パチンッと軽快に音を鳴らした。
「カモン、アルフレッドさん!」
「毎回呼び方違わない!?」
「同じ呼び方ではマスターも飽きてしまうかと思いまして……」
「僕の飽きを気にするようなこと――」
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「うわっ、びっくりした!?」
僕の声を遮るように降り立ったのは黒いオーラ全開のアルフレッドさん。
ズンッ、と地面に着地すると同時に両膝をつくと、そのまま両手も地面につく。
唯一存在しない頭は地面へとつくことはないが、その格好は完全に土下座の姿勢だった。
それも、レイアに向かって。
「大丈夫ですよ、アルフレッドさん。頭を上げてください、頭ないですけど」
「オオオオオォ……」
「あれは私も悪かったんです……。相手との相性を考えるべきでした。ですから今はやるべきことに目を向けてください、目ないですけど」
(その地味なアルフレッドさんいじりは……?)
そうは思いつつも、僕は口にしないことにした。
レイアの表情は笑ってはいるけど、少しダークな感じがする笑みだった。
怒っていないというのは本当だろうけど、レイアが怒っていないことを強調しているのは対ドラゴンとの戦いでアルフレッドさんにも活躍してもらうためだろう。
「――って、ここでアルフレッドさん呼んでも仕方なくないかな?」
「そんなことはありませんよ。少なくともあの光線の壁にはなってもらえますから」
「アルフレッドさん壁扱い!? 別にあれくらいなら僕でも防げるから」
「さすがマスター……! ドラゴンの攻撃を『あれくらい』呼ばわりとは!」
「いや、あれは大分手加減してるだろうし……」
本気で殺しに来ているのなら、とっくにドラゴン本人がやってきているだろう。
そうなると、魔導要塞を支配した上で来いというのは少し引っかかるところがあった。
レイアとのやり取りを聞く限りでは、自身のことはすでに説明されていると思っていたみたいだし。
(またレイアが何か企んでるんじゃ……)
王都での一件の話もまだ、満足にはできていない。
けれど、レイアが何か考えているのではと思ってしまう。
「……? どうかしましたか、マスター。そんなに私を見つめて――え、ずっと見つめていたい!?」
「言ってないけど!?」
「マスターの瞳がそう訴えかけていました」
「どんな瞳なのさ……。とにかく魔導要塞に近づくだけなら僕が――」
「かぁー!」
「わんっ」
「え、この声……」
聞き覚えのあるカラスの声と、犬のような鳴き声。
僕は振り返ってその姿を確認する。
そこにいたのは見知った二体の管理者――ポチとヤーサン、なのだが。
「大きさが逆になってる!?」
いつも通りの大きさなら、ポチから見て豆粒くらいの大きさのはずのヤーサンが、ポチを豆粒のように抱えて飛んできた。
まん丸な身体は変わらないが、その大きさはフェンリルのポチの十倍近くはある。
――というか、こんなに大きくなれたんだ……。
「ポチとヤーサンも来てくださいましたか。これでギガロスとグリムロールさんもいれば完璧だったのですが……」
「え、完璧って?」
「あのドラゴンを討伐するためのフルメンバーです」
「倒すこと前提なの!?」
やはりあのドラゴンとレイアは何かあるのだろうか。
一先ず、アルフレッドさんにポチとヤーサンといういつものメンバーを加え、魔導要塞の奪還に向かうことになった。




