6.変わったもの
「一体どうなってるんだ!?」
フィナを町の近くまで送り届けた僕は、早々に帰宅した。
これ以上墓穴を掘らないために。
部屋では、レイアがテーブルに料理を並べていた。
「あっ、おかえりなさい。マスター」
「た、ただいま――じゃなくて!」
「ご飯できてますよ」
「あっ、ありがとう――じゃなくて! というかレイアご飯作れるの!?」
「マスターのために五百年修行しました。はい、あーん」
「あーん……あっ、おいしい――じゃない!魔法のレベルとか全然変わってるんだけど!?」
「ああ、その事ですか」
僕の動揺に対して、レイアの態度は冷静だった。
なんというか、僕と違って余裕がある。
当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「マスターがいなくなってからというもの、世界では色々な事がありました」
「色々な事……?」
「はい。魔王が誕生したり」
「魔王!?」
「勇者が生まれたり」
「勇者……!?」
「そして、長きに渡る戦いの日々が始まり、終わったわけですね。マスターの寝ている間に」
「五百年の間に……!?」
「はい。正直申し上げますと、世界はだんだんと平和になっていきました」
「え、そうなの……?」
「はい。マスターが生きていた時代のように、どこもかしこも国同士の利権争いが起こっていたような事はもうありません」
「そ、そうなんだ……」
それを聞いて、少し安心する。
僕の知らない間にとんでもない事になっていたけど一先ずは安心……
「いや、魔法のレベルがなんか下がってるのは!?」
「元々は魔法の簡略化というものが始まりでした」
「ま、魔法の簡略化……?」
「はい。詠唱と魔方陣を繋ぎ合わせた魔法は威力はあれども遅い、と戦争では言われていました。そこで、《詠唱破棄》を基本とした魔法の簡略化が流行したのですね」
「そ、そんな事が……え、じゃあ今は詠唱とかしないの?」
「いないですね。基本的に詠唱と魔方陣を繋げる方法を知らない人がほとんどかと」
「そういう事か……」
つまり、魔法のレベルが下がったというよりは、求められるニーズに合わせて魔法が変わっていったという事になる。
それがいつの間にか誰も使えないような魔法となってしまったのが、僕のいた五百年前の魔法という事になるのだろう。
「……え、じゃあ僕、外で魔法を使えなくない?」
「……? 使ってもよろしいのでは?」
「い、いやだって……さっきは誤魔化したけど、そういう魔法が使えるってだけで変に見られるじゃないか」
「……さっき? 誰かと接触されたのですか?」
「う、うん。森のところで女の子と……」
「! そうですか……」
レイアの声色が少しだけ変化したように感じる。
表情は変わらないけど、どこか怒っているようだった。
冷静になって考えると、目の前の光景も異常だった。
魔導人形であるレイアに料理ができている事自体信じられない。
「そ、そう言えばレイアって味とか分からないよね?」
「その点についてはご心配なく。私は五百年、マスターのためにあらゆる修行を積みました」
「そ、そうなんだ」
「積みました」
「ありがとう……?」
「ツミマシタ」
「分かったって!?」
何だかレイアが怖い。
レイアはふぅ、と小さくため息をついた。
「マスター、世界は平和です。一番危険な場所はおそらくここなので、安心してください」
「それはそれで安心できないんだけど……!?」
「そのマスターがお会いしたという女性にもう会いたくないというのであれば、取れる対策はいくつかありますが」
「……というと?」
「暗殺」
「なんで!?」
「あっ、暗殺せずともマスターなら直で殺れますね」
「そういう意味じゃなくて物騒すぎるよ……! 僕は別に殺してほしいとか思ってない!」
「……そうですね。暗殺者以外の侵入者は生かすように……そうマスターも命令されましたし。では拷問――」
「どっちもダメだよ!?」
「ちっ、そうですか」
今、レイアから舌打ちが聞こえたような……?
「二つ目、引っ越しです」
「っ! それはいいかも!」
《魔導要塞アステーナ》などという世界で一番危険な場所に住む必要なんてない。
どこか別の場所でひっそりと暮らすのも手の一つだ。
さすがレイア、いい事も考えるじゃないか。
「では引っ越しをする場合……少々大掛かりですが要塞を動かす必要がありますね」
「うん――うん? え、動くの、これ」
「魔導要塞ですので」
「え、ええええ!? いやいや! これはもう破棄でいいよ!」
「っ! 破棄、ですか?」
僕の言葉を聞いて、初めてレイアが悲しそうな表情をした。
さらにレイアは続ける。
「五百年もの間……マスターを守り続けたこの要塞を破棄、すると?」
「うっ、それは……」
「それに、ここには十七体の管理者がいます。彼らを路頭に迷わせるのですか」
「ろ、路頭にって……全員魔物、とかだよね? 僕のゴーレムはそれこそ止めてしまえばいいし……」
「彼らを野に放つのは構いませんが、どれも今の時代のSランク冒険者では歯が立ちませんが、よろしいですか?」
「そうなの!?」
「はい。第一地区のアルフレッドさんですら、ここ最近で一番強いとされる冒険者よりも強いので」
まさかのアルフレッドさん、そんなに実力者だったとは……。
まだ見た事ないけれど。
「うん……? なんで強いって分かるんだ?」
「最初に申し上げたではないですか。ここは最高難易度ダンジョンとして認定されている、と。時々命知らずが挑んでくるわけですね」
「あ、そういう――って、ここは僕の自宅なんだけど!?」
結局、引っ越しという案はアルフレッドさん達を路頭に迷わせるという事でなしになった。
路頭に迷ったアルフレッドさんは首を探して国一つを滅ぼしかねないからだ。
もちろん、レイアに命令してここの管理を任せて一人静かに暮らす事もできる。
ただ、今の人間らしいレイアにそんな命令をして一人出ていく事ができるほど、僕は人間をやめていなかった。