58.奪われた魔導要塞
その後――大きな問題も発生することはなく、パーティー会場を襲撃した黒印魔導会は倒された、ということになった。
フェン・ガーデンとその仲間のおかげだ、という証言があったために、今回の件は冒険者であるフェンという男が解決したということになっている。
一説によれば女性という話もあるが、定かにはなっていない。
当の本人はすでに王都を後にした、という情報のみがあった。
「昨日の今日で、随分と早い動きです」
バイオリンケースを背負った少女――リオは静かにそう呟いた。
結局、昨日のパーティーでは音楽隊は音楽を披露する機会はなく、リオもその場にいた冒険者に保護された形になる。
音楽隊の仲間達と別れ、また自身の培ってきた音楽の技術を披露する時を待つ。
「ふふふっ、でも、面白い人に会いました。フエン・アステーナ」
リオはにやりと笑いながら、その名を口にする。
フエンの名を知る者は王都にはいない――だが、その名を聞いた者は一人だけいる。
黒印魔導会の幹部での一人であるアルバートだ。
アルバートはすでにフエンによって殺されている。
その事実も、リオはよく知っていた。
「せっかくいい感じに作り上げた『本体』だったのですが……また新しい本体を見つけないとダメかもですね。これを機に、黒印魔導会からも手を引いちゃいましょう!」
そう言うリオの表情は、昨日までの慌てふためく少女とはまるで違う。
本物の《人間使い》――リオ・リリール。
リオの知る五百年以上前に見た、フエン・アステーナと同じ姿の少年。
それは間違いなく本物であり、《魔導王》と今では呼ばれる、生死不明の魔導師そのものだった。
リオもまた、五百年以上前に生きた魔導師の一人だからだ。
「コクウに義理立てする必要もないですしね……まあ、また機会があったら会うこともあるでしょう! その時を楽しみにして――バイオリンの練習頑張るぞーっ!」
そうして、元の純粋なバイオリンの練習に励む少女に戻ったリオは、王都を後にするのだった。
***
僕が王都を後にしてから二日――レイアに急かされて自宅である魔導要塞の方へと向かっていた。
王都の《黒印魔導会》の一件についてはあれで片付いたという話だけれど、僕は依頼主とも特に話すことはなく戻ってきてしまっている。
森の中を走る馬車は、僕が魔法によって操っているものだ。
「ねえ、本当に戻っても大丈夫だったの?」
「はい、報酬については別途連絡もあるかと」
「いや、だって依頼主の人に話とかさ……」
「そのあたりはご心配なく。私の情報網があれば日帰りクエストも造作もないことですので……」
「全然日帰りじゃなかったよね!?」
「ふふっ、夕べはお楽しみでした」
「断定するの!? それはレイアだけじゃないかな……」
ホテルでの話なら、正直いい思いはしていない。
けれど王都の観光もしているし、仕事の方もこなしている。
正直、レイアを助けるためにパーティー会場をグリムロールさんに任せたので、僕が解決したと言ってもいいのか分からない。
そのグリムロールさんも、戻って来ないままだった。
「グリムロールさんも結局戻ってきてないし……」
「グリムロールさんはもうしばらく王都に残るとのことでした。あそこが気に入ったようですね」
「え、残るってありなの? 一応《管理者》なんだよね?」
「いわゆる休暇ですね」
「まさかの休暇制度あり!?」
それでいいのだろうか、と思いつつも僕も強制するつもりはない。
ただ、グリムロールさんを一人で残しておくのは少し心配でもあった。
一応――というか、真っ当に吸血鬼なわけだし……。
僕とレイアがいないところでうっかり王都を滅ぼしました、とかないことを祈りたい。
「まあ、僕もレイアのことは治したいと思ってたからいいけどさ」
「マスター……! 私なんかを優先してくださるのですね……!」
「いや、戻りたいって言ったのはレイアだけど」
「優先シテクダルノデスネ」
「うん」
こくりと素直に頷いた。
相変わらずレイアがこういう口調になると怖い。
主に黒いオーラが見えるあたり。
けれど、いつも通りに戻ってくれて良かったとも言える。
昨日の夜は、本当に落ち込んでいたように見えたから。
一先ずレイアを治したら、いずれ戻ってくるフィナ達にも王都の件の話をしないといけない。
そんなことを考えていると、ふと僕は疑問に思ったことをレイアに問いかける。
「……ところで、どうしてそんなに急いで戻る必要があるのさ?」
「マスターにはすでに許可を頂いておりますが、今魔導要塞は私の管理下にはありません」
「うん――うん? え、どういうこと!?」
許可した覚えはないどころか、完全に初めて聞いた話だった。
魔導要塞――すなわち僕の家なわけだけれど、あれが今レイアの管理下にないというのだ。
そんな危険な話をした覚えはない。
「アルフレッドさんを止める時に話したではないですか!」
「アルフレッドさんを止めるとき……?」
「『す、すぐに止めます! ですがその前に確認したいことがありまして、魔導要塞の方のコントロールができなくなる可能性があります。それでもよろしいですか?』と」
「……そ、そんな話したっけ?」
「実際には、『す、すぐに止めます! ですがその前に確認したいことが――』で、マスターにアルフレッドさん優先で、との答えを受けていますね」
「言ってないね!? ま、まあ……僕が最後まで聞かなかったのも悪いけどさ……」
「ご心配なく。制御できないとはいえ、ポチやヤーサンがいます。少なくとも、魔導要塞が攻め込まれることはないでしょう」
「いや、攻め込まれることは心配してないけど……暴走したりしないよね?」
「……」
「そこは答えてほしいんだけど!?」
「だ、大丈夫ですって。ほら、見えてきまし――」
「っ! レイア!」
魔導要塞が目に見えてきたところで、そこから見えた小さな光に僕は反応する。
まだ離れているというのに、光線はレイアめがけて放たれていた。
馬車からレイアを連れて飛び降りる。
光線に貫かれた馬車は、大きな爆発と共に消滅した。
「て、手足の自由が効かない私を森の中で押し倒すなんて……でもそういうことがお好きでしたら言ってくだされば……」
「レイアも見えてたよね!? 今の攻撃……要塞の方からだった」
「……ちっ、トカゲですか」
「ん、トカゲ……?」
『くふふふっ! 遂に、遂にわしの出番がきたというわけだ!』
僕とレイアの方に向かって、その声は向けられていた。
幼い少女の声で、それでいて話し方は老人のよう。
ただ、とても楽しげに声は話す。
『フエン・アステーナっ! お主の魔導要塞はこのわしが占拠した! くふふふっ、返してほしくば、分かっているな?』
「いや、その前に……君は何者?」
『なっ! わしを誰だか知らないだと!? おい、レイア! わしのことはすでに伝えてあるのだろうな!?』
「さて、マスター。今日の夕飯は何がいいですか?」
『ぐ、相変わらず可愛くない奴だ! わしを怒らせるとどうなるか――』
「……はあ、マスター。以前ちょっとだけ話題にあがりましたドラゴンがこれです」
『みじか! わしの紹介みじか! もっとわしがどういう存在か、とかあるだろう! どれだけ偉い存在なのか――』
「そこで待っていなさい……すぐにでも引きずりおろしてやりますから」
『ひぇ……ふ、ふん。魔導要塞はわしが掌握したのだ! そんなこと言っても怖くないよーだ! バーカ!』
そこまで言って、幼い少女の声は途切れる。
おそらくというか、間違いなく幼い少女の声の主が、魔導要塞を乗っ取ったということになるのかもしれないけど……。
「えっと……それで今のは?」
僕の問いかけに、レイアは物凄く嫌そうな表情をしながら答える。
それは、今までにレイアが見せたことのないような表情だった。
「……トカゲ、ドラゴンですよ。あれでも一応管理者の一人なのですが」
「……え、本当にドラゴンなの?」
――ここにきて、僕の自宅を乗っ取ったのはたまに話に出てくるドラゴンだった。




