57.落ち込む魔導人形
僕はレイアを人目のつかないところに置いて、一度パーティー会場へと戻っていた。
グリムロールさんがやってくれたのだろう――首に少しだけ怪我をした女性がいたとのことだけど、誰も犠牲になることなく《黒印魔導会》の魔導師を倒した形となる。
ただ、その場にいた人々が口にするのは揃って「何が起きたのか分からない」だった。
視界が闇に染まったと思えば、次の瞬間には黒印魔導会を名乗る少女の姿は消えていたという。
もう一人、執事服を着た赤髪の男もいなくなった、と。
男ではなく女性なのだが、それはきっとグリムロールさんだ。
僕自身もグリムロールさんの能力を知っているわけではないけれど、吸血鬼という種族は基礎スペックで人間を凌駕している。
ただ、レイアの下へ向かうためとはいえ、パーティー会場を放置して出て行ってしまったのは――正直仕事としては失敗だとは思う。
(でも、お偉い人達が来ていないのはあらかじめここが襲われることを知っていたからなのかな……? レイアに詳しく聞いてみないと)
またしてもしょんぼりした状態のレイアを、今は置いてきてしまっている形になっている。
ここの無事が確認できたから早く戻りたいところだけど、グリムロールさんも確認できていない。
ひょっとしたらまだ戦っている可能性もあるわけだけど――
「そこのあなた」
「ん、何――か!?」
不意に声をかけられて、僕は振り返る。
そこにいたのは――訝しげな表情でこちらを見るフィナの姿だった。
僕は慌てて顔を隠すように答える。
「……何か、用でしょうか?」
「あなたさっき……外に飛び出していった子だよね?」
「そ、そんなことしませんよ」
「言い訳しなくてもいいわ。私は見ていたもの。あの執事の人だってあなたの連れでしょう。私も冒険者なのだけれど、あなたもここを護衛するように頼まれた冒険者なの?」
(も、もしかして気付かれてない……!?)
この距離、そして高めの声で話しているとはいえ――僕と話していてフィナは気付いていないようだった。
もはやラッキーとしか言いようがない。
けれど、それは同時に僕がドレスを着ていたら男としても気付かれないということに起因する。
(まあウィッグもあるとはいえ……そう言えば初対面の時もフィナは勘違いしてたっけ……)
「えっと、僕――じゃなくて、私も、その冒険者、です」
「ああ、やっぱりね。じゃあ、あの執事服の人もそうなのかしら。正直言って、あの状況を切り抜けられるか分からなかったけど……あの人のおかげで助かったわ。あなたが出て行ったのも作戦?」
「ま、まあそんなところ、です」
もう一人の黒印魔導会の幹部の男――アルバートを倒したことは誰も知らない。
このパーティー会場にいた少女だけが、今のところ確認されている黒印魔導会の魔導師ということになる。
(報告とか色々どうするのかはレイアに聞いてみないとなぁ……)
「おう、フィナ。俺らもそろそろ戻って依頼人のところに――って、フェン? 何だその格好」
「え、フェン?」
「……っ!?」
フィナを呼びに来たもう一人の冒険者――ヘイズは僕を見るなりそう言った。
フィナが驚きの表情で僕を見る。
僕は僕で、首を思いっきり横に振る。
(え、えええええ!? ま、まさかヘイズに気付かれるなんて……! 何とか誤魔化さない――)
「良くみたら……あなたフェンじゃない!」
「ひ、人違い……ですよ?」
「何言ってやがる。そのカツラ取れよ」
「あ、ちょっと待ってっ」
バサリとヘイズに無理やり髪を引っ張られて、ウィッグも外されてしまう。
誤魔化せたと思ったのに、こんな簡単に女装姿でいることがばれるなんて……。
「え、えっと……これはね」
「なによ、フェンも来ていたのね。言ってくれればよかったのに!」
「そうだぜ、会場にいる俺らのことにもお前なら気付いてたんだろ」
「え、ま、まあ……」
(思ったよりも反応が普通すぎて何か逆に恥ずかしいんだけど……)
女装しているのは仕事上の理由――すぐにそう解釈されたのかもしれない。
そう思ったが、ヘイズはにやりと笑いながら、
「それにしても女の姿がよく似合うな」
「私なんてまったく気付かなかったのだけれど……」
「そ、そのために変装してるわけだから……。というか、何でヘイズは気付いたのさ……」
「俺が男と女を見間違えると思うか?」
「いや知らないけど!?」
ヘイズとそこまで話したことがあるわけじゃないけど、どうやらそういうところに特化しているらしい。
一先ずここにグリムロールさんがいなくて助かった、と言える。
もしもグリムロールさんに女装がどうとかいう話が聞かれでもしたら黒印魔導会の騒ぎどころじゃないだろう。
「あなたがいたのなら……正直納得だけれど。私達はまた何もできなかったのね……」
フィナは少し落ち込んだように言う。
正直、黒印魔導会の魔導師は僕から見てもかなり熟練の魔導師が揃っていると言える。
相手が悪いというのが正しいだろう。
「落ち込むことはないと思うよ。僕だって、パーティー会場を放って別のところに行ったわけだし」
「それって別の魔導師がいたってこと?」
「まあそんなところ――ああ、ごめん。そろそろレイアのところに戻らないと」
「レイアさんも来ているのね。どうやら、依頼人は違うみたいだけれど、私達も報告に行かないといけないから。また後でね」
「うん、また後で」
フィナとヘイズと別れ、僕もパーティー会場を後にする。
レイアはすでに王城の外――人通りの少ない路地裏に待機させていた。
アルフレッドさんの一撃を受けたレイアは片腕片足を失っている状態だった。
吹き飛ばされた手足は破損しており、簡単に治りそうもない。
そして何より、いつにもまして落ち込んだレイアがそこにはいた。
「あ、マスター……」
「とりあえず、会場の方も大丈夫そうだったよ。グリムロールさんがやってくれたみたいだ」
「そう、ですか。感謝しなければいけませんね」
「うん。どこに行ったのか分からないけど……とりあえずこれで仕事は達成、でいいのかな」
「……はい」
レイアの返事はとても暗い。
表情にも出ているくらい、だ。
こうなってくると、何て声をかければいいのだろう。
励ます方法というのがあまり思いつかないけれど……。
「レイア、その……そんなに落ち込まないで、さ」
「マスターは、お優しいですね。私のようなどうしようもない……仕事も満足にこなせないようなダメダメの魔導人形にそのように言ってくださるなんて」
(めちゃくちゃネガティブになってる……!?)
「……レイアはダメダメなんかじゃないよ? 相手が悪かっただけだって」
「……いえ、敵の能力が洗脳だったとして、アルフレッドさんまで暴走させられてしまうなんて。あらゆる場面を想定しておくべきでした」
「そんなの想定できないって」
「……っ! マスターがいなければ、私は――」
「レイアがいるところには僕がいるし、僕がいるところにはレイアがいる。いなければ、何てことは考えなくてもいいんだよ」
落ち込むレイアの頭を優しく撫でる。
レイアは泣きそうな表情で飛び込んできた。
「マスターっ!」
「ぐふっ!」
ドゴォ、と勢いよくレイアが頭部から突っ込んでくる。
いや、何故このタイミングで頭からなのだろう。
「す、すみません、マスター。勢い余って頭から……!」
「う、うん……今のは悪気がないのは分かるよ」
「マスターは、本当にお優しいですね。私のような者にでも……」
「レイアは僕と一緒にいてくれるって約束してくれたからね」
「マスター……もちろんです。私は、私はマスターのことを『殺したいほど愛しています』から!」
「何その発言!? 急に怖いんだけど!」
「ふふっ、聞きたいですか?」
「その発言の真意は聞きたくないかな……」
「キイテクダサイ」
「まさかのお願い!?」
にやりと三日月のように口元を歪ませて言うレイア。
いつも通りに戻ったレイアは、いつも通り怖い感じだった。




