55.対洗脳魔法
魔力の壁に、魔力の塊を押し付けられ、ミシミシと周囲に音が響く。
アルフレッドさんの攻撃をまともに受ければ、僕でも無事では済まないだろう。
それだけの威力を感じさせる一撃。
ボロボロの状態のレイアが背後にはいる。
「どういうことかな、アルフレッドさん」
「オオオオォ……」
問いかけたところで返答もあるはずもない。
けれど、レイアを攻撃したのは間違いなくアルフレッドさんだ。
アルフレッドさんをレイアが召喚したところを確認している。
アルフレッドさんがレイアの方に振り返って攻撃しているところも。
「マスター、アルフレッドさんは今、私の制御下に、ありません」
絞り出すような声でそう言ったのはレイアだ。
片方ずつの手足が吹き飛ばされ、痛々しい姿でありながらもレイアは立とうとする。
「そのままでいいよ」
「いえ、しかしこれは――」
「うん。大丈夫、僕が何とかするよ」
「マスター……」
いつもなら、僕の答えに喜ぶはずのレイアだったが、それでも浮かない表情をしている。
洗脳系の魔法が使用されていることは分かっている。
アルフレッドさんはデュラハンという存在ではあるけれど、それこそ使役されて精神を保っている状態だ。
レイアの死霊術の効果が届かなくなれば暴走するのも分かる。
「なるほどねぇ、君がそこの人形の主かい」
「そうだね。あなたは《黒印魔導会》の?」
「ああ、その通りさ。名前はアルバート……君がブレイン君を殺した張本人というわけだ」
「……殺したわけじゃないって何度も答えてるけど、まあ話が通ってるわけもないか」
「おや、それならブレイン君は生きているのかな。それは朗報」
「まさか、僕に用があって来たわけじゃないよね」
「半分だよ。一つは実験、もう一つは我々の障害となる者を確認するためだ」
「二度目だね」
「……?」
アルバートは不思議そうな表情で僕の方を見る。
僕は一呼吸置いてから答えた。
「あなた達が、僕のものに手を出したのは」
「……!?」
僕の背後でレイアが動揺した様子を見せているのが分かる。
僕自身、こんな風な言い方をするのは柄じゃないとは思っている。
けれど、今は黒印魔導会に対して怒りを感じているのも事実だ。
「ははっ、僕のもの、か。女の子のようだけれど、なるほど……君は男か。随分な格好でやってきたものだねぇ」
「格好なんて関係ないよ。どうあれ、僕があなたを倒す事実は変わらない」
僕の言葉を聞いて、アルバートがにやりと笑みを浮かべる。
その瞬間、動きを止めていたアルフレッドが再び魔力を込めた。
僕の魔力の壁を砕こうとしているのが分かる。
背後にはレイアがいる。
避けるわけにはいかなかった。
「マスター――」
「大丈夫だよ」
レイアの言葉に僕は答える。
レイアはきっと、避けろというのだろう。
当たり前だけど、僕はそんなことはしない。
「オオオオォ……!」
「君が殺すべき相手は目の前だ、アルフレッド。さあ、早く彼を――」
「《針岩槍》」
「――」
アルフレッドさんの身体が宙に浮かぶ。
一本の針が、アルフレッドさんの身体を貫いたからだ。
ついで二本、三本と出現した針が次々とアルフレッドさんの身体を貫いて、動きを止める。
「ごめん、アルフレッドさん。しばらくそうしていてくれるかな」
「オ、オオオオォ……」
ミシリッと大きな音が鳴る。
アルフレッドさんはそれでも動きを止めない。
むしろ、止めようとすればするほどアルフレッドさんは執念深く動こうとする。
「動くなって言ったはずだよ」
地面からさらに無数の針が出現し、アルフレッドさんを貫く。
人間であればすでに致死量に達しているけれど、アルフレッドさんなら問題ないだろう。
「迷いがないねぇ。デュラハンとはいえ、彼は君の仲間だろう?」
「……そうだよ。だから、僕が止めた。方法は色々あるけれど、手っ取り早い方法はあなたを倒すことだから」
「それができるなら、ね。そうだな――まずは君の名前から聞いておこうか」
「……! マスター! その男の声を聞いてはいけません!」
レイアの声が耳に届く。
けれど、それよりもアルバートの声の方が脳内によく響いた。
(なるほど、声に直接魔法の効果を乗せてるんだね)
受けた瞬間から、身体に違和感を覚える。
まるで自分の身体ではないような感覚。
それでも、僕はアルバートの方を真っ直ぐ見て答える。
「フエン……フエン・アステーナだよ。僕の名前は」
「何だって? その名は……!」
「聞いたからには、覚悟はできているかな」
「……っ! 動く――」
「遅い」
アルフレッドを貫いた魔法と同じように、アルバートの身体を針が貫く。
「ぐっ、こ、この魔法は……」
「ザイシャの身体の傷と同じ、かな。もしもどこかで確認しているのならだけど」
アルバートが僕の方を見る。
まだ諦めた表情ではない。
動きを止めていたアルフレッドさんも再び動き出そうとしている。
アルバートの背後にいた騎士達も動き出そうとするが、僕とアルバートの間に無数の針を出現させてそれを阻む。
全ての行動を防いだ上で、僕はアルバートに問いかけた。
「あなたの取るべき行動は二つに一つだよ。一つはこのまま僕に倒されること――そして、もう一つは《黒印魔導会》のメンバーと拠点の情報を話すことだ。そうすれば、あなたのことは見逃してもいい」
「ははっ、そのようなこと……私が選ぶ道は一つしかないじゃないか」
「どっちかな?」
「フエン、この魔法を解除するんだ。そうすれば、君の望む情報を与えよう」
「それはつまり、二つ目の選択肢を選ぶと?」
「……!? な、何故だ。私のは言葉を聞いただろう!?」
「聞いてるよ。ただ、僕も同じように暗示をかけてるだけだよ。『あなたを殺す』、とね」
「――」
僕が答えると同時に、アルバートの喉元を針が貫いた。
洗脳魔法に対応するには、たとえば声を使う相手ならばその声を聞かないようにする方法がある。
ただし、それは他の音まで聞こえなくなってしまう。
多少面倒ではあるけれど、洗脳魔法に対して同様の魔法で上書きすることでも、対応できる。
ひたすらにアルバートを殺すという暗示があるから、いつもの僕よりも少し好戦的になってしまっていた。
「できれば後者を選んでほしかったけどね」
アルバートが動かなくなると同時に、周囲の騎士達も意識を失ったようにその場に倒れる。
洗脳が解けたのだろう。
アルフレッドさんは――変わらずに動いていた。
「……あれ、アルフレッドさんは止まらないの?」
僕自身への暗示を解除して、レイアに問いかける。
レイアは少しだけ気まずそうな表情で、
「少しダメージを受けすぎたのと、洗脳魔法の影響で私の発動していた魔法の一部が解除されました。なので、アルフレッドさんは今、誰の支配下にもない状態です」
「オオオオオオオォッ!」
「ちょ、アルフレッドさんストップ! レイア、早く死霊術でアルフレッドさんを止めて!」
「す、すぐに止めます! ですがその前に確認したいことが――」
「今はアルフレッドさんが優先で!」
「……分かりました」
レイアの死霊術で、何とかアルフレッドさんを再び支配下に戻すことができた。
洗脳魔法を使う男を倒したことで、おおよそ向こう側の持っていた戦力はかなり減ったと考えられる。
後は、パーティー会場に残してきたグリムロールさんの方だ。




