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54.殺したいほど愛している

「……! 今の音って……」


 僕とグリムロールさんがバルコニーに出ようとしてすぐのことだ。

 城壁の上で大きな音が鳴った。

 すぐに外へと駆け出そうとする――


「な、なんだ!? お前達!」

「ひっ、何をするつもりだ……!」


 部屋の中に響いたのは、そんな驚きの声。

 振り返ると、壁際で構えていた騎士達が次々と剣を抜いていた。

 全員ではないけれど、一気の会場内がざわつく。

 さらに、何人かの魔導師達も魔法を発動させようとしているが分かった。


「仕掛けてきたようだね」


 グリムロールさんが冷静に言い放つ。

 状況を見るに、パーティーを狙ってきたのは間違いない。

 けれど、これほどの人数がパーティー会場に潜り込んでいたとは考えにくい――顔の隠れていない者達の目を見て確認する。


(洗脳魔法の類か……!)


 僕にはすぐに理解できた。

 まるで人形のような虚ろな瞳で動く彼らは、何者かに操られている。

 これほど同時に操ることができるとすれば、相当な実力者であるということは分かる。

 フエンから見て、現代の魔導師達の魔法のレベルは低い――けれど、この相手は違う。


「はぁい、愚鈍な人達。ここは今からあたし達――黒印魔導会の支配下になったの!」


 テーブルの上にローブを着た一人の少女が立ち、そう宣言する。

 手に持っているのはバイオリン――一瞬、リオの顔が思い浮かぶ。

 けれど、ローブの下の顔は違う人物だった。


「な、なんだ、お前は……」

「なんだ、とは良い質問ね。でももう答えたわよ。黒印魔導会――知ってるでしょ?」

「なぜ貴様らがここにいる!」


 魔導師の男達からの問いかけに、ふうと小さくため息をつく少女。

 肩をすくめながら、少女は答えた。


「何故も何も……この日この時を狙ったからよ。あんた達愚鈍な魔導師も含めてさぁ……ここにはいっぱいの魔力が集まるわけ。意味分かるかしら? ここはあたし達のためのパーティー会場だったわけ」

「ふざけ――」

「ひっ」


 一人の魔導師の男が動こうとすると、騎士の一人が近くにいた貴族の女性に剣を向ける。

 動けば斬る――言わなくてもそれはすぐに分かった。


「ぐっ……」

「たくさんの人質とぉ、魔力源がたくさん。変な人形遊びで時間をかけて《忌み地》を作る必要なんてないわけ。そういう実験なの、分かってくれた?」


 にっこりと少女は笑う。

 わずか数秒の間に、ここはすでに黒印魔導会に支配されたことになる。

 結界も何も関係ない――元々、ここにいた参加者の多くが操られているのだから。


「お、おいおい……こりゃあ聞いてねえぜ……」

「黒印魔導会……!」


 フィナとヘイズは操られているわけではないみたいだ。

 ここの護衛を任せられた冒険者達は少なくとも無事と考えられる。

 けれど、それで状況が改善するわけじゃない。


「どうする、マスター君。君の力ならここを切り抜けられるかな」

「……まあ厳しくはあるけれど、不可能ではないかな」

「さすが、頼もしい限りだね。マスター君」


 僕とグリムロールさんは小声で話す。

 少女までの距離はそれほど離れてはいない。

 距離を詰めて制圧する程度は難しい話じゃないけれど、問題は人質の数。

 周りの騎士まで制圧するとなれば――


(多少なりとも怪我人は出るかもしれないね……)


 さすがにこの広さで全員の動きを止めるのは難しい。

 殺す、というのならば話は別になるけれど、敵になるのは現状一人しかいない。


(……とはいえ、一人かどうかも分からない。というか、外の爆発音も襲撃か何か――っ!?)


 ちらりと外を見た時、僕の視界に入ったのは――月明かりに照らし出された、首のない騎士だった。


    ***


「オオオオオオオオ……」


 底冷えするような怨讐の声が響く。

 レイアを庇うように現れたのは、首のない騎士――アルフレッド。

 騎士達の剣も、魔法もすべて受け切った。


「助かりました、アルフレッドさん」

「オオオオ……」


 アルフレッドはそのまま真っ直ぐ立つ。

 向かい合うのは、白衣を着た男――アルバート。


「ほう、デュラハンとは恐れ入った」

「恐れているような感じではありませんね。あなた達はある意味で肝が据わっているというべきところでしょうか」

「いやいや、私なんかいつも部下にバカにされて困ったものだよ。それに言った通り、私は戦闘向けじゃないんだ。そのデュラハンと殴り合うことなんて到底できない。もうお手上げだ」


 ひらひらと手を上げて、まるで降参するかのような合図を出すアルバート。

 だが、レイアは視線を冷たく向けたままだ。


(言うつもりもなかったのに言わされた……人間使いと言っていましたが、早めに始末してしまった方がよさそうですね)


 元より、レイアの目的は黒印魔導会の殲滅。

 目の前にその相手が現れた以上、やることは変わらない。

 本来ならば、主であるフエンが黒印魔導会の魔導師を倒すことで、その名を上げていくことに意味があるのだが――


「アルフレッドさん。同じ名前に『アル』がつく相手です。紛らわしいので始末を」

「オオオオオオオオオオオッ」


 アルフレッドが呼応するように答える。

 ズンッ、と一歩踏み出した。

 周囲の騎士と魔導師達は動かない。

 アルバートの指示を待っているかのようだった。


「いやはや……死霊術とは困ったものだ。アルフレッドというのかな、君は」

「オオオオ……」

「君の怨讐の念は良く分かるよ。声から伝わってくる――けれど、恨むべき相手は私じゃない。そうだろう?」

「……」

「アルフレッドさん……?」


 アルフレッドの動きが止まる。

 まるでアルバートの声をしっかりと聞いているかのようだった。


「……! アルフレッドさん! 早くその男を――」

「アルフレッド……君がやるべき相手は私ではないよ。そこの魔導人形だ」

「オオオオッ!」

「っ!」


 くるりとアルフレッドが反転する。

 レイアに向かって剣を抜くと、無造作に振りかざした。

 床が抉れ、城壁の一部が崩れる。

 レイアはギリギリのところでかわしていた。

 アルフレッドは再び動きを止めるが、その場で苦しみ出す。


「オ、オオオオ……」

「やはり死霊術のかかっている相手に私の言葉は届きにくい、か。けれど、上手く機能はしないみたいだ。勉強になるね」

「あなたのその魔法は……」

「まあ、今ので完全に分かったかもしれないね。私の声帯に魔法陣を刻み込んで、直接声に魔法を乗せている。こうするとね、常に声に魔法の効果を乗せることができるんだよ。すごいだろ?」


 アルバートはそう問いかけるように言う。

 レイアは答えない。

 魔法の発動のトリガーが問いかけに対して答えること――その可能性もあったからだ。


(アルフレッドさんの動きは止まったまま……召喚する者の選定を間違えましたか)


 レイアにとって、アルフレッドは戦闘面で頼れる存在だった。

 しかし、それはアルフレッドが無力化されることのない前提がある。

 この状況は、完全に想定外であった。


「ああ、ちなみに君を壊すと言ったのは、物理的にじゃない。もちろん先ほどの一撃で壊れてしまったのならそれはそれで仕方のないことだったのだが、私の目的は別にある。君のような、まるで人間のような意思を持つ魔導人形に試してみたいことがあってね」

「……」

「君を作った人間、いるだろ? 魔導人形なら一人で行動しているはずないからねぇ。その人のことを――殺してくれないかな?」

「……っ」


 がくりとレイアが膝をついた。

 意思に反して、身体の自由が利かなくなる。

 レイアには感覚というものはない――けれど、感じるものはあった。


(マスターを、殺す……?)


 そんなことはあり得ない。

 絶対にするはずがない。

 そう思いながらも、アルバートの言葉がレイアを支配していく。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――

 何度も心の中に訴えかけてくる声。

 レイアは胸を抑えたまま動かない。


「どうかな、殺してきてくれるかな。本当は君ではないんだろ? ブレイン君を殺したの」

「……」

「なあ、どうなんだ。君の答えが聞きたい。やけに人間らしい君は、主にどんな感情を抱いているのかな?」


 アルバートが言葉を発するたびに、レイアの心の中にまた新しい感情が生まれる。

 レイアは俯いたまま――小さく笑った。


「ふふっ」

「! 何がおかしいのかな?」

「とても良い経験を、私はしていますね……」

「良い経験だと?」

「はい」


 レイアは苦しそうな表情で、それでもにやりと口元を歪めながらはっきりと答える。


「私は、マスターを殺したいと思わされている。頭の中でずっと、殺せ殺せ、先ほどから煩い声が聞こえてきますよ……。それでもはっきりと言ってやります。私はマスターを愛しています。『殺したいほど愛している』――この気持ちは、あなたに抱かされたものでもなく、本物の気持ちなんですよ」


 レイアは立ち上がる。

 たとえどうあっても、自身がどうなろうとも――レイアの気持ちは変わらない。

 殺したくなっても、フエンのことを愛している。


(私だけは何があろうと、マスターの味方であると誓ったのですから……!)


 レイアの精神力は人のそれを軽く凌駕する。

 洗脳魔法を受けたとしても、レイア自身は揺らぐことはなかった。


「……なるほどねぇ。興味深いが、つまらない結果だな」


 ズンッ、とアルフレッドがレイアの前に立つ。

 洗脳魔法に抵抗している隙に、コントロールは完全に奪われていた。


「まあいい。それなら、物理的に壊すとしよう」


 アルフレッドが剣を振り下ろす。

 噴き出すような魔力が、レイアの身体を吹き飛ばした。

 バラバラと、腕と足が吹き飛んでいるのが見える。


(私は……)


 フエンを本当の《魔導王》にしたい――それがレイアの願いだった。

 そのために黒印魔導会と戦うことを選んだことを、レイアは後悔しない。

 けれど、レイアの失態でフエンを危険な目に合わせるつもりはない。

 グリムロールをフエンの隣に置いたのはそのためだ。

 本当ならばずっと近くにいたい――けれど、レイアが守るよりも確実にフエンのことを守ってくれる。


(それならば私の役目は、この男を殺すこと……! 私が取るべき責任はそこにあります……!)


 手足がもぎとられようと関係ない。

 レイアは地面につくと同時に、無理やり身体を起こした。

 残ったのはレイア自身の身体に右腕と左足。

 バランスの取れない身体で、レイアはアルバートを見上げる。

 無数の騎士が後ろに控え、アルフレッドがレイアを追うように飛び降りる。

 だが、その剣がレイアに届くことはなかった。


(ああ、それでもあなたは、こんな私のためにここに来てくれるのですね……)


 守るべき者は他にいるはずなのに、それでもフエンはここにいる。

 黒の上着を羽織って――フエンはアルフレッドの剣を受け止めていた。

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