53.開戦の合図
フィナ達にばれないように立ち振舞いながら、僕はこのパーティでの護衛任務を務めなければならない――けれど、冷静に考えればそこまで難しい話ではない。
部屋の広さは十分にあるし、ある程度の距離を保っていれば気付かれることもない。
それにウィッグで髪の長さだって変えている。
一瞬で僕だと気付くのは無理だろう――そうだと思いたい。
(護衛対象がここにいる全員っていうのが何ともだけど……)
特別誰を護衛するのではなく、パーティにおける参加者全員が対象となっている。
僕の設定にもあるように地方の貴族から、著名な魔導師まで幅広く呼ばれているらしい。
ある程度有名なら、自分の身くらいは自分で守れそうなものだけれど。
どうやらこの時代の魔導師の実力は、冒険者のランク相当で考えてもあまり高いものではないらしい。
(探知系の結界かな? 万が一の襲撃に備えて張ってあるんだろうけど……)
僕から見ても、その結界は綺麗に張られている。
けれど、綺麗に張ればいいというわけではない。
その効果を最大限に発揮するならば、別に見栄えというものには固執する必要はないからだ。
……まあ、大規模なパーティでの結界ならそういうのも気にするのかもしれないけれど。
「……ふむ」
「どうしたの? グリムロールさん」
「いや、ドレスを着た女の子達に見惚れていてね。あ、マスター君が一番なのは変わらないよ?」
「あ、ありがとう?」
思わず疑問系で返してしまう。
グリムロールさんが先ほどから真顔で吟味しているのはパーティー参加者の女性達だった。
吸血鬼であり女の子が好き――思えば、今ここにいる存在で一番危険なのはグリムロールさんだった。
僕の性別が男だということがばれたら、それこそどうなるだろう。
文字通り《血の海》――なんてことは勘弁してもらいたい。
「人もそれなりに集まってきたようだね」
「うん。たぶんだけど、この中に護衛の人も結構混じってるんだろうね」
フィナやヘイズのように、それ相応の格好をして潜んでいる可能性が高い。
見た目通り、鎧を着た騎士達は壁際で控えている。
表立って護衛として活動している者と、裏で活動している者の二つに分かれている。
(レイアは大丈夫かなぁ)
少し――というか、かなり心配だった。
レイアはパーティーには参加せず、別行動でこのパーティー会場の警備をしているはず。
すでに外は暗くなっているけれど、レイアは窓の外あたりからこちらの様子を見ていたりするのだろうか。
(さすがにそれはないかな……)
ちらりと窓の外を見る。
けれど、月明かりくらいしか目に入ることはなかった。
「外が気になるのかい?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「いやいや、せっかくだからバルコニーにでも出て景色でも見ようじゃないか」
「え、ここを離れるのはちょっと……」
「大丈夫、大丈夫。パーティーはまだ始まってすらいないのだから。私と外で景色でも堪能しながら一杯やろう」
「お、お酒はちょっと……」
参加者の振りをしているとはいえ、ここでお酒を飲むのはまずい。
しかも、酔って僕自身がボロを出してしまうかもしれない。
グリムロールさんは気付けば、赤い液体の入った小さなグラスを持っていた。
「……それ、赤ワイン?」
「あははっ、私が飲むものといえば血だよ、血」
「……」
「冗談、赤ワインだよ。私もこんな場所で血を飲んだりしないさ」
笑顔で答えるグリムロールさんだけど、正直本当に冗談か分からなかった。
会場内でも特に変わった様子はない。
おそらく、大規模なパーティーともなれば、かならずこういった護衛の依頼をしているのだろう。
レイアにしては――という言い方は悪いのかもしれないけれど、まともな依頼だったのかも。
「おい、この肉めっちゃうまいぞ!」
「ちょ、ちょっと! だから静かにしてって!」
「っ! グ、グリムロールさん! やっぱり一回外に行こうか」
「おや、マスター君から誘ってくれるとは嬉しいね」
気がつけばフィナ達がかなり近くまでやってきていた。
ヘイズがどうやら肉料理に夢中で次々と料理を食べていっているらしい。
護衛としてはあまりに目立つ存在だったが、ああいう目立つ人がいると僕が目立たなくていい――そう思いながら、横目で見たフィナの手に持つ皿にもいっぱいの肉があることを確認して思わず僕は笑ってしまった。
***
「遠くから見てもマスターは素晴らしくかわいいですね。あれで男と言い張るのは無理な話では……?」
レイアは一人、城壁の上からパーティー会場を見ていた。
レイアの目ならば、遠くからでも余裕で確認できる。
――普通にマスターであるフエンのことをずっと見ていた。
「時々確認している方向にいるのは……フィナさん達ですか。他にも護衛の依頼をした冒険者がいるとは聞いていましたが、なるほど。マスターが慌てた表情をするわけですね」
レイアとしてはこのまま正体がばれてしまった方がフエンの面白い反応が見られそうだと思いつつ、今日の仕事の本質を忘れてはいなかった。
レイアがこの仕事の依頼を受けたのは、《魔導協会》との取引のため。
《魔導王》フエン・アステーナという存在を、正式に魔導協会に認めさせること。
これはすなわち、五百年前の《七星魔導》と同じ――否、それ以上の存在であるということを世界に知らしめることになる。
たた、人々から呼ばれているだけの存在ではなく、本当に実在する人物として、名を馳せることにつながる。
この仕事はその一つ――《黒印魔導会》の殲滅。
協会側の情報によれば、黒印魔導会は今日動くという。
《黒竜》復活を目的としている彼らは、実験という名のテロ行為を幾度となく行っている。
それに対抗するために、協会側も力を注いでいるということなのだが、少数ながらも黒印魔導会に所属する魔導師は精鋭が多いという。
ブレインやザイシャといった――フエンが倒した魔導師達も協会側からすれば実力者だった。
「もっとも、マスターから見れば足元にも及ばない方達ばかりでしたが――あなたもそうでしょうか?」
背後に感じた気配に、レイアはそう言い放つ。
くるりと反転したレイアは、その姿を見て目を見開いた。
「……バルトメアさん?」
そこに立っていたのは、協会側からの仕事の依頼者であるバルトメア・レシュー。
ここにやってくるとすれば、間違いなく黒印魔導会の人間が来ると思っていたレイアは意表を突かれる。
だが、すぐにレイアは気付いた。
(いえ、様子がおかしいですね)
瞳に生気が宿っていない――人というより、まるで人形。
魔導人形であるレイア以上に、バルトメアの瞳は人形のようだった。
「彼は中々に優秀な魔導師だったらしいが、協会側は人手不足なのかねぇ。この程度では私を止めることはできないのだが」
バルトメアの背後にもう一人――白衣を着た人物が立っていた。
レイアは背後の男を見据える。
「あなたは――いえ、あなたが黒印魔導会所属の魔導師、ということでしょうか」
「おやぁ、そこまでばれてしまっているとは困ったものだねぇ。やはり、内部に裏切り者がいるというのは本当だったのかな。まあ私達も同じようなことはしているのだけれどね」
肩を竦めて男はそう言う。
男は眼鏡を外すと、それを拭いながらレイアを見た。
「昔の魔導師は決闘の時に名乗るのが風習だったらしい。まあ、騎士であれば今も名乗るのが普通なのかもしれないねぇ」
「私はどちらでも構いませんよ。名乗られても、名乗らなくても――どのみちあなた方のことを覚えておく必要はないので」
「強気な子は嫌いじゃないさ。それにしても、君はまるで人間のように振る舞うんだね」
黒印魔導会の人間は皆、レイアのことをすぐに魔導人形だと見抜く。
見た目だけであれば人間と遜色ないレイアの本質をすぐに見抜けるのは、彼らがそれなりの実力者であることを示していた。
男は眼鏡をかけ直すと、にやりと笑う。
「ブレイン君なら君のような存在を見て喜んだかもしれないがねぇ」
「ああ、あの人形使いの……ということは、その言い方から察するに、あなたはブレインの師ということでしょうか」
「私はブレイン君の師ではないけれど、まあ近いものではあるかな。しかし、その言い方からすると、なるほど。君がブレイン君を殺したのかな?」
正確に言えば、黒印魔導会の人間で死が確認されているのはザイシャだけだ。
リーザルに関して言えば直接ではないがレイアが殺したと言える。
ブレインに関しては、どこにいるかも分からないし、レイアにとっては興味もない。
「ええ、そうですよ。私が殺しました」
けれど、レイアはそうはっきりと答える。
相手への揺さぶり――それも含めてレイアは迷いなく答える。
だが、レイアの返答を聞いても男は眉一つ動かさず、にこやかな表情のままだ。
「そうかぁ。まあ、情報が漏れているのだとしたら、ここにもきっとやってくると思っていたさ。ブレイン君の仇が取れるとは嬉しい限りだね」
「私を殺しますか?」
「人形相手に殺すとは言わないよ――壊す、だ。君を今から壊す。もっとも、私自身はあまり強い魔導師ではないのでね。物理的には壊せないのだけれど……」
男の言葉には少しばかり違和感があった。
レイア自身、先ほどから男と話していて、言葉にできない妙な感じがしている。
(確かに、この男の言う通り、強いわけではないようですが……)
ちらりと視界に映るのはバルトメアの様子。
生気の抜かれた人形のようになっている彼は、間違いなく何かしらの影響を受けている。
「まあ、お互い名を知らないというのは不便なものだからね。私の名前はアルバート。ブレイン君の上司だった者だ。君の名前は?」
(わざわざ答える必要もありませんね)
「レイア、です」
(……っ!?)
レイアは驚きの表情で男――アルバートを見る。
名乗ったのは他でもない、レイア自身だった。
すぐにレイアはアルバートとの距離を取り、構える。
いつでもアルフレッドを呼び寄せることができるように、だ。
「そんなに離れてどうしたんだい?」
「やはり、あなたは人形使いですか……」
「少し違うね。けれど、あえて言うのなら、私は《人間使い》だ」
アルバートがそう答えると、周囲に何人もの気配をレイアは感じ取る。
剣を抜いた騎士達と、レイアを囲う魔法陣がレイアを襲った。




