52.任務開始
「……来てしまった。いや、まあ分かってたことだけど」
僕は呟くようにそう言った。
丁度夕日が沈む頃、わざわざレイアの用意したパーティードレスに着替えて僕は王城の前に立つ。
見上げてようやく上が見えるほどの高い城門――こういうのはいつの時代も変わらないらしい。
レイアの用意してくれたウィッグを装着した僕が鏡の前で見て思ったことは、確かに女の子に間違われても仕方ない、ということだった。
いや、思いたくはないんだけど……。
「マスターかわいいですね、嫉妬してきました」
「なんで!?」
傍らにいるレイアがそんなことを言う。
レイアはいつと通りのメイド服だ。
「マスターが私よりかわいいのがいけないんです……! 私も別の方向に目覚めてしまいそうです!」
「別の方向?」
「マスター女の子化計画です」
「絶対やめて!?」
これ以上何をしようというのか。
これから仕事だというのに緊張感は少し薄いかもしれない。
曰く、僕とグリムロールさんは通常通りパーティーに参加する。
レイアは裏で監視任務につくとのことだが、正直レイアを一人にしておくのは少し心配だった。
これはレイアの取ってきた仕事であり、レイアの意思も尊重して受けているわけだけれど、何となくレイアが隠し事をしているとしか思えない。
レイアは普段からそういう感じなので、あくまで勘なのだけれど。
すでに着飾った人々が王城内へと足を踏み入れている。
僕も招待状があれば問題なく入れるとのことだったが、グリムロールさんがまだやってきていなかった。
「グリムロールさん、遅いね」
「ここで待ち合わせているのでそろそろかと――」
「あははっ、少し遅れたかな?」
「わっ!? び、びっくりした……」
「相変わらず忍ぶのが得意ですね」
「ま、ね。驚くかわいい子を見るのも趣味だからさ」
ほとんど気配もなく、背後から現れたのはのはグリムロールさんだった。
黒のスーツに身を包み、髪は後ろで結んでいる。
スラッとした体型から見るに中性的な男性にも見え――ん?
「グリムロールさん、それ男装?」
「ああ、そうだよ。私は君に仕える執事という設定さ。従者は一人まで連れていいとのことだからね」
「それならレイアでも良かったんじゃ……」
「もちろん、私もマスターとご一緒したかったです。ですが……」
レイアは少しだけ暗い表情を見せる。
レイアにも悩みがあるのだろうか。
「マスターの近くでマスターを見ているよりもマスターのぎこちない姿を遠くから見ている方が楽しい気がして」
「心配して損したよ!」
「え、心配してくれてたんですか?」
「ま、まあレイアのことはいつだって心配は、してるけど……」
「マスター……!」
その心配の方向についてはあえて言わないようにしておく。
「さて、そろそろ行こうか、マスター君」
「あ、うん」
「では、いってらっしゃいませ」
レイアに見送られて、僕とグリムロールさんも城内へと入場する。
城門付近の警備はなかなかに厳重で、招待状があっても荷物の確認などが行われていた。
はたしてこの状態で、レイアはどこから入るのだろう。
この感じだと、少なくともレイアはパーティの招待客として参加するわけではないようだ。
呼ばれている人間は主に貴族から《魔導協会》に関わる魔導師まで幅広い。
けれど、招待客全てに検問が行われていることに変わりはなかった。
もっとも、何も起きなければパーティに参加するだけになるのだけれど。
それはそれで悪い話ではない。
「やっぱり結構厳重なんだね」
「何が起こるか分からないからね。何せ、ここは国の中心部だ。マスター君の生きていた時代に比べてどうかな」
「うん、まあ城の豪華さはやっぱりこっちの方がすごいけど……変わらないかな。貴族の方にどうしても寄るよね」
「それはお金の話かな? マスター君は、《七星魔導》だったんだろう。お金には君も困ってなかったとは思うけれどね」
「僕は困ってなかったけど――ん? 七星魔導の話ってしたことあったっけ?」
「レイアが教えてくれたのさ。彼女とは古い付き合いだからね」
「ああ、レイアがね」
グリムロールさんの言い方から察するに、結構前から魔導要塞にいてくれたみたいだ。
こうして普通に話している限りでは、吸血鬼という雰囲気は感じさせない。
大人のお姉さんというか……今は男装しているけれど。
僕とグリムロールさんは特に問題なく検問を通過し、城内へと入る。
城内には五つの建物があり、今日パーティーが開かれるのは東側にある一室だという。
城内ともなるとより警備も厳重になるかと思いきや、その広さからか鎧を来た騎士たちの姿は疎らだ。
一ヶ所に集まる意味もないから当然と言えば当然なのだけれど。
「さて、案内に従っていこうか。エスコートするよ、マスター君」
「う、うん」
正直言って、物凄く歩きにくかった。
ドレスを着るならヒールが必要。
女装をするなら化粧が必要――と、ある意味鎧を着るよりも疲れてしまう。
その上仕草も完璧にしなければ、とレイアから即興の特訓を受けるが――
「必要なさそうですね。安心と同時に不安もあります」
レイアがそう言っていたことがすごく気になる。
グリムロールさんに連れられてついたのは、これまた着飾られた広い部屋だった。
料理は綺麗に並べられていて、すでに何人か談笑している姿が見られる。
僕としてはあまり目立ちたくはないところだけど――
「おい、こんな豪華な食事まじで食い放題かよ。すげえな、貴族って」
「ちょっと、それらしく振る舞いなさいって……」
僕の動きがピタリと止まる。
グリムロールさんが不思議そうに僕の方を見た。
「……? どうかしたかい?」
「い、いや……聞き慣れた声がして。あり得ないとは思うけど――」
僕はそちらの方を見る。
そこには見知った顔が二人。
一人は黒髪の男――身体つきは屈強で、スーツのサイズが少し小さく見える。
炭鉱で一緒に依頼にいったことのあるヘイズだった。
そしてもう一人は、フリルのついた真っ赤なドレスに身を包んだフィナの姿だった。
(ど、どどどうしてここに!?)
サッと思わず視線を逸らす。
フィナとヘイズ――二人の顔見知りがこの王都に、しかも城内にいるなんて誰が予想しただろうか。
いや、そもそもあり得ない話ではない。
このパーティーの護衛の仕事が僕だけに来るはずもない。
他に何人かの冒険者に依頼をしていてもおかしくはなかった。
ヘイズはBランクの冒険者だが、フィナはAランクの冒険者だ。
基準だけで言えばかなり強い方のはずだ。
ヘイズはともかく、フィナに依頼があっても不思議はないのだけれど――
「知り合いがいるのかな?」
「そ、そんなところだけど、とりあえず僕のことを隠してもらってもいいかな……!?」
「ああ、構わないよ。だが、隠れる必要はあるのかな。挨拶でもしてきたら――」
「い、今は仕事中だから!」
「あははっ、仕事熱心なのは良いことだと思うよ。パーティも楽しもうじゃないか」
グリムロールさんはそう言うが、とても楽しんでいる暇はない。
フィナやヘイズは普通に僕のことを男だと知っている。
そして、グリムロールさんに男という性別であることをばれてはならない。
さらに言えば、女装してここにいるという事実を知り合いに知られたくはなかった。
一番まずいのはグリムロールさんにばれること。
下手をしたらこのパーティでの警備の仕事以前に、グリムロールさんが事件の発端になりかねない。
(な、何で仕事でこんな目に……)
僕の王都での仕事は、いきなり危機を迎えてしまったのだった。




