51.パーティーの前に
僕が助けた――そう言っていいものか微妙なところだけど、一先ずグリムロールさんが姿を消して、僕とレイアと少女、リオは落ち着ける場所に移動していた。
噴水のある静かな場所で、人通りと疎らだ。
王都にもああいうチンピラはいるみたいだけど、一日目は絡まれ、二日目にも現場に遭遇するのは運が悪かったと言える。
治安のいい場所と悪い場所というのがある程度地図上でも分かった。
(少なくともこの辺りは安全……って、なんで都でこんな心配しないといけないんだ)
ちらりと僕は後ろを見る。
バイオリンケースを肩にかけて、リオは後ろから付いてきていた。
少し長めの黒髪に、周囲をうかがうような表情は小動物的な感じがする。
「どうしました、マスター」
「……いや、何でもないよ」
ごく自然に話しかけてきたレイアだが、僕からしてもその表情は不自然だった。
笑顔が張り付いている――いや、張り付けていると言ってもいい。
ピタリと身体を寄せてくるあたりに、先ほどまでとはまるで違う。
――後でお話しがありますから。
そう言っていたレイアが少なくともプラス面で良い話があるとも思えない。
「レイア、怒ってる?」
「ふふっ、私が何に怒るというのですか?」
「そ、そういう感じがするというか……」
「マスターは女心がよく分かりますからね」
「僕にレイアの心は分からな――あっ、待って。折れるかも」
ギュウウウ、と組んだ腕が締め付けられる。
今日、腕が折れるのは絡んできた男達だけにしてほしい。
「レ、レイア、気持ちは分かるけど、一先ず後で話は聞くから」
「もちろん、後でお話しはしましょう? 今だって、これからだって。何か間違いがありますか?」
「圧が、威圧感がすごいから!」
「……ふぅ。分かりました、マスター。私もギスギスした空気は嫌いなので、ここは一度リセットさせていただこうかと思います」
「うん」
ギスギスしていたのは主にレイア一人だけど――そう突っ込むほど僕も馬鹿ではない。
レイアは僕の腕を放すと、少しだけ距離を置いた。
ようやく、リオと話ができそうだ。
「えっと、リオはこの近くに住んでるの?」
「あ、いえ……昨日ここに来たばかりで。フェンさんは?」
「僕も丁度昨日来たばかりだよ。パーティーに参加しないといけないから」
「パーティー……? あ、それなら《国立記念パーティー》ですか?」
「うん、それだ」
リオの言葉に、僕は頷く。
年に一度――都を上げての正式な催事としても存在するとのことだが、貴族や関連する者達を呼んでのパーティーが開かれる。
バルトメアさんからもらった紙にはパーティーに関する招待状と共にそういういった内容が書いてあった。
「今日そのパーティーに音楽団の一人としてですけど、参加する予定なんです!」
「昨日も泊まった近くでバイオリンの音がしてたから、持ってる人がいたらそうなのかなって。音楽団の一員なんてすごいね」
「い、一応末端ですけど、今日初めて私もこういう舞台に参加させてもらうことになって……小さい頃からの夢で」
小さい頃からの夢――彼女はとても嬉しそうに話す。
それは少し、羨ましいものでもあった。
「それなら楽しみにしてるよ」
「ありがとうございますっ! でも、フェンさんも参加されるなんて……はっ、もしかして貴族の方ですか……?」
「いや、僕は――」
「カルネア地方領主、ガーデン家の一人ご息女です」
「!?」
僕とリオの会話に入ってきたのはレイアだった。
先ほどとは違い、至って真面目な表情で言った。
僕の招待状には確かに偽名で使ったガーデンという姓が刻まれていた。
ただ――
(いや、ご息女って……)
確かに女装して入るからにはその設定は必要かもしれないけれど、これならむしろ護衛がグリムロールさんじゃない方が良かったんじゃないかと思ってしまう。
リオは驚いた表情で、
「す、すみません! 領主様の娘とは知らずに馴れ馴れしく……!」
「いや、別に大丈夫だよ。僕はそういうの気にしないから」
「で、でも……」
「それよりも君の音楽の方、楽しみにしてるから。楽団の人達は、みんなリオが知ってる人なだよね?」
「は、はい! 私はもう三年くらい所属してますけど、今日来る方々はみんな私の先輩です!」
「そっか。ありがと、あ……そろそろ練習時間とか大丈夫?」
「あ、そうでした! 最後にみんなで合わせての練習があるので……それではフェンさん! 本当にありがとうございました! また夜に!」
「うん、頑張ってね」
ひらひらと手を振って、リオと別れる。
残されたのは僕とレイア。
レイアの表情は至って真面目なままだ。
「頑張って、ですか」
「うん、それくらいは言うよ」
「マスターがお仕事熱心で助かります。音楽団にも怪しい人間がいないか、それを確認したんですね?」
「まあ、成り行きではあるけどね。警備するならこれくらいはしないと」
「さすがマスターです。ところで、マスター私にも『頑張ってね』って言ってもらえますか?」
「話の流れをものすごく変えてきた!? しかも、今頑張る必要あるかな……」
「私が頑張らなくて誰が頑張るというんです?」
「い、いや、レイアがこれから何を頑張るかによって変わってくるかなーって」
僕に怒っていて、それを頑張られても困ってしまう。
レイアは表情を崩すと、
「それはもちろん、これからのお仕事についてです」
「なんだ、そっちか」
「他に何が?」
「い、いや、レイアにはもちろん頑張ってもらうけど」
「そうではなくて、『頑張ってね』って言ってほしいんですが」
「その違いに意味があるの!?」
「あります」
即答だった。
レイアの考えはよく分からないけど、言い方次第でレイアの機嫌がよくなるならとりあえず言っておこう。
「レイアも、頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
これも即答だった。
普段通りの笑顔に戻ったレイアだったが、
「あ、後でお話しがあるのは変わらないので」
「そこだけトーン低くするのやめて!?」
ただの言い損のようになってしまう。
僕はその後レイアと共に王都を回る。
なんだかんだ僕も楽しんだけれど、レイアの方が一層はしゃいでいるように見えた。
これなら王都で暮らしてみるのも悪くない――そう一瞬思ったけれど、魔導要塞の面々がすぐさま思い浮かんでその考えは吹き飛んだ。
***
一人の男が王城の近辺を歩いていた。
男にしては長めの黒髪に、黒渕の眼鏡をかけている。
白衣に身を包んだ姿は行き交う人々からも注目されていた。
夜、ここではパーティーが開かれる――男の目的はそこにある。
「準備は順調……とも言いがたいところ、か。すでに邪魔が入りつつあるねぇ」
空を見上げ男はぼーっと空を見上げる。
チカチカと、光るものが城壁の上から見えた。
「な、に、し、て、る……か。それはもちろん暇をしているのだがねぇ。そこから見て分からないかぁ」
男の声が届いているわけではない。
だが、さらに光はチカチカと男に対して訴えかけるように放たれる。
「は、た、ら、け……だと。まったく、上司は私の方だというのに、困ったもんだ。もう少し威厳のある男になりたかった。ああ、ブレイン君だったらきっと私を慰めてくれたかもしれないというのに、惜しい人材を失ってしまったなぁ」
男はその場で落ち込み膝をつく。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
そのとき、近場を通りがかった少女に声をかけられた。
男はそちらの方を向く。
少女は男のことを心配そうに見ているが、
「ああ、大丈夫よ。だから私のことは放っておいてくれないかい?」
「……」
少女はそれ以上何も言わなかった。
男な態度が嫌だったというわけでもない。
ただ、少女は意思のない人形のように動かなくなった。
「さて、こんな小さな子にも心配されるようじゃまた馬鹿にされちゃうかな。そろそろ――気合いを入れていくとしようか!」
バサリと、男が着ていた白衣を裏返す。
そこに刻まれているのは黒竜のエンブレム。
多くの人が見ている目の前でも、男はそれを気にすることなく見せつける。
男の名はアルバート・クレインズ――《黒印魔導会》の幹部の一人だった。




