5.分かってきた事
(ど、どういう事なんだ……!?)
僕の魔法を見て驚くフィナに対し、僕の方が大きく動揺してしまう。
フィナ曰く、僕の使う魔法は《失われし大魔法》――つまり、今の時代では使えるものはいないのだという。
そんな事言われても、詠唱と魔方陣さえ知っていれば、後は魔力の使い方くらいのはず。
さすがに使えない人間がいないとは思えなかった。
――けれど、使えないのはおかしいなんて言えばどう思われるか分からない。
僕が思いついた苦肉の策は、
「ぼ、僕は――古い魔法の研究をしていて、ね。ある程度のものなら使えるんだ」
そんなものだった。
フィナはいぶかしむ表情で僕を見るが、やがて納得したように頷いてくれた。
「……そうなのね。あなた、それだけの魔法が使えるのなら、冒険者としてはSランク?」
「いや、冒険者ではないんだけど……」
「ええっ? あなたほどの魔導師なら絶対有名だと思うんだけれど……」
それはそうだ――レイア曰く、今の僕は《魔導王》と呼ばれている魔導師なのだから。
実際には五百年の間、自分を封印していただけなのだけれど。
フィナは僕と話をしているうちに、だんだんと暗い表情になっていった。
「私も、まだまだね……Aランクの冒険者になって浮かれていたわ」
「え、フィナはAランクなの?」
「そうは見えない――わよね」
「い、いや! そういう意味じゃないんだけど……」
(か、駆け出し冒険者だと思っていたとは言えない……)
《灰狼》――あれもこの大陸では有名な魔物だったらしい。
木々をなぎ倒し、あらゆる魔法に耐性を持つという伝説の魔獣――そんな相手を、僕は魔法でねじ伏せてしまったのだから、驚かれても仕方がない事だ。
(レイアにしっかり聞いておけばよかった……っ!)
改めてそう思う。
この世界についてはやはりレイアの方が詳しい。
下手に外に出て何かするより、まずはレイアから情報を得るべきだった。
後悔してももうフィナに僕の実力というものが知られてしまっている。
……正直、さっきまでも手加減していたんだけど。
「灰狼の素材を出せば、たぶんSランクまで一気に認めてもらえるけれど……あの魔法は取り込んだものを取り出せるの?」
「……いや、無理だよ。取り出せるレベルなら向こうも脱出してくるし」
「そう……残念ね」
《地の海》と《亡者の誘い》は即死の組み合わせ――一応毛皮くらいは残っているだろうけれど、僕としてはわざわざ取り出したいとも思わない。
別にSランクの冒険者になりたいわけじゃないのだから。
僕の目的は一つ――平穏な日々を過ごす事だ。
その結果、五百年後の世界に来てしまって、僕は《魔導王》なんて呼ばれてしまっているけれど、やはり確かな事がある。
僕の顔は知られていない。
これだけの時間が経てば知らない者の方が多くて当然だろうけれど。
僕は問題なく町に出る事ができるわけだ。
彼女――フィナ一人くらいになら、僕の実力が知られても問題はないだろう。
「でも、あなたならすぐにSランクの冒険者になれると思うわ」
「え、いや……僕は冒険者になるつもりはないよ」
「それだけの力をもって!? 絶対なった方がいいわ!」
喰い気味に言ってくるフィナに、思わずたじろいでしまう。
スッとフィナが僕の手を握りしめる。
その手は少しだけひんやりとしていて、近すぎる距離に心臓の鼓動が高鳴る。
「同じ女性として、私はあなたに冒険者になってほしいのっ!」
「……えっ? 僕は男――だけど?」
「……ええ!?」
フィナが驚いた表情で僕を見る。
確かに……昔から女と見間違えられる事はよくあったけれど。
フィナは恥ずかしそうにパッと握った手を放す。
「ご、ごめんなさい。私、勘違いしていたわ」
「いや、慣れてるからいいけど……」
「と、とにかくっ! あなたは冒険者になるべきよ」
「……それは、一応考えておくよ」
そう、曖昧な返事をする事しかできなかった。
五百年経過したというのは、ようやく実感できたところはある。
どういう事か分からないけれど、僕の使う魔法はすでに古いものだという事は分かった。
そして、伝説の魔獣と呼ばれているものですら、あの程度の強さしかないと。
それくらいのレベルが最高なら、むしろ平穏に暮らせるのではないかと思ってしまう。
そんな僕に向かって、フィナは最後の一押しとして言い放った。
「あなたなら、《魔導要塞アステーナ》も攻略できると思うわ」
「っ!? は、はは……ど、どうかな」
(いやそれ僕の家!)
「私も、いつかはあそこの最深部に辿り着いてみたいと思っているの」
「……そ、そうなんだ」
(そこは僕の自室だよ……!)
忘れかけていた事実――僕の家は超高難易度ダンジョンとして知られているという事。
そう考えると、今の時代における最強クラスだという《灰狼》や、フィナがAランクの冒険者というのも納得できた。
ここは、世界的にもレベルの高い場所なのだという事実に気付かされたのだった。