49.バッドタイミング
「マスター見てください! 卑猥な銅像がありますよ!」
「いや、都のシンボルとかじゃないのかな……。分からないけど」
レイアが銅像を指差す。
どこをもって卑猥と言っているのか分からないが、剣を構えた男の銅像があった。
「あの剣の柄とかかなり危険ですよね」
「そこ!? 別に卑猥なんかじゃないよ!」
「いえ、あの形は間違いなくあれです」
「あれ……?」
「ほら、よく見てください。あれに見えませんか?」
レイアが『あれ』と言いながら、銅像の剣の柄をまた指差す。
僕は慌ててレイアの手を下ろすように促す。
「いや、そもそも恥ずかしいから……」
「恥ずかしがるマスターが見たくてやっているのですが?」
「まさかの確信犯!? 王都でお土産を買うついでの観光だよね?」
「そうですね。マスターは王都の観光を是非楽しんでください。私は王都で焦ったマスターを観光しようかと思っていました」
「そっちも確信犯なの!? 真っ当に楽しもうよ」
お土産がほしいと言うのでやってきたというのに、いつもと変わらない様子で僕にちょっかいを出してくるレイア。
それよりもほしいものがあれば見つけてほしい。
「ふふっ、言われなくても楽しんでいますよ。私は真っ当に」
「レイアの真っ当は真っ当から程遠いよ」
「それでは私が普通ではないみたいな言い方ですね。マスター、私ほどマスターに尽くしている者は他にはいませんよ?」
「うん――うん? 普通かどうかとは関係ないね!?」
「さすがマスター、勢いには流されませんか……」
何を確かめたかったのか、レイアはそんなことを言う。
僕とレイアはそんな風に話しながら王都の中を歩く。
人通りの多い場所ともなれば、歩くのも困難なところもあった。
ここではメイド服というのはあまり目立たないのか、レイアに視線が向く機会は多くはない。
けれど、彼女の言動そのものが目立っていた。
(町の方では結構普通なのに、何だか今日はテンションが高いね……)
レイアは普段から流暢に話す。
もっとも、それは僕が目覚めてからの話であり、話すようになっていたというのが正しい。
人間に近しい感情まで持って――今もレイアは言動を除けば普通の女の子のようだった。
「どうかしましたか?」
「ん、いや……レイア、今日はやけに元気だなって思ってね」
「っ! そ、そうですか?」
僕がそう言うと、レイアは少し驚いたような表情をする。
受け答えもどこか詰まっているようになっていて、違和感があった。
僕は首をかしげて、今度はレイアに問い返す。
「どうかしたの?」
「いえ……私としたことが。マスターにそのように思わせてしまっていたとは。普段通りにしているつもりだったのに」
どうやらレイア自身も感じていたらしい。
――レイアのテンションは普段よりも高いようだった。
理由は分からないが、この王都で上がる理由があるのだろう。
「まあ、元気な分にはいいけどね」
「さすがマスター、寛大なお心です」
「いや普通だよ。でも、レイアの方は何かあったの?」
「何もなかったと言えば嘘になりますが……私は今こうしていることが幸せですよ」
「! 王都で一緒に歩くことが?」
「ふふっ、どうでしょうか。乙女心というのがマスターには分かるかどうか……」
思わせぶりに言うレイア。
確かに僕はそういったことについては疎い――
「ハッ、意外と分かりそうですね……」
「分からないよ!?」
どう見ても容姿でしか判断していない言葉に、僕は突っ込みを入れる。
やはり、レイアはいつも通りレイアなのだろう。
今の僕にとっては、このレイアこそ普段通りだとも言える。
「さて、私のお土産の話ですが……」
レイアはピタリと足を止めて周囲を確認する。
何を買うかはやはり決めていなかったのだろう。
ちらちらと色々な物に視線を送るが、
「意外と難しいものですね……」
レイアは決められない様子だった。
僕としては何でもいいのだけれど、それを言ってしまうと余計に決められないだろう。
「レイアの好きな物とかって何かないの?」
「マスターです」
「……うん、そういうの以外で」
「私の渾身の告白をスルー!?」
「今のは渾身の告白ではないね!? それよりもレイアのほしい物だよ!」
「……そうですね。でも正直なところ、私が望むものからこれから手に入る予定ですので」
「……? それってどういう――」
「は、放してっ!」
僕の言葉は、すぐ近くから聞こえたそんな声でかき消された。
聞こえたのは少女の声で、ちらりとそちらを見ると、一人の少女が数人の男達に絡まれていた。
しかもよく見れば、昨日僕とグリムロールさんに絡んできた男の取り巻きだった。
「いいじゃねえか。ちょっとくらいよ」
「だ、だめです。夜のために最後の練習があるんですからっ」
「その練習にオレらが付き合ってやるって言ってんのよ」
(……練習?)
少女の方を見ると、黒く大きなケースは特殊な形をしていた。
それは楽器――バイオリンのものだった。
昨日も、宿に向かう途中にグリムロールさんがバイオリンの音が聞こえると言っていた。
(夜のためっていうことは、もしかすると……)
「マスター、関わらない方が良いかと――って、マスター!?」
レイアが引き止める前に、僕が先に動く。
少女と男達の方まで歩いていくと、
「ちょっといいかな?」
「ああ、何だ――って、てめえは昨日の……」
「昨日は昨日で僕達に絡んできて、今日は別の女の子に絡むなんて、見過ごせるものじゃないな」
「てめえには関係ねえ……と言いたいところだが、せっかくこうしてまた会えたんだ。お前も楽しんでおくか?」
「……生憎と、昨日は言えなかったけれど――」
「やあやあ、マスター君。こんなところで何をしているんだい?」
(……!? グ、グリムロールさん!?)
僕は男だ――そう宣言するつもりだったのに、とんでもないタイミングでグリムロールさんが現れたのだった。




