48.お土産
「おはようございます、マスター」
「……うん、おはよう」
あまり寝た気はしないけれど、僕はレイアの言葉を受けて身体を起こした。
若干の疲労感を仕事前に感じてしまっている。
「あれ、グリムロールさんは?」
「今朝方早くから出掛けられました。夜の仕事の頃までには戻られると」
「……一応聞くけど、グリムロールさんは放っておいても大丈夫、なんだよね?」
「それは誰かを襲うことを心配されていると?」
「……うん、まあそうだね。昨日も可愛い子がどうとか言ってたし」
「マスターはお優しいのですね。ですがご安心を。グリムロールさんはマスターに敵対する者のみ始末します」
レイアはそう言うが、グリムロールさんとはまだほんの少し前に紹介を受けて会ったばかりだ。
ヤーサンやポチのような魔物とは違い、人と同等の思考をする。
吸血鬼の生きる年月を考えれば、人間に付き従うという選択をするのだろうか。
僕の血が美味しいとのことだが、それだけでグリムロールさんが管理者として《魔導要塞アステーナ》にいてくれるというのも少し疑問だった。
レイアはそんな僕の様子を見てか、さらに言葉を続ける。
「吸血鬼は長い年月を生きる者ではありますが、同時にそれだけ長い年月を生きなければならない者なんです」
「うん、それは分かるよ」
「グリムロールさんも以前は吸血鬼らしく行動されていたそうですが、最初お会いしたときは『もう疲れた』って言っていたんですよ?」
「! そうなんだ……」
それは、グリムロールさんの過去にも何かあったと彷彿させる話だった。
実際、何があったのか話を聞いたことはないらしいけれど、少なくともグリムロールさんが下手な行動を起こしたことはないという。
レイアとしては、管理者の中でも信頼できる人物とのことだった。
「ただし、マスターに何度も迫る姿勢は許されませんが」
「……それはレイアも同じじゃない?」
「私がマスターに迫ることに何の問題が?」
「……ないです」
僕はレイアの視線を受けて肯定する。
ここで逆らっても結局怖い思いをするだけだ。
ただ、レイアが言うのならグリムロールさんは信頼できる人物なのだろう。
僕が昨日見た限りではそう思えなかった――そんな風に言うのは、きっと間違っていることなのだと思う。
「マスターは心配性ですね」
「まあ、そうだね。僕自身もそう思う」
「けれど、マスターはそれでいいと思います。マスターが心配をするのは、見知らぬ誰かに危険が及ばないかを危惧していらっしゃるんですよね? それは、とても素晴らしいことだと思います」
「……そこまでは、考えてないよ。ただ、グリムロールさんが管理者である以上、少なくともその管理責任は僕にあるわけで」
「っ! 管理責任、ですか?」
レイアは少し驚いたような表情で僕を見る。
「そうだけど……何か変だった?」
「いえ、そのようなことはありません」
別に驚くようなことを言ったつもりはないけれど、その後のレイアの表情は少し嬉しそうだった。
「マスターは《魔導要塞アステーナ》の管理者達の主なのですから! マスターは管理者については何も心配することはありませんよ」
「そうだといいんだけどね」
ただ、管理者の面子を考えれば、心配するなというのはやはり無理な話だった。
それでも今は、ここにいるレイアを信じて、グリムロールさんのことも信じることにする。
「それで、マスター。夜まで時間はありますが、どうされますか?」
「ああ、そうだね……仕事の準備をするでもいいし」
「そ、それはつまり、お化粧をするということですね?」
「え、化粧?」
「マスターは本日女装をして会場入りするわけなのですが」
「あっ」
「……まさか忘れていたと?」
パーティー会場での護衛任務――それは僕が何故か女装をして行うことになっていた。
ただ、ここで新しい疑問が生じる。
「うん……? 何で僕が女装する必要があるのかな? そもそも、パーティーなら別に、僕は男として参加すればいいんじゃ……」
「何を言っているんですか。グリムロールさんに女性だと思われないといけないんですよ」
「ああ、そっか――って、それも含めて最初から僕を男だって言ってくれればよかったのに」
「男だと言うと管理者になってくれなさそうな雰囲気だったので……」
「まあ、女の子があれだけ好きって公言してるわけだしね……」
「ちなみにマスターの好きな私はどんな私ですか?」
「まさかのレイア単体!?」
「マスターは私以外の子で好きな子がいるんですか?」
「いや、いないけど……」
「……」
「無言はやめて! 五百年も経ってるんだからいないって!」
レイアの視線が微妙に怖かった。
レイアはこほんと咳払いをすると、改めて問いかけてくる。
「それでは、今日はどうされますか?」
「あ、ああ。それなら、フィナ達にお土産でも買っていこうかな」
「! マスター……やはりあの女のことが……」
「え、いやお土産の話だから!」
「いつの間にお土産を買う仲になったのですか!?」
「社交辞令を言う仲でも買うよ!?」
「私は買ってもらったことありません……! マスターを五百年間守り続けてきたこの私ですら!」
レイアの言い分は時折――というか、かなりの確率で常軌を逸脱することがある。
知り合いにお土産を買うくらいは当たり前のことだと思うけれど、レイアはそんなところでも敏感に反応してくることがあった。
「わ、分かったから。それじゃあ、レイアのお土産も買っていこう」
「! よ、よろしいのですか?」
「どちらにせよ夜までは暇だからね」
「……ありがとうございますっ、マスター」
レイアは笑顔でそう答えた。
やはり、普通にしているととても可愛らしい女の子のようだ。
嫉妬と言っていいのかも分からない感情が強すぎるけれど。
何故かここにいるレイアのお土産を買うことになったのだった。
「あ、それとポチとヤーサンのための魔物肉もゲットしましょう。アルフレッドさんはお花でしょうか」
「え、結構買う物あるね……? 僕そんなにお金ないけど」
「その点についてはご心配なく。現地調達しますので」
「現地調達……?」
「大体森に行けば全て手に入るではないですか」
「狩りに行くの!?」
確かにコストパフォーマンスはいいのかもしれないが、果たしてそれはお土産と言っていいものだろうか。
そんな疑問を感じながらも、僕とレイアは二人――買い物へと繰り出すのだった。
TSの新作始めましたので、ご興味のある方はお暇なときにそちらも見ていただければと思います。




