47.結局のところ
「さ、ベッドに横になろうか」
「いや、あの……グリムロールさん?」
「大丈夫、私に任せてくれ」
全体的にピンクな部屋に連れられて、僕はグリムロールさんと向き合う形になる。
グリムロールさんの表情は優しいけれど、どことなく威圧感がある――吸血鬼特有のものだろうか。
はっきり言って、追い詰められてしまっていた。
レイアが用意していたという宿――《ラブラブワンナイト》というホテルは確かに存在していた。
しかもレイアの名前でしっかり予約までされていた。
問題なのは、この付近に来たときからずっと思っていたことだが――いかがわしい雰囲気の店しかないということ。
宿も全体的にそういう目的のものが集まっている。
つまり、王都においてそういう目的のある者達が集まる場所なのだ。
(レ、レイアは悪ふざけで予約したのかもしれないけれど……これはかなりやばい状態なんじゃ……!?)
グリムロールさんの瞳が赤く光る。
正直何をされてもおかしくない状態だった。
吸血鬼と二人きり――グリムロールさんは僕の血が好き。
その上、女の子だと思っている。
仮に僕が男であることがばれたら、どうなるか分からない。
「グ、グリムロールさん! 今日はもう疲れましたし、や、休みましょうか」
「うん? だから横になろうと言っているじゃないか」
グリムロールさんが迫ってくる。
僕はそのままベッドに腰かける形になると、グリムロールさんは隣に座ってきた。
ある意味、目覚めてから最大のピンチを迎えているのかもしれない。
もしこのままの流れでグリムロールさんが襲ってくるようなことがあれば――いきなり吸血鬼と戦闘しなければならないことになるかもしれない。
僕自身、吸血鬼と戦ったことはない。
もちろん、戦わないことに越したことはないのだけれど――どうすればいいのか分からなかった。
「そ、それは……どっちの意味で……?」
「ん、どっちとは――」
グリムロールさんの言葉を遮ったのは、パリンッというガラスの割れる音だった。
そのまま、割れたガラスの隙間から、さらに一本のナイフが飛んでくる。
グリムロールさんは、それを指二本で受け止めた。
特に慌てる様子のないグリムロールさんだったけれど、明らかに異常だった。
「なっ、攻撃……!?」
「――かと思ったが、はははっ、彼女らしい挨拶だね」
彼女らしい――その言葉を聞いて、僕は誰がやってきたのか確信する。
ガラッという音を立てて、レイアが窓から入ってくる。
「レイ――」
「グリムロールさん、二度目ですよ?」
僕は思わず黙ってしまう。
レイアが向けているのは明らかな殺意。
ナイフを飛ばした時点で分かっていたことでもあるが、レイアは完全に怒っていた。
それこそ、僕が今まで見た中で一番と言ってもいい。
「一度目は最初に会った時、ということかな?」
「その通りです。おふざけが過ぎるのでは?」
「はははっ、君に言われたくはないな。この部屋だって君がとったんだろう?」
確かにグリムロールさんの言う通りだった。
レイアは少しの間黙っていたが、一度目を瞑ると、いつも通りのレイアに戻る。
「マスターと一緒に寝るのなら、こういう場所の方が良いかと思いまして」
「それ理由になる!?」
「私にとってはそれだけで理由になります」
「はははっ、レイアの愛は本物だね」
「その通りです。ただ女の子と寝たいだけのあなたと一緒にしないでください」
レイアはそうはっきりと宣言する。
さすがにそこまで言ってしまうとグリムロールさんも怒るのではないか、と思ったけれど、グリムロールさんは笑顔のままだった。
けれど、少し困ったような仕草を見せる。
「ふむ、何か勘違いされているようだね、二人とも」
「勘違い?」
「え、僕も?」
「その通り。私は確かに女の子も好きだし、血を啜るのも好きだ。けれどね、女の子と寝るっていうのはそのままの意味だよ?」
「そのままの意味、というと?」
「ただ添い寝するだけ」
「……っ!?」
「そ、そういうことでした、か……?」
僕は驚きのあまり言葉が出ない。
レイアはかろうじて答えるが、動揺は隠せていなかった。
グリムロールさんの「寝る」というのはそのままの意味――すなわち、いかがわしい要素など一切ないということだった。
逆に、そういうことになるのではないか、と思っていたのは二人。
(な、なんかすごく恥ずかしい……っ)
明らかにそういう感じだったから、僕も勘違いしてしまっていた。
レイアは動揺が強すぎるのか、こほんと軽く咳払いしたかと思えば、椅子に座ると両手で顔を隠す。
「も、もちろんそうだと思っていましたが」
完全に照れ隠しをしていた。
場所が場所だけに、勘違いしてしまっても仕方ないとは思う。
グリムロールさんの言い方もそう匂わせる話し方ばかりだった。
「いやぁ、すまないね。私はよく勘違いさせてしまうらしい。マスター君がそうそうに宿に行くというから、もう休む気満々なのかと……」
そう話すグリムロールさんに、僕とレイアは俯き加減で頷く。
およそ勘違いして暴走しかけていたレイアと、吸血鬼と戦うかもしれないとまで考えていた僕――始めから何も起こることもなかったのだ。
「え、えっと……とりあえず、休もうかな」
「そ、そうですね。マスター、一緒に寝ましょうか」
「う、うん。今日はそれでいいと思うよ」
「! それはまた素晴らしい提案だね」
ぎこちなく話す僕とレイアに対し、グリムロールさんが目を輝かせる。
どこに喜ぶ要素があったのだろうか。
「マスター君とレイア――二人がイチャイチャしているところを見ながら飲む血は最高だろうね! さ、早くイチャイチャしてくれ!」
「何その振り!? さっきはそういう方向の話じゃないって言ってたじゃないか!」
「それはそれ、これはこれ。私にはそのつもりはないが、美少女同士がいちゃつくと聞いたら観賞したい――当然のことだろう?」
まったくもって当然とは言い難い話だった。
けれど、グリムロールさんにとってはそれが楽しいことなのだろう。
「グリムロールさん……ありがとうございます」
「え、レイア? 何でお礼を言うの?」
「ふふっ、勘違いした私にこの場を譲っていただけるなんて、感謝の言葉以外ないと思いますが?」
「レ、レイア? 一緒に寝るだけだよね!?」
「そうですね、マスター。一緒に『寝ましょう』か」
「何でそこを強調したの!?」
「いいよ、二人とも! そのまま絡みあって!」
「その盛り上げ方は絶対おかしいよ!?」
結局――この場にまともな考えを持っている者はいなかった。
グリムロールさんの煽りを受けてすっかり乗り気になったレイアに対して、僕が必死に抵抗する。
そんないつもの流れを迎えることになってしまったのだった。




