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46.危機迫る

 僕は一人、王都の中を歩く。

 レイアの指し示した方角に宿があるらしいけれど、やはり普通な感じはしない。

 すれ違う人々が時折、こちらを見てくることがある。


(目立つような格好はしてないと思うんだけど……)


 極力目立たないようにもしているつもりだったけれど、何か他の人と違うところがあるのだろうか。


「それはたぶん、マスター君が不安そうな表情で周りを見ているから心配しているのさ」

「ああ、そういう――!?」


 不意に背後から声をかけられて振り返

 そこにいたのはグリムロールさんだった。

 初めて会ったときもそうだけれど、グリムロールさんはまるで気配を感じさせない。

 話しかけられなければ気付かないほどだった。


「あはは、驚く姿もかわいいね」

「……急に後ろから来るのはやめてもらっても?」

「いやぁ、すまない。癖のようなものでね。女の子の色々な仕草が見ていたくて会得した技術なのだけれどね」


 動機がものすごく不純だけれど、グリムロールさんの隠密能力は目を見張るものがある。

 他の管理者達とは違ったベクトルでの強さを感じさせた。

 それに、唯一まともに会話ができる相手でもある。


「それにしても、ここはかわいい子が多いね、素晴らしいよ。あの子の血とか少しくらい飲んでみたいけれど、あ、もちろん君の血が一番好きだよ?」

「……うん」


 全然普通じゃなかった。

 思わず頷いてしまったけれど、レイアを抜いて二人っきりで話すのは初めてかもしれない。

 ――というか、君の血が一番好きと言われても反応に困るんだけど。


「レ、レイアがグリムロールさんのこと探しにいったけれど……」

「私が少し観光をしてくると言ったからね」

「観光……?」

「もちろん、かわいい女の子がいないか探しに」


 何をもって「もちろん」とするかともかくとして、グリムロールさんの言いたいことが分かるようになってきてしまったのが少し嫌だった。


「ところで、マスター君は向こうに用があるのかな?」

「ああ、うん。向こうに宿が取ってあるんだけど……」

「向こうに? あはは、なるほど。それは随分と積極的な話じゃないか」

「え、積極的?」

「うんうん、それなら早速行こうじゃないか」


 グリムロールさんが僕の肩に手を置くと、そのままエスコートでもするかのように連れていかれる。

 エスコートというと聞こえはいいかもしれないが、グリムロールさんの力はレイアと張り合うくらいに強い。

 振り返ったりできないくらいには固定されていた。


「えっと、宿に向かうんだよね?」

「もちろんそのつもりだとも。何か気になるところが?」

「いや、やけに乗り気だなぁと思って」

「あはは、心配する必要はないよ。私に任せてくれ」


 グリムロールさんは笑顔で答えるが、何故か嫌な予感しかしない。

 だんだんとカラフルな町並みの場所へと近づいていく。

 そのとき――


「ん、これは……」

「どうかした?」

「いや、バイオリンの音かな、これは」

「バイオリン……?」


 僕には聞き取れないけれど、グリムロールさんには聞き取れるらしい。


「そう言えば、明日のパーティーには音楽団も来るとか言ってたな……」

「音楽団か。それはまた興味深いね」

「グリムロールさんはそういうの好きなんだ」

「ああ、趣味というレベルではあるけれどね。弾くのも嫌いではないよ。明日が楽しみだね」

(普通の趣味もあるんだ……)

「かわいい子が奏でる音楽を聞きながら血を啜りたいものだよ」

(全然普通じゃなかった……!)


 やはり吸血鬼は吸血鬼――話ができるとはいえ普通の人間ではない。

 この近距離で吸血鬼と一緒にいて、その上僕の血が好きとまで宣言されている。

 この上なく危険な状況ではないだろうか。


「あ、あの――」

「よう、姉ちゃん達。二人でこんなところまでどうしたんだい?」


 僕がグリムロールさんに話しかけようとしたとき、僕の声を遮ったのは若い男の声だった。

 男の集団は服装も派手で、体格のいいものから小柄なものまで色々だった。

 一目見て分かる――いわゆるチンピラというやつだと。


(何年経ってもこういう人はいるんだな……)


 もはや歴史すら感じさせる、と思いつつ僕は少し感動した。

 五百年経ってもチンピラみたいなのはいるんだ、と。


「――って姉ちゃん達って……。僕は――」

(あ……)


 すぐ隣に、僕を女の子だと思っている人がいる。


(ま、まさか否定できないなんて……!)


 いつもなら、間違えられても否定するところだが、今はできなかった。

 グリムロールさんは澄ました顔で男達を見ている。

 特に気にした様子はなさそうだ。


「僕たちに、何か用が?」

「男が女に話しかけたらよぉ、分かるだろ?」

「いや、分からないけれど……。僕もここに来たばかりだから道は詳しくないし」

「俺らはここの生まれでここ育ちなわけ。道が聞きたくて話しかけたわけじゃないのよ。一緒に遊ぼうぜってことさ!」


 チンピラの言いたいことは分かっていたけれど、分からない振りをしていたかった。

 女の子に間違えられた状態のまま、しかもそれを否定できずに話が進むのは面倒だった。

 いつもなら、否定してさっさと終わる話だというのに。

 そんな僕のかわりに話を始めたのは、グリムロールさんだった。


「君たちがかわいい女の子だったらその誘いを受けるのもやぶさかではないが、残念。私はこれからこの子と一緒に寝る予定でね」

「うん――うん?」

(そんな予定あったっけ!?)


 驚いた表情でグリムロールさんを見るが、口元の動きが「任せてくれ」と言っている。

 どうやらここを切り抜けるための嘘のようだ。


「なにぃ、お前ら女同士で寝ようって言うのか?」

「何か問題があるかな?」

(女じゃないんだけど……)


 この場限りとはいえ、僕は女同士でこれから如何わしいことをする予定を組まれていることになっている。

 少し――というかかなり恥ずかしかった。


「女同士……」

「女同士だと……」


 ざわ、ざわとチンピラ達が何故かざわつく。

 先頭に立つチンピラがフッと小さく笑った。


「悪いな、引き止めちまって。俺はそういうのに理解があるからよ……」

(あれ、いい人――じゃないけど。理解があるってどういうこと……?)

「ああ、助かるよ」

「へへっ、いいってことよ。今度会ったら感想聞かせてくれ。お前ら、行くぞ!」


 何がなんだか分からないけれど、チンピラ達は僕たちの前から姿を消した。

 何人かは納得していないような表情を浮かべていたけれど、一先ずは大事にならずに済んだ。


「いやぁ、リーダー格の男が話の分かる男で良かった。もしごねるようなら全員殺してたよ」

「……! そ、それはやりすぎかな……」

「そうかな。まあ、マスター君が嫌だと言うならやらないけれど。私もあんなチンピラの血が吸いたいわけではないからね」


 やはり、グリムロールさんの考えは少し――というか、かなり逸脱している。

 どちらかと言えば、レイアに近い思考かもしれない。


「さて、邪魔者もいなくなったことだし……行こうか」

「宿の方、だよね?」

「もちろん、一緒に寝ようか」

「うん――うん? さっきのは嘘だったんだよね?」

「何が?」

「え、一緒に寝るっていう話……」

「あはは、何を言い出すかと思えば……マスター君から誘ってきたんだろう」

「え、ええええ!?」

(そんな記憶一切ないんだけど!)


 僕の知らないところで、グリムロールさんと一緒に寝ることになっていた。

 もちろん、それがただ一緒に寝るわけではないことは、グリムロールさんの話し方からも分かる。


「心配ないさ、私は女の子には優しいからね……」

「いや、その……違うんだって」

「あはは、恥ずかしがり屋だなぁ」


 がっちり逃げられないようにした状態で、そんな風に言うグリムロールさん。

 僕の貞操というより――いきなり男とばれるという、命の危機が迫っているのだった。

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