43.仕事を持って
「さて、それでは本題に移りましょうか」
「本題って――いたっ」
「あ、大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫だから、もう少し優しくして……」
「そういう言葉は普通は私が言う側では?」
「今はそういう状況じゃないね!?」
心配そうにこちらに話しかけるレイアだったが、結局いつも通りだった。
並みの力を超えた魔導人形と、種族として最強クラスの吸血鬼。
僕の肩は無事、二人に引っ張られて外れた――レイア側の方が。
外れた時は「だ、だだだ大丈夫ですか!? マスター!?」、と動揺していたレイアも、今はこの通り普通に戻っている。
僕の肩を戻す作業をしているところだった。
「あっはは、いやぁ、すまないね。こう美少女を前にすると加減を忘れてしまってね」
「あ、はは……」
僕も合わせて笑うことしかできない。
グリムロールさんも悪気はなかったのだろう――というか、ないのだろう。
あくまで、ここにいる基準として僕の身体が脆かっただけだ。
思えば、レイアも身体を洗うという時に加減ができていなかった。
(レイアにもそういうところは、教えた方がいいのかな……?)
元々魔導人形として、そして僕の助手として作り上げたレイア。
彼女に求めたのは僕の依頼を成し遂げるということだった。
今では彼女の方が僕の上をいってしまっているのではないか、と思うことはある。
けれど、何事にも常識的な範囲というものはある。
「レイア」
「はい、何でしょうか?」
「元々、封印とかそういう道を選んだのは――いたっ」
「あ、大丈夫ですか?」
「う、うん。僕が封印――いたっ」
「大丈夫ですか?」
「……うん」
話そうとすると痛くなるとは僕が少し注意をしようとしているのを予見しているからだろうか。
そんな風に考えてしまう僕がいけないのだろう、と思いつつも何も言わないと痛みはあまりなかった。
結局、後でそれとなく話そうという結論に至る。
「さて、マスターの肩をはめ直したところで、先ほどのお話の続きですね」
「本題っていうやつ?」
「はい」
「それって、僕をグリムロールさんに紹介するっていうのが本題じゃなくて……?」
「もちろん、私としてはそれも本題ではありますが、物事の優先順位というだけのお話ですね。グリムロールさんの紹介は終わったので――次は仕事のお話です」
「え、仕事……?」
僕は思わず聞き返すと、レイアは「はいっ」と笑顔で返してきた。
僕は一先ず、レイアに確認する。
「えっと、仕事っていうのは……?」
「聞きたいですか?」
「何でレイアが仕事とか、そういう話を?」
「聞きたいですか?」
「う、うん」
「キキタイデスカ」
「怖い話風にはしないでくれる!?」
「あっはは、そんな怯えるような話ではないじゃないか」
僕の突っ込みに笑って返したのはグリムロールさん。
彼女は手元にいつの間にか持っていた『赤いドリンク』を飲み干すと、
「私と君、二人いればすでに最強なのだからね」
決め顔でそんな風に言ってのける。
あの赤いドリンクはもしかしなくても、僕の血だろうか。
それが気になったけれど、聞けなくて苦笑いで頷くことしかできなかった。
レイアがこほん、と咳払いをすると、改めて本題とやらに戻る。
「さて、仕事というのはですね。そもそもマスターが普通にお金を稼ぎたいと言って、冒険者を始めたところにあります」
「う、うん。まだ始めたばかりだけど、少し慣れたような気もする」
「さすがマスターです。駆け出し冒険者ならそんな風に一月程度では言いませんが、自然とそういう余裕っぽさが出るのがマスターらしいです」
「はっ、またそういうところが……」
「まあ、そこはお気になさらず。マスターにケチをつける輩は屠ればいいだけの話。さて、それで本題というのは――」
「それはダメだね!?」
レイアは自然とは話を流そうとしたので一応注意しておいた。
「くっ、自然な流れで言っておいて、『あのとき言ったじゃないですか』作戦が……」と呟いていたので、どうやら僕が何も言わなかったらケチをつける者を問答無用で屠る方向に持っていくつもりだったらしい。
……発想が相変わらず攻撃的過ぎた。
「えっと、それでどこまで話しましたっけ?」
「まだ本題の『ほ』の字にも入っていないよ」
「あ、すみません、グリムロールさん。待たしてしまって」
「いやいや、構わないさ。美少女二人のやり取りを見ながら、美少女の血を飲む――風情があると思わないか?」
(お、思わないけど)
僕からしたら自分の培養された血を目の前で飲まれている状態だ。
風情もなにもあったものじゃない。
「さて、仕事についてはマスターが欲しているというので私が取ってきたわけです」
「え、取ってきたって……そんなつてがあるの?」
「ふふっ、私はマスターのために存在するのですよ。マスターの活躍は冒険者ギルドを通じてすでに広まりつつあります。そうなれば、あの町だけでなく依頼をしたいという人も増えるわけです。そこで、私はマスター専用の依頼窓口を用意しました」
「ぼ、僕専用の依頼窓口?」
「はい。もちろん、マスターが受けるに値する依頼であるかどうかを吟味し、こうして『管理者選定』も踏まえて会ってもらったわけですが」
「そ、そうなんだ」
色々と突っ込みたいところはあるけれど、簡単に言えばレイアが冒険者としての仕事を僕のために取ってきた、ということだった。
もちろん、僕としては『専用窓口』とか色々突っ込みたいところではあるのだけれど、聞けばレイアは絶対「キキタイデスカ?」と聞いたらやばいオーラを出してくる。
だから、僕はあえてそこは聞かないことにした。
「キカナインデスカ?」
「避けられない運命!?」
まるで心の中を読んだように、レイアが無表情で問いかけてくる。
けれど、僕としては質問は別のところにあった。
「一先ず、気になることから聞いてもいい?」
「はい、何でしょうか」
「その……レイアが取ってきたっていう仕事を、グリムロールさんとやるってこと?」
「はいっ。そのために、ドレスも用意させていただきました」
レイアが笑顔でそう答える。
思えば、見た目だけでなく血の味でも判断できないというのだから、服装なんて関係ない。
そもそも、いまドレスを着る理由もなかったという事実があった。
「私のために、というわけではないのが少し残念だけれど、君のドレス姿はやはり素敵だよ」
「あ、ありがとう、ございます。いや、本当に……」
そうグリムロールさんに言われても、結局喜べる要素はないというのが現状だった。
「それで、レイアの持ってきた仕事っていうのは……うん? ドレスが必要って、僕が着ていくの!?」
「もちろん、それ以外あり得ませんが。何せ、パーティに参加するのですから。そのためのパーティドレスです」
「パーティ……!?」
グリムロールさんの会うためではなく仕事のため――けれど、ドレスを着る必要があるということは、多くの人目に晒されるという新たな事実がそこにあったのだった。




