40.それを着なければならない理由
「えっと、どこから突っ込めばいいのか分からないけど」
「どこから突っ込めばいいのか分からない!?」
バッとレイアが自身のスカートを押さえるように答える。
「言葉は一緒だけど反応が間違ってるよ!」
「こほん、あまりに唐突だったもので」
「いや、唐突なのはレイアの方だよ。それが僕のドレスって、色々とおかしくない?」
「はい、マスターの言いたい事は分かります。私もマスターには是非とも男らしく生きていてもらいたいのです。ですが、これもマスターのために仕方なく……」
そう言いながらも、レイアは動かす手を止める事はなく、テキパキと作業を進める。
どう見ても男用の服装とは言えないものを、僕のために作っていると言うのだ。
「それを作るのと僕のためっていうのはどういう因果関係があるのかな……?」
「それは――マスターに原因があるからです」
「え、僕?」
レイアは一度手を止めて、僕の方に向き直った。
「はい。マスターが目覚めてから、それなりに時間は経っているかと思います」
「まあ、一月くらいは経ったかな……」
「マスターはお忘れかもしれないですが、ここには十七体の管理者がいるんですよ?」
「そ、それは忘れてないけど……」
レイアの言う十七体の管理者――僕の姓であるアステーナの名を冠したこの《魔導要塞アステーナ》を守護する者達の事をそう呼んでいる。
僕自身はまだ四体しか会っていない。
――というか、レイアから紹介すると言われない限り、僕から会いに行こうとはあまり言わなかった。
ヤーサンやアルフレッドさんは僕に好意的ではあるし、それほど問題には感じていない。
けれど、レイアが以前言っていた事が問題だった。
例えば管理者の中のドラゴン――以前から話題には出てくるけれど、実際に会う場合には護衛が必要だという。
今まではレイアから率先して紹介してきていたけれど、アルフレッドさん以降――レイアからそういう話題を振ってくる事も少なくなっていた。
だから、僕からも触れないようにしていたのだけれど。
「ですから、マスターが安心して管理者に会えるように最大限の努力をしようと思い立ったわけです」
「え、その最大限の努力とドレスに何の関係が……?」
「次に紹介しようと思っている管理者――グリムロールさんなのですが、彼女は《吸血鬼》なのです」
「あ、やっぱり吸血鬼だよね……」
名前だけは何度か聞いた事のあるグリムロールさん――以前アルフレッドさんが《第一地区》を離れていたという時に代わりを務めていたという管理者。
その全容は一切分かっていなかったけれど、少なくとも今のレイアの発言で分かる。
グリムロールさんは女性だという事が。
「吸血鬼なんて、よく仲間にできたね。個体数も少ないし、何より人に従うような種族ではないと思うんだけど」
「はい。残念な事ですが、管理者全員がマスターに対して完全な忠誠を誓っているわけではありません」
「あ、じゃあそのグリムロールさんも利害の一致とかで?」
「そうですね。グリムロールさん、マスターの血の味が大好きらしいので」
「そうなんだね――うん? 僕の血の味!?」
さらりと恐ろしい事を言ってのけるレイア。
レイアはコクリと頷いて答える。
「はい、そうですが?」
「そうですが、じゃないよ! 僕の血って……そもそもあげた事ないんだけど」
「マスター自身を封印する前に、研究に使用していた血液が保管されていた瓶がありました」
「ま、まあそういう研究はしていたけど。ごく少量しかないはずだよね?」
「それをグリムロールさん協力のもと、マスター味の血液の培養に成功したわけですね」
「僕の味の血液……!?」
何それ怖い。
僕の知らないところで僕の血液が培養されているらしい。
しかも、吸血鬼の好物として。
色々と衝撃の事実を知ったところだったが、レイアは何事もなかったかのようにドレスを再び縫い始める。
「そういうわけですので、マスターのためにこのドレスは必要なわけですね」
「うん――うん!? どこにその要素があったの!?」
「あ、大事な事を伝え忘れていました。グリムロールさんは女性なのですが、女性の事が好きなのです」
「ああ、そういう事――え、どういう事?」
「はい、マスターの血をとても気に入られたグリムロールさんとはその培養した血液をお渡しする代わりに管理者の一人を担う契約をしています。彼女の強さは――国家戦力の一つに相当すると私は評価していますので、契約の対価としては安い物かと」
「まあ吸血鬼ならそれくらい強くてもおかしくはないかもしれないけど……」
その個体数は少なく、種族としては強く生命力の高い吸血鬼。
数が多ければもはやこの地上は吸血鬼の支配にあったと言っても過言ではなかったかもしれない。
だが、現実はそうとはならなかった。
吸血鬼の生殖能力は低く、身体の相性が良くなければ子供が生まれる事はまずないという。
もちろん、純粋な吸血鬼ではない《眷属》であれば生み出す事はできる。
だが、眷属として生まれた下級の吸血鬼の能力はオリジナルに比べれば低い。
また、同じく血を欲するという共通の餌をほしがるために、吸血鬼によっては眷属を必要としない者が多い。
そして何より、力を持ちながらも彼らは目立つ事を好まない――それが、長く生きる者の考えなのだろう。
ただ、やはり話としては噛み合っていない気がしていたのだが――
「グリムロールさんが女好きなのと僕がドレスを着るのって――え、そういう事?」
「はい、そういう事です」
まさかとは思ったけれど、レイアは僕の言葉に頷いて答えた。
僕の血が好みで、女性が好き――レイアの反応から導き出される結論は一つ。
「僕の事女性だって言ったの!?」
「男性の血は好まないと仰っていたので。特に問題はないですよね?」
「いやいや! 問題だらけだよ! 何だったら今問題が発生してるよ! つまり、それを着て会えって言ってるんだよね!?」
「そうですね。マスターの血を飲んでも奇跡的に男だとばれなかったので。マスターは血まで女の子みたいな味がするんですね……?」
「僕の血の味は知らないよ!?」
どう騒いだところで、管理者としてこの要塞で暮らしているグリムロールさんとはいずれ会わなければならないのは事実だ。
何故か――女装して女の子のふりをしなければならないという、制約付きで。




