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4.灰狼と地属性魔法

 灰色の狼は僕の方を見ると、動きを止めた。

 改めて見れば、大きな身体に合った鋭い牙に爪。

 その眼光にも、殺意が感じ取れる。

 それなりに強そうだという事は分かる。


(まあ、それでも僕の方が上だけれどね)

「あ、あなたは……?」


 背後の少女の問いかけに、僕は視線だけちらりと移す。

 狼の攻撃を受けたわけではなさそうだけれど、避けるのに怪我をしたのだろうか。

 あちこちから出血していた。

 いや、あの規模の攻撃ならばその衝撃破だけでも十分に威力があるのかもしれない。

 赤く美しい髪を後ろに束ね、軽装の鎧を着ている。

 すぐ傍には剣が落ちていた。


「通りすがりの魔導師だよ。もう大丈夫――」

「だ、ダメよ! すぐに逃げて!」


 怯えた表情だった少女は、僕の言葉を聞くや否や、そんな風に答えたのだった。

 先ほどまでとは打って変わり、本当に僕の事を心配しているようだった。

 だが、少女はもう動ける様子ではない。


「逃げるくらいならここには出てこないよ」

「あ、あの《灰狼》は――」

「おっと、話している暇はあまりなさそうだ。それに、君はどちらにせよ動けないだろう?」

「グルルゥ……」


 それを狼も分かっているのだろう――狼は少し離れたところから、近くにある大木に前足を振りかぶった。

 そのまま、なぎ倒された木がこちらへと飛んでくる。

 大体動きは想定していた。

 木が飛んでくる前に、少女に近寄る。


「ちょっと失礼するよ」

「え、ひゃっ!」


 僕は少女を抱えると、耳元に可愛らしい声が届く。

 改めて見ると整った顔立ちをしていて、少女はとても可愛らしい――だが、それを見ている暇もない。


「よっと!」


 その場から跳躍し、跳んできた大木を回避する。

 鎧を着ていても少女は軽かった。

 僕はそのまま一度距離を取る。

 少し高めの木の上から狼を改めて視認する。

 向こうも待つつもりはないらしい。

 すぐに地面を蹴ると、こちらの方へと駆けてきた。


「大きい割に意外と速いね」

「あ、あなた一体……灰狼の動きについていくなんて」

「灰狼か――僕の髪色と被るなぁ」

「――って、そんな事より! 逃げられるなら早く逃げた方がいいわっ」

「あれくらいなら逃げる必要はないさ」

「あれくらいって……!」


 少女との話は半分程度にしか聞いていなかった。

 実際、僕は狼の方に集中している。

 距離を詰めてくるかと思えば、再び狼は前足を振りかぶり――今度は地面にあった大岩を蹴り飛ばしてきた。

 狼の割に、よく投擲技を使ってくるやつだ。


「咲き誇れ、大地の花よ――《石花の盾》」


 僕の詠唱に呼応するように、地面から六枚の盾が出現する。

 それは花弁のように僕の前で舞うと、飛ばされてきた大岩を防いだ。

 逆に、飛んできた大岩の方が砕け散る。


「っ!? い、今の魔法って……!? あ、あなた何者なの!?」

「……ふ、普通の魔導師だって」

(そんなに珍しい魔法じゃない、よね?)


 今まで使っている魔法は、地属性における《上級魔法》ではあるが珍しいものではない。

 もっと上の《神級魔法》まで使ってしまうとさすがにまずいかもしれないが、この程度で驚くのなら少女はきっと強い魔法もあまり見た事がないレベルなのだろう。

 灰狼は投擲による攻撃は効かないと理解したのか、その大きな身体で地面を蹴り、大きな牙をこちらへと向けた。

 直接攻撃しようという判断だろう。

 だが――


「僕の魔法を見ておいて、それは悪手だね」


 空中に跳んだ時点で逃げ場はない――僕は魔力を集中させる。


「大地の怒りをその身に受けよ――《地王の拳》」


 詠唱と同時に、地面から大きな人の拳の形をした岩が出現する。


「グラァッ!」

「おっ……?」


 灰狼はその場で身体を大きく翻すと、ぎりぎりのところで僕の攻撃を回避した。

 大した奴だと褒めてやりたいが、回避したところで逃げ場はない。

 すでに、別の魔法を発動しているからだ。


「……!?」


 灰狼が地面へ足をつくと、その地面が沼のようにズルリと沈み始める。

 周囲の木々も、次々と沈み始めていた。


「《地の海》――僕は結構好きな魔法なんだけど、汚れるからって嫌われるんだよね」

「グルァアア!」


 灰狼が吠えて再び地面を蹴るが、沈み始めた地面でその巨体では逃げられない。

 もう勝負はついた。


「来たれ、眠りし者達よ――《亡者の誘い》」


 ズルリと地面から次々と泥の手が出現する。

 それらは灰狼にしがみつくと、そのまま地面へと引きずり込んでいく。

 灰狼の抵抗も虚しく――その巨体は地面へと吸い込まれていった。


「ふう……」

(やっぱり、魔法の方は特に問題なさそうだね)

「あ、あなた……」


 呆気にとられた表情で、少女が僕の事を見ている。

 少女はまだ若い――それこそ、僕より一回りは下の年齢だろうか。

 これくらいの魔法で驚くのも無理はない。


「あ、ごめん。すぐに下ろすから」


 この辺りは、僕の使った魔法で泥化してしまっている。

 少し離れたところへ降り立つと、僕はそのまま少女を地面へと下ろす。

 怪我はたいした事はないようだけれど、一応近くの町までは送った方がいいかもしれない。


「た、助かったわ。えっと……」

「ああ、僕はフエン――」

「フエン……!? あの《魔導王》と同じ名前なの……!?」

「――じゃなくて、フェン。よく似てるって言われるんだよね」

「そ、そうなの……? 同じ名前を付ける人なんているんだって驚いたわ」


 咄嗟に嘘をついた。

 僕の名前、そんなつけたらやばいような扱いになっているのか……。


「わ、私はフィナ。本当に、あなたが来なければ死んでいたと思う……」

「ん、いいよ。僕もちょっと試してみたかったくらいだし」

「試すって……あなた物凄い魔法を使って――それに《灰狼》相手に……」


 フィナの驚き方は、どこか不自然だった。

 まるで本当の化物でも見るような視線に、少しだけ嫌な予感がする。

 その予感はすぐに的中した。


「……いや、僕の使った魔法はただの地属性魔法――だよね?」

「な、何言っているの!? あなたの使った魔法は《失われし大魔法》に数えられるものじゃない! 文献にしか載ってないわ!」

「ええっ!?」

(だ、大魔法!? ただの上級魔法だったのに……!?)

「そ、それにあの灰狼は――五十年以上生きる伝説の魔狼の一体なのよ……!?」

「えええええっ!?」


 フィナ以上に、僕の方が驚きの声を上げる。

 あの程度の狼で、伝説なんて呼ばれるなんて……それなりに強そうくらいにしか思わなかった。

 初めて出会った五百年後の人に――いきなりとんでもないものを見せた事になってしまったのだった。

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書籍版1巻が11/15に発売です!
宜しくお願い致します!
大賢者からアンデッドになったけどやることがなかったのでエルフの保護者になることにした
書籍版2巻が10/10に発売です!
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