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37.戦いのレベル

 振り下ろされた斧に向かって、ヤーサンは飛び立った。

 丸い身体は斧に触れると同時に、メリッという鈍い音を立ててへこむ。

 そして、力任せに振られた斧によって、ヤーサンは後方へと吹き飛ばされた。

 そのまま地面を何度も跳ねながら飛ばされていく。

 僕は慌ててヤーサンの下へと駆け寄る。


「だ、大丈夫!?」


 ボールに縦の割れ目ができてしまったような――嘴すらも中にめり込んでしまっている状態だったが、


「かぁー」


 鳴き声と同時に、ポインッと柔らかそうな音を立ててヤーサンが元に戻る。

 嘴から衝突したように見えたが、どうやら傷ついているところはないようだ。

 一先ずはホッと胸を撫で下ろす。


「怪我はない、みたいだね」

「かぁー」

「何言ってるか分からないけど、勝手に飛びだしたらダメだよ」

「かぁー!」


 相変わらず何を言っているか本当に分からないけれど、手に持ったヤーサンはパタパタと羽を動かす。


「あはっ、それがあなたのペットなわけ? 手応えはあったのに、随分と頑丈なのね」

「怪我はなかったから良かったものの――もし何かあったら、君はもうここにはいないよ」


 ヤーサンをそっと地面に置いて、女性に再び向き合う。

 僕にも、仲間をやられて怒るという気持ちはきちんとあるみたいだ。


「ふふっ、いい目をするのね。女の子みたいな見た目してる割りに」

「それは関係ないよね?」

「あはっ、可愛い見た目で強い子は大好きよ、私」

「僕は君みたいな人はタイプじゃない」

「あら、嫌われちゃった」

「君は、《黒印魔導会》の人間なんだよね?」

「隠す事でもないから答えるけど、そうよ。ああ、名乗ってなかったわ。私はザイシャ――言う通り、黒印魔導会の魔導師。ま、ブレインの事できたって知ってるんだから、分かってるわよね」


 彼女――ザイシャの言う通りだ。

 そもそも、ザイシャは黒印魔導会であるという事を隠そうともしていない。

 レイア曰く、かつての《七星魔導》の一人であるコクウが作り出した組織。

 その目的は《黒竜》の復活だというけれど、ブレインやザイシャからその目的を達成しようという感じは伝わってこない。

 ……何と言うか、無駄な行動が多い。


「君達の目的は《黒竜》の復活、という事でいいのかな」

「黒竜? あー、私はそれあんま興味ない」

「え?」

「あ、嘘。興味はあるよ。どれくらい強いのかって。復活したらぶっ殺すし、そのために協力はしてる」

「……そういう感じか」


 ザイシャは黒印魔導会に所属しているけれど、単純に黒竜が復活したら戦ってみたいという戦闘狂の発想で所属しているだけのようだ。

 黒印魔導会の目的が黒竜の復活というところに間違いはないのだけれど、ザイシャの目的はあくまで戦い――つまり、ブレインを倒した僕が結局のところ目的になってしまう。

 黒印魔導会として動いているのではなく、ほぼ個人としてここにやってきているわけだ。

 ブレインの事もそうだけれど、組織として動いてきているわけではないのならそこまで危惧するような話ではない。

 ――ここで始末をつければおしまいだ。


「聞きたい事が他にもないわけじゃないけれど、中の人達も心配だからね」

「あはっ、誰も殺してないって。ただ骨が折れたり腕が飛びそうになったりした人はいるけど」


 軽い口調でそう言うザイシャだが、十分に重傷だ。

 少なくともこの状況を急ぎ打破する必要はある。

 ザイシャは再び斧を構えるが、ふと上の方から感じた魔力に意識が逸れた。


「! 向こうも始まったみたいだけど……強そうな奴が他にもいるのね。ひょっとして、あなたより強い?」

「どうかな。一応、僕が一番強いと思うけど」

「あははっ、大層な自信ね。でも、自信家も嫌いじゃないわ。そういう子をいじめるのって楽しいと思わない?」


 ザイシャが斧を振るう。

ブゥン、と風を切る音と共に、斧を地面に下ろすと大地が割れた。

常時全身に高い魔力を纏っているような状態を続けているザイシャは、近接戦闘型の魔導師と言えるだろう。

自身の肉体を強化する事であの大きな斧を振り回しているのだ。

 この時代において、彼女は相当な実力者に値するのかもしれない。

 それでも――僕が負ける事はないのだけれど。


「そろそろ続けてもいい? まだあなたの実力が見れてないんだけど」

「うん。気付けなかったのなら、君はその程度の実力しかないって事だ」

「……!?」


 僕の言葉を聞いて、ザイシャはすぐに察したらしい。

 斧を構えるが、もう遅い。

 そもそも、物理攻撃で防げる類のものではない。


「あはっ、いつの間にか囲まれてる」


 ザイシャが笑いながらそう言った。

 ザイシャの周囲には、いくつもの魔法陣が浮かび上がっている。

 当然、これらは僕が用意したものだ。


「魔法陣を展開させるまでの時間にはそれなりに自信があってね。それを気付かせないようにする技術も」

「それでブレインも殺ったの?」

「殺ってないって。でも、ブレインも反応はできてなかったよ」


 呪いの方にも気付いていなかった。

 この感じだと、ザイシャもブレインと実力差がそこまであるようには思えない。


「……ギルドで聞いたわ。フェン、あなたはEランクの冒険者だっていうのに、相当な実力者の魔物使いだって。けれど、あなたは自分で自分を一番強いと言ったわ。あなた、魔物使いでも何でもないのよね?」

「君の質問に答える義務はないよ」

「フェンっていう名前、フエンにそっくりよね。たまたまそう名乗ったの?」

「……それを聞いてどうするのさ」

「あはっ、フエン・アステーナ。あなたがそうだとしたら、これほど楽しい事はないじゃない!? だって、《魔導王》と殺し合えるんだから――」


 ザイシャが斧を振るい、周囲の魔法陣を破壊する。

 魔力の乗せた一撃は、展開した魔法陣を破壊する事ができるのだ。

 けれど、僕は破壊された魔法陣を即座に展開し直した。

 ザイシャが目を見開く。

 そのとき、展開した魔法陣の輝きを増した。


「貫け、削れ、針のように――《針岩槍》」

「ぐっ」


 ズンッとザイシャの身体を、鋭く尖った岩が貫く。

 肩の部分と、腿の部分めがけて放ったものだ。

 ザイシャが膝をつく。

 それでも、再び斧を振るろうと立ち上がる――


「く、あああっ!」


 両足に対して、針上の岩を放つ。

 ザイシャの足を貫くと、がくりと再び膝をついた。

 僕は見下ろすように、ザイシャの前に立つ。


「僕と殺し合えるレベルにないよ、君は」

「あ、はっ。いい、いいわ。あなたが……あなたが魔導王なのね」

「僕がそう名乗ったわけじゃないけど……それに、そんな風に名乗るような人間でもないし」

「あははははっ、謙虚な子。面白いわ――でも、関係ない」


 足を貫かれているにも拘らず、ザイシャは斧を手に持って再び立ち上がろうとする。

 ミシリッ、ミシリッと嫌な音が周囲に響く。

 僕はザイシャの方を静かに見る。

 戦いにすらなっていないというのに、ザイシャは本当に楽しそうな表情をしていた。


「私は殺し合いを楽しみたいの。ねえ、フエン。あなただってそうでしょ? それだけの強さがあって、戦いが楽しくないわけないものね!」

「楽しくはないよ」

「そう? それはもったいない――ね!」


 ザイシャの握った斧が振動する。

 バキリとザイシャの身体を貫いていた岩が砕け散った。

 僕は再びザイシャめがけて魔法を発動させようとするが、それ以上に早くザイシャが動く。

 距離にして二メートル圏内――斧による攻撃が丁度届く距離だ。


「っ!」


 僕は咄嗟に防御魔法を展開する。

 ザイシャと僕の間に岩の壁が出現し、ザイシャが後方へと跳ぶ。

 出血は多量にしているが、その動きが鈍ったようには見えない。

 むしろ加速している――戦いの中で、ザイシャは興奮すればするほど強くなるタイプのようだ。


「あー、痛いけど痛くない。こんな怪我したの久しぶり」

「無理はしない方がいいよ」

「あら、心配してくれるの?」

「してはいないけど、このまま引き下がるというのなら見逃しても――」

「あはっ、冗談言わないで。こんなに楽しいのにさぁ」


 だよね、と僕は小さくため息をつく。

 少なくともザイシャが撤退するという選択はないだろう。


「見逃すって言うけど、あなたの狙いは分かるわ。黒印魔導会の拠点――そこに私が行くと思ってるんでしょ? ついでに全部潰そうって魂胆?」

「潰すとかそういう物騒な話はしてないけどね」


 確かに本拠地とか分かれば今後も行動も楽になるかな、とは思っていたけれど。


「やる気がないなら、出るように中にいる人殺してもいいけど」

「そんな事しなくても、やるよ。君は放っておくと面倒そうだし」

「あはっ、それが正解。次は本気でやってよ」


 ザイシャがそう言って斧を構える。

 僕が本気ではないという事はばれているようだった。

 そもそも本気でやるとなると、すぐ近くに人がいるというのが少しネックだった。

 それを踏まえた上での本気というのならやり方はあるのだけれど。

 次の一撃で終わらせる――そのつもりだけれど、彼女はそうは思っていないようだ。


「さあ、もっともっともっともっと楽しみましょう!」


 ザイシャがそう言い放つと同時に、地面を蹴る。

 今度は僕もそれに合わせて動いた。

 距離のあるところでは、ザイシャはかわすだろう。

 だから、近づいて確実に仕留める。

 だが、斧の射程になったところで、ザイシャが斧を振りかぶった。

 防御するか回避するか――いずれにせよカウンターで決める。

 そう思ったとき、僕の頭の上を何かが蹴った。


「かぁー!」

「え、ヤーサン!?」


 まさかの本日二度目――振り下ろされようとする斧にヤーサンが向かっていったのだ。

 ザイシャもヤーサンに気付いたようだが、斧を止める様子はない。

 今度は僕ごと斬るつもりなのだろう。


「邪魔ぁ!」

「かぁ!」


 ヤーサンが小さく鳴く。

 その瞬間、ヤーサンの身体が変化した。

 斧を丸ごと飲み込めるようなサイズになって、斧ごと嘴で挟み込む。


「なっ!?」

「ええええっ!?」


 ザイシャが驚いた表情でそれを見た。

 僕もそれ以上に驚く。

 ヤーサンのサイズの変化――思えば、坑道でも随分と大きな音を立てていた。

 ヤーサンも伝説の魔物だ。

 大きさが変わるくらい不思議な事ではない。


「こ、の!」

「かぁー」


 ザイシャの動きが完全に止まる。

 一瞬慌てたけれど、僕のする事は変わらない。

 ヤーサンの作ってくれた隙を突いて――精製した岩の槍でザイシャを貫いた。


「か、はぁ……あー、これが私の終わり?」


 ザイシャが吐血しながら、確認するように言う。


「……そうみたいだね」

「呆気、ないものね。あなたを、殺したかったわ」

「なにその告白……」

「あはっ――」


 最後までザイシャは楽しそうに笑う。

 そして、斧から手を離した。

 ズルリとザイシャの胸から岩の槍を抜き取った。

 斧は――そのままヤーサンがボリボリと食べ始めた。


「え、えっと……突っ込みたいところではあるけど。とりあえず、ありがとう」

「かぁー」


 ヤーサンのおかげで楽に勝てたのは事実だ。

 礼を言うのは当然の事だと思う。

 僕は倒れたザイシャの方を見る。


「僕もいっそ、君みたいに戦いを楽しめたらよかったかもしれないね」


 何となくだけれど、そんな風に思った事を口にした。

 もう、答えが返ってくる事はないのだけれど。

 一先ず、ザイシャの方は倒した。

 けれど、結界の方はまだ崩れていない。

 やはり、レイアが向かった方にいる魔導師が結界の主なのだろう。

 そうなると、レイアの方が心配だ。

 僕は駆け足で屋上の方へ向かう。

 地面を蹴って跳躍すると同時に――飛び降りてくるレイアと目が合った。


「えっ」

「あ、マス――」


 レイアに空中で押し潰されるような形で、僕は地面に落下する羽目になったのだった。

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大賢者からアンデッドになったけどやることがなかったのでエルフの保護者になることにした
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