34.突き破っていく
風を切る音が耳に届く。
空を駆けるように、僕は移動していた。
一度の跳躍で数百メートル近く――ほとんど速度を落とす事なく進む。
「さすがマスター……この速度での移動を可能にするとは」
「まあ、こう見えて《七星魔導》って呼ばれてたくらいだからね。これくらいは普通だよ」
「人によっては物凄く嫉妬しそうな発言をさらりと言ってのけるところもさすがです」
「うっ……気を付けよう」
そういうところはあまり気にせず発言してしまう。
自分のできる事を当たり前のように言うのは、知らないうちに恨みを買っていたりする事もある。
経験則のはずなのに失念していた。
「いいじゃないですか、マスター。もっとマスターがすごいところを出していきましょう」
「すごいところって……頼られるのはそりゃ嫌いじゃないけどさ。結局悪目立ちしやすいし」
「マスターがもっと容赦ない感じで力を見せつければ皆黙りますよ」
「なにその悪役!?」
力を見せつけて黙らせる――それはもう悪役としか言いようがない。
僕みたいな奴には一番似合わない事だ。
《七星魔導》の中では温厚な方だと思う。
正直、あそこの名を冠する人は好戦的な人が大半だったから。
まあ、だからこそ全て投げ出して五百年後の世界にいるわけで……。
(それで普通に人助けとかしてたら、結局何も変わらないんだけど……)
人はすぐに変わるものでもない――そう思わざるを得ない。
五百年という時が経過しても、僕にとってはまだほんの数日くらいしか感じない。
だから僕は、何も変わっていない。
ただ、少し精神面で余裕ができたんだと思う。
――家の事については精神的負担がマックスだけど。
「かぁー」
「あ、ヤーサン大丈夫?」
「かぁー」
「『俺が本気を出した時と同じくらいの速度だな』と言っています」
「ヤ、ヤーサンの本気……!」
何だかんだヤーサンは強いというのは分かるけれど、実際どのくらい強いというのは分かっていない。
戦い方も不明だし――というかあの羽ばたきで僕の速度と同じくらいとか本当なのだろうか。
「ヤーサン、マスターの護衛はしっかりと頼みますよ」
「かぁー」
「レイアも僕から離れたらダメだよ?」
「え? それはずっと一緒にいようという愛の告白ですか!?」
「そういう意味合いではないね! ――でも、レイアが嫌じゃなければ一緒にはいてほしい、けど」
「っ!?」
僕がそう言って、視線は前に向けたままだった。
さすがにちょっと、面と向かって言うのは恥ずかしかった。
今の時代、僕を知っているのはレイアしかいない。
五百年前、レイアに護衛を頼んだ時はそんなに長い時眠っているつもりもなかったけど。
レイアが僕に好意を抱いてくれているというのも感じるし、レイアが望む事は叶えてあげたいとも思う。
だから、僕の我儘にまた付き合わせてしまうから、本当の気持ちくらいは伝えておかないと。
「……」
「……」
そう思ったけれど、気付くと風の音だけが届くようになっていた。
まさかの沈黙――気恥かしい雰囲気だけが続いてしまう。
レイアならすぐに冗談めかして返してくれると思っていたのに。
ちらりと横目でレイアの方を見る。
そこで、レイアを目が合った。
本当に、僕の知らないレイアがそこにはいた。
素直に恥ずかしがる姿は女の子のようで――いや、本当にそうなのだろう。
長い時を経て、レイアはそういう風になったのだ。
「あっ……その……」
「うん、何かごめん」
「い、いえ、謝らないでください! わ、私だって、えっと……」
どうやらレイアのマニュアルの中には僕が普通に返してくるというものはなかったらしい。
僕としても恥ずかしいからあまり真面目に返す事はないのだろうけど。
レイアはどう返事していいか分からないのか、口元を押さえたまま固まってしまう。
その姿を見て、僕は思わず笑ってしまう。
「レイアもたまに動揺するけどさ、今回はかなり大きいね」
「マスターからそう言われる事はなかったので……こほん。ですが、今ので覚えました。油断はしません」
「油断したレイアも可愛いと思うよ」
「マスターが攻撃を覚えてしまいました……!」
「今までのレイアの発言は攻撃のつもりだったの!?」
まあ、僕はレイアみたいにすらすらと言葉が思いつく方ではない。
こういう動揺の仕方をするレイアは滅多に見られるものではないかもしれない。
――そんな場合でもないのだけれど。
「さて、そろそろ着くよ」
「え、もうですか……?」
「何で残念そうなの!?」
「マスターのお姫様抱っこが……」
「それくらいなら、また後でやるけど」
「マスターは私を悶死させたいんですか!」
「そんなに!?」
「かぁー」
僕とレイアのやり取りを聞いていたヤーサンが間の抜けた声で鳴く。
何となく呆れられたような雰囲気は、僕にも感じ取れた。
目標通り、数分以内には町の近くまで到着できた。
「あの、マスター」
「ん、なに?」
「突入後の作戦なのですが……先ほど離れないようにと言われましたが、敵は単独とは限りません。その場合は――」
「二手に分かれる、かな。うん、中に人もいるだろうし……そうするしかないのかな」
「マスターの護衛として召喚する予定だったアルフレッドさんを借りる事になりますが……」
「アルフレッドさんが丁度いい戦力って事だよね」
「はい」
「僕の事は心配しないでいいよ。ただ、レイアも魔法の負担とかあるだろうから、無理はしないようにね」
「そこはアルフレッドさんがいるので大丈夫です」
アルフレッドさんの強さは分からないけれど、少なくとも他の管理者と肩を並べる実力者なのだろう。
この間の事もあり、レイアが戦うとなると少し心配だった。
むしろ僕の護衛よりも、レイアについていた方がいいんじゃないかと思ってしまっているくらいだから。
(……って、やっぱり何だかんだレイアの事を心配してるな)
思わず苦笑してしまう。
「それよりも、私はマスターの方が……」
「レイア、それこそいらない心配だよ――」
今度は意識して、それを言葉にする事にした。
「僕は《七星魔導》で、《七星の灰土》と呼ばれていたんだ。そこらの魔導師に負ける事なんてないさ」
「マ、マスター……! そういうかっこいい感じもっとください!」
「いや、そう言われると照れるんだけど……」
かっこつけたつもりだけど、やっぱり僕には向いてないみたいだ。
――僕達の作戦は至極単純なものだ。
敵が一人なら全員で、複数なら分かれて倒す。
そこに負ける可能性というのは踏まえない。
僕は、そのまま真っ直ぐ進むのではなく、一度高く跳躍する。
丁度――着地が結界の上になるように、だ。
「レイア、ヤーサン。しっかり掴まっててね」
「はい!」
「かぁー」
二人の声を聞くと同時に、僕は一度身体を空中で回転させて、勢いをつける。
様子を見る事なんてしない――戦う時は、相手がしないと思う事を真っ先にする方がいい。
「はっ!」
衝撃音が周囲に響く。
かかとに流し込んだ魔力で、結界の外側を砕いて入る。
結界魔法というのは、本来外側から解除していくものだ。
あるいは、中の者が外の者を許可する事で入れるようになる。
その全てをすっ飛ばして、僕は結界の中へと入った。
「これは……」
レイアが呟くようにいった。
中に入った瞬間、僕もその異様な空間に気付く。
黒く歪んだような世界が、そこには広がっていたからだ。




