33.いざ町へ……行きたい
アルフレッドさんから手渡された花を受け取ると、スッとアルフレッドさんは立ち上がった。
デュラハンであるアルフレッドさんは、元々は人間のはずだ。
大きな身体なのは、おそらく生前からそういう体格だったのだろう。
首はなくても、見上げるくらいの大きさがアルフレッドさんにはあった。
「お、大きいですね」
思わず敬語になってしまう。
定期的にその名を聞いていたアルフレッドさんだけど、改めて対峙すると威圧感が本当にすごい。
元々銀色だったと思われる鎧も、汚れているというよりはアルフレッドさんの纏う魔力によって変色させられているようだった。
動くたびに、ガシャンッという大きな音が響き渡る。
だが、こんな異様な姿をしながらも、わざわざ花を用意して僕に渡してくれたわけだ。
「大きいとは具体的にどこを見て言っているんですか?」
「全体像だけど!?」
何故かくすりと笑いながらそう言ってくるレイアにすかさず突っ込みを入れる。
絶対的に違う事は、アルフレッドさんは元々人間だったという事。
今まで紹介を受けた者達とは色々と勝手が違う。
ふざけても大丈夫なのだろうかと心配になったが、僕を見下ろす――見下ろしているかどうかも分からないけれど、目の前に立つアルフレッドさんは特に反応する様子はない。
(一応、大丈夫そうだね)
「そんなに心配そうな顔でアルフレッドさんを見なくても大丈夫ですよ。ご覧の通り、私がいる限りアルフレッドさんは紳士なお方なので」
「うん――うん? 私がいる限り?」
「ふふっ、それは当然です。これは私の扱う《死霊術》――すなわち魔法で制御しているのですから。私がいなければアルフレッドさんは本能の赴くままに暴れ回る狂気の存在となってしまうのですから」
「そ、そうなんだ……」
僕は死霊術にはあまり詳しくないが、今のアルフレッドさんが正常でいられるのはやはりレイアのおかげらしい。
こうして紳士的な態度でいるのは元々のアルフレッドさんの性格が表れているのだろう。
けれど、何故花なのだろうか。
それを聞くのは何となくはばかられた。
ギガロスとはまた違い、鎧の中で反響する低音がアルフレッドさんの声のようだ。
「ふふっ、やはり驚きですよね」
「う、うん。色々と……」
「あ、ごめんなさい。今のはマスターではなくアルフレッドさんに話しかけていたのです」
「えっ、アルフレッドさんに?」
何を話していたのか分からないが、アルフレッドさんは驚いているらしい。
アルフレッドさんから見て驚く要素なんてあるだろうか。
「マスターはこう見えても男なんですよ」
「そこ!?」
「アルフレッドさんはここ最近までマスターが男だとは知らなかったんですよ」
「そ、そうなんだ。そこはまあ、何て言えばいいのか分からないけれど……」
よく間違われるのは間違いない事なので、何ともコメントできない事だった。
そもそも、「こう見えて」というがアルフレッドさんからはどう見えているのだろう。
ちらりとアルフレッドさんの方を見つつも、僕はレイアに聞いてみる事にした。
「アルフレッドさんって、そもそも僕の事見えるの?」
「ああ、そういう意味ですとアルフレッドさんは魂で物を見て、音を聞きます」
「! か、かっこいい……」
魂で聞くというところは特に音楽家のような感じがした。
直後、ガシャンという音が聞こえてアルフレッドさんの方に向き直る。
存在しない頭部のところで、手をスイスイと動かしていた。
一体何をしているのだろうか。
「『照れますね』と言っています」
「あ、照れるところなんだ……」
どうやら本当に聞こえてはいるらしい。
頭はない状態でも行動する分には問題ないようだ。
人の区別もできるらしいし。
「マスターの魂も女の子みたいらしいですよ」
「その情報はいらないかな!」
別に知りたくもなかった情報を手に入れてしまった僕だが、状況的にそろそろ話している場合でもない。
向こうで誰かが待っているのだから、僕は向かわなければならないのだから。
「――って、ここで召喚するのは早くない?」
「あっ」
「え、ミスなの!?」
「……いえ、ミスなどという事はありません。マスターにあらかじめ言っておかないと動揺するでしょうし、実際しましたし」
「そこは否定できないけど……ここから移動するとなると数十分はかかるよ?」
「マスターが本気を出せば数分もかからないのでは?」
「まあ、僕だけで行ってもいいなら」
「何を言っているのですか? マスターだけで行くなんて事はあり得ません」
「だったらどうするのさ?」
「ではマスター、私の身体を支えていただけますか?」
スッとレイアが僕の前に立つ。
促されるままに、レイアの身体に触れる。
「あっ、そこは……」
「まだ背中しか触ってないんだけど!?」
「ふふっ、私も『そこは』としか言っていませんが、何を想像されたのですか?」
「べ、別に想像もしてないけど……次はどうすれば」
「私の背中を支えるようにして、そして膝裏を持ちます」
「こう?」
「そうですね。あ、とてもいい感じです」
レイアの身体を持ち上げるような形になった。
そんな状態でレイアは僕の方を横目でみながら、
「お姫様抱っこですね……」
「うん――うん? これだけ!?」
「このまま私を持って移動するという名案なのですが……」
「名案じゃないよ! ヤーサンとアルフレッドさんはどうするのさ!」
「ヤーサンはマスターの頭に乗れば平気です」
「かぁー」
レイアに言われた通り、待機していたヤーサンが僕の頭の上に乗る。
ふよん、という柔らかさが頭頂部を包み込んだ。
(柔らかい……じゃなくて)
「いや、ヤーサン落ちちゃうんじゃ」
「大丈夫ですよ。試しに頭をぶん回してみてください」
「ぶん回すって、他に確認方法は――あっ」
僕もある事を思い出す。
そう言えば、ヤーサンは坑道でも僕に張り付いたまま離れなかった。
謎の技術で僕の頭にも引っ付く事ができるのだろう。
「かぁー」
「『俺の爪はこう見えて凶悪だぜ』と言っていますね」
「えっ、謎の技術で張り付くんじゃないの!?」
「かぁー」
「『冗談だぜ』と言っています」
「び、びっくりした」
まさかのヤーサンまで冗談を言う始末。
だが、これだと三人までしか運べない。
「これだとアルフレッドさんは運べないけど……」
「背中が空いていますよね?」
「えっ!? そ、それはちょっと……」
ガシャンッ――という金属音が背後に響く。
びっくりして後ろを振り返ると、そこに立っていたのは当然のごとくアルフレッドさん。
ポンッと僕の両肩に手を乗せる。
「い、いや、あの……アルフレッドさん? それは無理――」
「さて、冗談はここまでにして……」
「ここまで冗談だったの!?」
「マスターの慌てふためく姿も見られたので、そろそろ向かいましょう」
「え、だからアルフレッドさんは……?」
「見られても困るので、必要に応じて召喚します」
「……それならやっぱり意味なかったよね!?」
結局、僕が驚くかどうかという建前上の理由だけで、アルフレッドさんとヤーサンが呼ばれたのだった。
移動についても僕が本気で動くだけになる。
ただ、その点について少しでも不満を漏らすと、「ではポチを呼びましょう」とレイアが即座に行動にうつるので、何も言う事はなかった。
風の魔法を身に纏って、僕はレイアを抱っこしたままに駆け出す。
数分もあれば、町の方までには到着できる速度だ。
「……こうしていると、何だか胸がトキメキますね」
「この状況で!?」
風を切るように僕が走る中、何故かレイアが嬉しそうにしながらそんな事を呟いた。
頭の上では、いつものようにヤーサンの鳴き声が響くのだった。




