32.スタメン
「これはつまり、マスターが喧嘩を売られているというわけですねっ」
「何でそんなに嬉しそうなのさ……」
レイアは旗に刻まれているらしい文字を見ながら、浮かれ気味にそう言った。
僕からしてみれば、別に嬉しい事ではないし――というか、レイアにとっても喜ぶ要素があるのだろうか。
「《魔物使い》ですよ、魔物使い。まだマスターが活躍を始めてからほんの数日で名が広まりつつあるんです」
「魔物使いで売りたいわけじゃないけど……」
「では《正義の味方》で?」
「そういう柄でもないよ」
「では私のハニー」
「全然関係ないよね!? それにハニーは僕に使わないよ!」
けれど、魔物使いと呼ばれるよりは、偽善でも何でも正義の味方と呼ばれる方がいい気もする。
別に僕自身が正義だと思った事はない。
それに少なくとも、僕の名は魔物使いとして広まりつつあるようだけど。
「そもそも僕が魔物を使っている――わけでもないけど、まあそこは置いといて。僕の事を知っている人間なんて町の人くらいしかいないはずだけど……」
「あのブレインとかいう魔導師の経由では?」
「《黒印魔導会》? 僕の事は言えないはず――いや、でも連絡が途絶えたか……あるいはブレインの展開していた魔法が消滅して気付いた、ならあり得るかな」
これは僕が失念していた事になる。
魔導師として、例えば魔導師ではなくともレイアのように常時発動型の魔法を遠距離でも展開している場合がある。
それが突然終わったとすれば、魔法を展開していた本人に何かあったと考えるのが自然だ。
ブレインの仲間がそこから気付いてここにやってきたという可能性は十分にある。
「僕の落ち度か……」
「この場合、そこまで早く動ける相手が優秀であったとも考えられるかと。ブレインを倒してまだ二日――動くにはあまりに早すぎます」
「そうだね……いや、でもブレインを封じておけば問題ないと考えた僕の落ち度でもあるよ」
「――それはつまり、殺しておけばよかった、と?」
レイアが僕にそう問いかけてくる。
少し驚いた表情でレイアを見る。
レイアの表情は真剣だった。
「そこまでは言わないけれど……そもそもあの段階では殺すべき相手かどうか判断できなかったし」
敵である事には間違いないけれど、僕はそれだけで相手を殺すような事はしない。
必要であれば必要な時に、というのが僕の基本スタイルだ。
悪く言えば、優柔不断なわけだ。
「どのみち、ブレインを殺したところで彼らがやってくる事に変わりはありませんでしょうし、少なくともマスターに落ち度があるとは思いません」
「行動も早いし、ブレインが展開していた魔法で気付いたのなら遅かれ早かれやってきたのは事実、だね」
「はい、重要な事はこれからどうするかです」
レイアが結界の方を見てそう言った。
僕がどうするか――聞かなくても、答える事は分かっているだろう。
「それはもちろん行くよ。だって町のところなんだよね?」
「そうですね。マスターがある程度肉眼で確認している通りです」
「売られた喧嘩を買いたいわけじゃないけど、そもそも相手が黒印魔導会かどうかも分からないしね」
「そうですね。やはり、マスターは行く事を選ぶのですね。家で引きこもってもいいんですよ?」
「それをしたら僕はもう町には行かないだろうね……」
逃げるという選択肢はない。
少なくとも起こっている事の確認くらいはしなければ。
「マスターが望むのであれば、私はお供します。マスターの望む平穏に陰りを見せる者を駆逐しましょう」
「言い方物騒だよね?」
「でも駆逐するんですよね、ね?」
「何でそんなに楽しそうなの!?」
僕が戦う事を選ぶのがそんなに嬉しいのだろうか。
レイアの喜ぶ基準はよくわからなかった。
レイアは嬉々として話し始める。
「では、今回の《戦力》の選定を」
「戦力?」
「それはもちろん、町に向かうパーティーメンバーです。スタメンですよ、スタメン」
「いやスタメンて……僕とレイアだけでいいんじゃ?」
「マスターをお守りするのが管理者の役目……せめて二体は連れていきましょう!」
「いやでも――」
「マスターはマスターを守ってきた管理者に仕事を与える必要はないと仰るのですか? 彼らが何のためにあの要塞にいるか――」
「わ、分かったから。……というからもう自宅じゃなくて完全に要塞呼ばわりだよね」
「それはそれ、これはこれ。では、ギガロスでも何でもお選びください」
レイアはそう言うが、僕のよく知るギガロスだけでもいれば戦力としては十分だ。
ただし、町のすべてを破壊してしまうかもしれないが。
そうなると、未だに見ていないアルフレッドさんあたりは優秀なのかもしれない。
おそらく大きさも普通サイズだし……。
でも、僕に魔物使いだけでなく《死霊使い》の称号までついてしまうかもしれない。
「一応聞くけど……アルフレッドさんは?」
「はい決定ですね」
「はや!? き、危険日がどうとか言ってたよね?」
「マスター、そんな言い方私はしてませんよ……?」
「がっつりしてたのにそこ嘘つくの!?」
いつの間にかアルフレッドさんはお務めを終えていたらしい。
一体どんなお務めか分からないけれど、名前を出しただけでレイアにスタメンとして選ばれてしまう。
「さあ、あと一体くらいは必要です。マスターの周囲を常に守る存在が」
「え、えっと……じゃあ、ヤーサンで」
すでに見られている存在であるヤーサン。
彼が一番連れていても違和感がない存在だろう。
ギガロスはそもそも町に連れていくようなタイプじゃないし、昨日紹介を受けたポチなんか《灰狼》よりも大きな狼だ。
しっかり《フェンリル》として認識されてしまうのではないだろうか。
「アルフレッドさんとヤーサンですね。では、呼び寄せますので」
「呼び寄せるって……ここから呼べるの?」
「もちろんです。管理者すべてを召喚できるのが私のスーパー管理者としての能力ですから」
「スーパーって付けたいだけじゃないか……」
そんな僕の突っ込みを無視して、レイアはコホンと咳払いをする。
懐から小さな筒を取り出すと、レイアはそれに火を着けた。
「な、なにそれ?」
「ここは要塞から近いので、直火でいこうかと」
「直火って――」
僕が問い返す前に、それは発動した。
ドンッ、という大きな音と共に、大きな花模様が空中に浮かび上がる。
「え、花火――いや、魔法陣!?」
それを見て、僕は理解した。
上空に展開されたのは大きな魔法陣。
あの筒には、レイアが魔力を流し込んでいたのだ。
召喚術式――展開された空の空間が歪み、二つの影が地上へと降り立った。
飛べるはずなのに、ボールのようにそのまま落ちてくるヤーサンをキャッチする。
「わっ、大丈夫?」
「かぁー」
ヤーサンは「大丈夫だ」と言っている、気がする。
もう一つは人影。
ズゥンと大きな騎士が僕の前に降り立った。
その姿に、僕は思わず息をのむ。
姿は人だけれど、その雰囲気は異形と言っても差し支えがない。
その騎士には首はなく、どす黒い魔力の塊がそこから溢れだしていた。
「え、えっと……」
「オオオオォォォォ……」
金属に低く反響するような、怨念の声が耳に届く。
――そんなアルフレッドさんは片膝をつくと、ポンッと手のひらから一輪の花を取り出した。
「アルフレッドさん曰く、『お初にお目にかかります、まずはお近づきの印に』との事です」
「ま、まさかの紳士……!?」
人は見かけに寄らない――人ではもうないけれど、人柄が凄く表に出ているデュラハンだった。
方陣って言葉は好きなんですが、魔方陣だとやはり数字関連が出てややこしいので魔法陣に修正しようかと思います、すみません。




