28.《管理者》ポチ
「《黒印魔導会》?」
「はい、あーん」
「それは返事なの!?」
「はい、あーん」
「い、いや、僕は今聞きたいのはその魔導会の話で……」
「はい、あーん」
僕の問いかけに返ってきたのは、いつものように作った朝食を僕の口元へと運ぶレイアだった。
今日は《魔鳥の卵》を使ったスクランブルエッグと、森で採れる山菜の盛り合わせ。
レイアの修復は、一先ず腕の部分はほぼ完了した。
――とはいえ、まだあまり無理をするのはよくないと言っているのだけれど、レイアはほとんど変わらない動きを見せてくる。
結局、口元に運ばれた食事を食べてしまうのだけれど。
「おいしいですか?」
「うん、おいしいけど……」
「ふふっ、それは良かったです。」
「それで……その黒印魔導会っていうのは?」
「ああ、その話ですか。マスターもご存知の方が創設者ですよ」
「僕が?」
「はい。《黒の闇響》と呼ばれた《七星魔導》の一人――コクウ・フォークアイトです」
「ああ、コクウか」
僕はその名を聞いて、何となくその組織との名前の共通点に納得してしまった。
コクウ・フォークアイト――今から五百年前に僕と同じ七星魔導の一人だった魔導師だ。
《闇》の属性魔法を得意としており、あまり表には顔を出さないタイプ。
年齢だけで言えば僕と同じくらいで若く、会った時に何度か話した事があるくらいだ。
「けど、黒印魔導会ってどういう目的で動いている組織なの?」
「確か……エンブレム――象徴である《黒竜》を復活させる事が目的だとか」
「黒竜……? 僕のいた時代にももういなかったと思うけど……コクウはそういう夢があったんだね」
色の名を冠するドラゴンは《六王竜》と呼ばれ、この世界における支配者級と呼ばれた者達だ。
地上最強の生物として名高いドラゴンだけれど、その中でも異質な強さを誇っていたという。
ただ、それも数万年も前の話――当然、僕の時代にいるドラゴンには存在していなかった。
(ドラゴンと言えば、ここの管理者にもいるんだっけ……)
ふと思い出す。
まだ管理者全てについて聞いたわけではない。
けれど、現存確認しているメンバーだけ聞く限り、残りのメンバーも僕の想像を超えそうな伝説級の魔物ばかりな気がする。
――正直、全員に暴れられたら僕の手には負えないかもしれない。
だからこそ……本当の事を言うと結構ビビっているわけだけれど、それを表に出すとレイアが余計にからかおうとしてくるのは目に見えている。
そもそもドラゴンとかフェンリルが自宅にいるって言われてビビらない方がおかしいんだ――そう言い聞かせて納得する。
それを言うと、そもそも自宅がおかしい状態なのだけれど。
(でも……レイアも言っていた通り守ってくれているのは事実、だし……)
当然、その点も加味するべきところだ。
レイアの言っていた通りなら――あれ?
「レイア、最初に仲間になった管理者って誰なの?」
「ヤーサンですよ」
「次は?」
「ポチですね」
「えっと……《ヤタカラス》とフェンリルが僕を守ってくれいたんだよね?」
「そうですね。あの二体は特に従順なタイプなので」
「二体いれば十分な気もするけど……ヤーサンとかそのポチが元々第一地区の管理者だったとか?」
「そうですよ。アルフレッドさんはここ数百年以内に加えた者ですが、しっかりと働いてくれるタイプなので――まさか、マスター。他の管理者はこの《魔導要塞アステーナ》にいるだけで実際にマスターを守っているわけではないとお思いですか?」
「! そ、そんな事は考えていないけど……」
レイアは僕の質問からある程度読んできたみたいだ。
さすがにそこまでは思っていないけれど、十七体いる管理者のうち――知られているのはデュラハンのアルフレッドさんだけのようだった。
つまり、少なくとも僕の家に挑んでくる冒険者達が知っている存在はアルフレッドさんしかいないのだ。
第二地区の管理者であるギガロスだって誰にも知られていない。
それにもう一つ、気になる言い方があった。
「気になってる事があってさ。その従順なタイプとかってレイアが言うけど、そうじゃない管理者もいるって事?」
「! わ、私はそんな事言いましたか?」
「そんな露骨に動揺する!?」
レイアは目を泳がせたあと、視線を斜め下にずらした。
どうやら管理者と言っても全員がレイアに懐いているとかそういうわけではないらしい。
そもそも――どういうタイプの魔物なのか知らない僕も悪いのだけど。
「マスター、管理者の事が気になるのであれば……やはりここは一体ずつ紹介させていただくという形を取らせていただかなければなりませんが」
「そうなるよね……うん、でも僕も会わないといけないと思っていたから」
「では、今日はポチを紹介しましょう!」
「え、ポチってフェンリルの?」
「そうですよ」
「えっと、アルフレッドさんは――」
「ダメです。アルフレッドさんはまだ危険日なので」
「その表現はなんなの!?」
「とにかく! アルフレッドさんはダメです!」
一体アルフレッドさんに何が起こっているのか――逆に気になるところではあるけれど、レイアがそう言うのならここは従った方がいいのかもしれない。
フェンリルと言えば、もう一体――ドラゴンという存在もいるはずだった。
丁度《黒竜》の話も出たところだし、少し気になるところではある。
「えっと、ポチでもいいけどドラゴンの方は――」
「ドラゴンもダメですね」
「え、ダメなの!?」
「はい、ダメです」
レイアから返ってきたのは――そんな予想外の返答だった。
以前、町に向かうのに使えるのは「フェンリルとドラ――」と言っていたので、てっきり問題ないものだと思っていた。
「えっと、ドラゴンがダメな理由は?」
「あれはアルフレッドさんとギガロスとヤーサンとポチあたりと護衛に連れていかなければならないので」
「戦争でもするの!? ギガロスだけでも国家戦力だけど……」
「ふふっ、マスターは知りたがりですね。そんなに知りたいなら今から二人で向かいますか? 《第十地区》に」
「い、いや……そんなに戦力が必要だって言うなら無理に行こうとは僕も言わないけど……どうしてそれを足に使えるなんて」
「そういう扱いがしたい気分だったので」
「ただの悪口だったのか……」
どうやら同じ管理者と言っても一枚岩ではないらしい。
僕が管理者の詳細を聞きたがらないからレイアからも言ってこなかったが、全ての管理者を普通に紹介できるような状態ではないらしかった。
ちなみに、「吸――」しか聞いていないグリムロールさんも下準備が必要らしい。
何となく予想はできるけれど……血とか求められるのだろうか。
結局、今日のところは《第六地区》の管理者であるポチに会いに行く事になった。
僕が望む平穏を手に入れるために、僕自身が管理者である彼らと向き合わなければならないのは事実だ。
僕のいる十七地区――自室のある場所からはどこへでも転移が可能らしい。
そこで、僕は第六地区へとやってきていた。
そこは普通の洞窟のような場所だった。
ただ、ヤーサンがいた場所とは違って暗いというわけではなく、どちらかと言うと広々としている。
それはきっと、フェンリルの大きさに合わせたのだろう。
「では、ポチを呼びます」
「う、うん」
ヤーサンの時とは違い、今度の僕は心の準備をしてきた。
レイアが懐から取り出したのは、小さなボール。
それはピンク色の蛍光色に輝いていて、レイアはそれを――
「はい、ポチ! 取ってこい!」
「え、何その呼び方!?」
ブン――と思い切りそのボールを遠くへと投げた。
ポンポン、と跳ねていくそれを僕とレイアは見送る。
だが、蛍光色のボールは不意に闇に飲み込まれた。
その代わり、ズンズンという大きな足音がこちらに近づいてくる。
「――」
僕はその姿を見て、息を飲んだ。
真っ白な毛並みを持つ狼が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
その巨体は僕が倒した《灰狼》よりも一回りは大きい――僕も見るのは初めてだが、こちらが僕の知る狼の魔物の《最強種》という事になる。
ハッ、ハッという大きな息遣いと共に、僕の目の前までやってくる。
「ポチ、挨拶を」
「…………」
「え、えっと……」
今すぐにでも噛みついてきそうな表情で、ポチは僕の方を見ていた。
レイアは特に慌てる様子もないところを見ると、やはりフェンリルといっても危険はないようだが、間近で見ると迫力が段違いだ。
そんなポチの第一声は――
「わんっ」
「……!? な、鳴き声は犬なのか……!」
そんな巨体に対して、鳴き声は普通の犬だったのだ。
時折感想でも頂きますが、主人公とヒロインの会話文のやり取りが一番多くなるタイプの作品なので、苦手な方は申し訳ないです。
元々そういうところが書きたかったので……。




