25.魔物大戦
パラパラと天井から崩れた土が落ちてくる。
ズゥンという大きな地鳴りが発生するたびに、それは起きていた。
明らかに異常な事態が続いている――冒険者達の中にも少しずつ動揺が広がっている。
先ほどとの地鳴りはまた起こり始めたのだから当然だ。
僕にはその理由が分かってしまうから困る。
「やっぱり何かいるのかしら……?」
「は、ははっ、そうかもね」
僕は引き攣った笑顔を作ってそう答えるしかなかった。
レイアは信じてほしいと言っていたが、どう見てもギガロスとヤーサンが暴れているようにしか思えなかった。
(ヤーサンがこんな風に暴れられるとは思えないし――やっぱりギガロス……? でも、ギガロスの元々の攻撃力を考えたら加減はしているのかな……?)
そんな風に考えてしまう。
ギガロスはそもそも対国家用のゴーレムだ。
それが坑道一つを破壊せずに動いているのだとしたら、十分加減しているとは言える。
だが、仮に手加減をしていたとしても坑道一つを破壊する事は問題なくできてしまうだろう。
そしてもう一つ、ギガロスが原因だと思われる現象があった。
「それにしてもまた暑くなってきたわね」
「確かにそうだな。さっきのゴーレムになんかやらせてんのか?」
「一応、魔物を少し片付けるようには指示してあるけど……」
結局、あの二体も別の場所で戦わせていると説明する羽目になった。
ギガロスもヤーサンも僕の扱うゴーレムと魔物という事になっている。
それだけで受け入れられたのはありがたい事だけれど、そのどちらも《魔導要塞アステーナ》を守護する管理者である事は誰も知らない。
(そんな魔物がこんな坑道に出張ってくるとは思わないよね……)
僕だって知らなかったらそう思わない。
ギガロスは見た目が変わっているし、ヤーサンについては伝説のカラスとされる《ヤタカラス》とはいえ、見た目はただの丸いカラスだ。
けれど、あの二人が何かしていると思われるのは確実な揺れ具合だった。
「レイア、聞こえる?」
また少し離れたところで、レイアに話しかける。
通信用の魔導具とは便利なもので、離れたところの相手とも話す事ができるのだ。
だから、知りたくもない事実も聞いてしまう事もある。
『待ちなさい!』
「あ、レイア――」
『このままだと坑道が崩れるじゃないですかー!』
「……え?」
『! マスター、どうかしましたか?』
「いや、今坑道が崩れるとか……」
『まさか、私がそんな事言うはずないじゃないですか?』
「レイア……?」
『イウハズナイジャナイデス、カ?』
「怖い感じで誤魔化そうとしてるよね!?」
僕の突っ込みに、レイアはこほんと小さく咳払いをする。
レイアにしては珍しくかなり動揺しているのが伝わってきた。
そして、唐突に語り始めた。
『マスター、ギガロスとヤーサンは頑張っているんです』
「うん、それは分かるよ」
『二人とも、マスターのために尽力しているわけです』
「……ありがたい話だね」
『少しやんちゃなところもあるけど可愛げもある――そうは思いませんか?』
「ここで論点ずらしてきたね!? 二人に優しくするように伝えたの!?」
『嫌よ嫌よも好きうちと申しますので……』
「この坑道を破壊するのはガチでダメなやつだから!」
『はい、分かっています。心配せずともすぐに止め――あっ』
「な、なに?」
『申し訳ありません、マスター。ギガロスがどこかに落ちました』
「どこかってどこ!?」
その直後、ズズズ――という大きな音が僕の近くから聞こえる。
ギガロスは地下の方に行ってしまったのだろう。
明らかにオーバースペックで暴れた結果だ。
やはり、地鳴りの原因はギガロスにあったらしい。
『ギガロスから止めるつもりだったのですが……』
「い、いいよ。ギガロスの方は僕が行くから」
『分かりまし――あっ』
「今度はなに!?」
『ヤーサンも滑り落ちました』
「ええ……?」
ギガロスとは別の方向から、ズズズズズという大きな音が聞こえてくる。
一体あの小さな身体からどうやってこの大きな音を出しているのだろうか。
ただ、地鳴りの原因はギガロスだけでなく――ヤーサンにあるという事も何となく分かった。
「と、とりあえず両方追いかけるよ!」
『あっ』
「まだ何か!?」
『いえ、マスターが興奮した様子だったので少し色っぽい声を出したら別の方向に興奮してくれるかと思いまして……』
「色んな意味で興奮してるけどね!?」
『マスターにしては積極的な発言……!』
「後でいくらでも付き合ってあげるから今はヤーサンとギガロスを何とかしよう!?」
『はい、承知しました』
「切り替えはや!」
レイアがヤーサンの後を追って地下へと移動する事になった。
僕もギガロスを追いかけて地下へと下りるつもりだったが、ズズズズッと下から盛り上がるような音が響き渡る。
地下でまたギガロスとヤーサンが何か始めたのかと思ったが――
「何か来るぞ!」
前方の冒険者が叫ぶ。
ドンッと地面を割るようにして現れたのは――巨大なクモの魔物だった。
漆黒の毛色に、大きな八本の足。
「キシャアアアアアアアッ!」
「ク、《クイーン》だッ!」
冒険者の一人がその姿を見て叫ぶ。
そこにいる冒険者達はみな、クモの魔物を見て驚嘆している。
だが、僕だけは別の物を見て驚きの声を上げてしまった。
「えええ!? ギガロスの剣とヤーサンが突き刺さってる……!?」
黄土色の剣と――丸みを帯びた小さなヤーサンがクイーンと呼ばれたクモの魔物の背中に突き刺さっていたのだ。




