22.《七星魔導》
「こんな見計らったようなタイミングで……しかもお姫様抱っこ……! ああ、こんな事されたら私――マスターは私を殺す気ですか!?」
「助けにきたんだけど!?」
見た目以上に軽い身体のレイア。
見れば右腕の肘から先が無くなっており、あちこちに傷が目立つ。
レイアの戦闘力は決して低いわけではない。
そう考えると、単純に相手が強いという事もあり得る事だったが……そういうわけでもないらしい。
「レイア……一体いくつ魔法を展開したままなんだい?」
「ふふっ、乙女に秘密は付き物ですよ」
「そこ隠すの!? ……まあ、後で話は聞くけどさ。僕もギガロスとヤーサンに任せてこっち来てるし」
「あの二人は無事マスターのところまで向かったのですね」
「うん。どういう指示したのかも後で聞きたい……」
「……?」
レイアが疑問に満ちた表情で僕を見る。
珍しく本当に分かってなさそうな表情だった。
いや、下半身を守るってどういう事なのって話なのだけれど。
「はじめまして、私の名はブレイン。君がその魔導人形のマスターかね」
「うん、僕はフェン――冒険者をやってる。言っても無駄だとは思うけれど、人の物に手を出すのは良くないよ」
「そ、それは『お前は俺の物だ』っていう遠回しのプロポーズですか?」
「この状況でその解釈はおかしくない!?」
「戦場で二人きりなら愛の告白があってもおかしくないですよ!」
「いや二人どころか十人超えてるよ!? 周りよく見て!」
「私にはマスターしか見えません……」
「見せつけてくれるではないか。ますますほしくなったよ、君の魔導人形」
僕とレイアが話をしている間に、十一体の魔導人形が周囲に展開する。
それぞれが少女の姿をしているが、レイアに比べるとやや人形感が強い。
「魔導人形を使う割には、あまりこだわりがあるように見えないね」
「それはそうだ。これらは道具。普段使うのであればその用途に合った使い方をするのが当然。君の人形は純粋な観賞用だ」
「私に見られて興奮する趣味はありませんが、マスターにだったら……」
「ここでその返答はいらないかな!」
「むしろ乱暴に道具扱いしてくださっても、いいんですよ?」
レイアが僕の事をちらりと横目で見てくる。
何を期待しているのか分からないけれど、僕にも見るだけで興奮するような趣味も、レイアのような人間に近い感性を持った者を道具扱いする趣味もない。
「レイアを道具扱いはできないよ」
「嫁にしかできないですか?」
「言ってないね!?」
「痴話喧嘩はそろそろ終わりにしてもらってもいいかな」
ブレインの言葉と同時に、十一体の魔導人形が構える。
いずれも僕とレイアを狙って「何か」を飛ばそうとしているのは分かった。
「マスター、私はまだ戦えます。マスターの手を煩わせるような相手では――」
「いや、もうそのタイミングは過ぎているよ」
「……は?」
ブレインが間の抜けた声を上げる。
ブレインが周囲に展開した魔導人形を全て、僕が地面から伸ばした岩の槍で貫いたからだ。
「《地雷針》――複数の相手には便利だけれど、加減が難しいね」
「な、何者だ。お前は……魔法を発動するタイミングなど……それにこの魔法は――」
「僕が何者かなんていうのはどうでもいい事だよ。けれど、あなたは僕を狙うだけならまだしも……他の冒険者も狙っていたね。それに、レイアもこんなに傷付けて――狙われる事には慣れているけれど、巻き込むのは良くない事だよ」
魔導人形達を貫いた岩の槍は先端が返しとなっており、魔導人形の動きを封じる。
およそ複数体の魔導人形を指揮するのであれば、その魔導人形自体を封じてしまえば魔導師の方は何もできなくなる。
「魔導人形っていうのは一体で十分なんだ。こういう使い方はあまりオススメしないよ」
「それはマスターが純情で一途という――」
「ここ真面目なところだから!」
ボロボロになってもレイアの性格は変わらなそうだった。
いや、実際には僕の知っているレイアとは違うのだけれど。
「リオ……霧を!」
「承知、しました」
ブレインの指示と同時に、一体の魔導人形が身体から霧を噴射する。
撤退するための妨害魔法なのだろう。
一瞬で周囲は濃い霧に包まれる。
「マスター、敵に逃げられます……!」
「そうだね。けれど、目的は達成したから」
「なっ……見逃す必要などありません!」
「レイア、今の僕の目的はレイアを助ける事であって、あの魔導師を追いかける事じゃない。周りの十一体もまだ動いてる」
動きを封じたとはいえ、魔導人形はまだ攻撃を仕掛けてくる事はできる。
その程度の攻撃くらいならば避けて追う事もできるだろうけれど、すでにやるべき事はやってある。
「一先ず、ヤーサンとギガロスも心配だからさ……」
「あっ」
レイアもその言葉を聞いて気付いたらしい。
彼ら二人には坑道内にいる冒険者の護衛を任せてしまったが、正直放っておくのは心配だった。
大丈夫だろうとは思うけれど、今はそちらの方が心配だ。
「まずは坑道に戻ろう。レイア、歩けるかな?」
「……はい、大丈夫です」
レイアを地面に下ろす。
霧が晴れた頃には、周囲の魔導人形の動きは完全に停止していた。
坑道まで真っ直ぐきたから、戻るのはそれほど苦ではない。
早めに坑道に戻ろう――
「お待ち下さい、マスター」
「ん、何か問題があった?」
「いえ、マスター。純粋な質問です。マスターは――どうして坑道に戻られるのですか?」
僕は思わず足を止める。
レイアから切り出されたのは、そんな問いかけだったのだ。




