21.その人は
レイアが森の中を駆ける。
その動きに合わせるのは三体の魔導人形。
全員が中距離以上の飛び道具を使用できるが、レイアには関係がない。
地面を蹴って反転、距離を詰める。
二体がクモの糸を飛ばしてくるが、レイアはそれを切り払う。
残りの一体がナイフでレイアに仕掛ける。
「火力不足ですね」
ナイフを素手で掴むと、レイアは魔導人形を魔力の刃で両断する。
だが、両断された魔導人形から放たれたクモの糸が、レイアを捕らえた。
「!」
「捕獲」
残りの二体もそれに合わせて動く。
レイアの足元へとクモの糸を伸ばし、その動きを完全に封じようとする。
「無駄なことを」
レイアは身体を回転させながら、宙を舞う。
その勢いのまま身体に絡み付いた糸を切断した。
そのまま自由となった身体で、レイアは残りの二体を両断する。
「これで十一体目――」
いなくなった二体を含めればこれで全員だ。
あとは魔導人形の主であるブレインを制圧すれば終わる――これを、レイアはすでに四回迎えていた。
「いやぁ、見事だね」
カチャリという奇妙な音と共に、ブレインの声がレイアに届いた。
そこにいたのは、先ほど倒した八体の魔導人形。
「……『私が倒れても第二第三の私が』っていう、魔王が遺した名言があるらしいですね」
「この状況にピッタリかね?」
「ええ、第二第三のあなたが現れようと、所詮は滅びたあなたと同じですと返してあげたいところです」
レイアが再び向き直る。
無理やり動いていたために軋む身体。
そして何より、フエンの事が気がかりだった。
(この程度の魔導人形にマスターがやられるとも思えませんが……マスターは心優しいですからね。他の冒険者を守ろうとして庇うなんて事も……)
坑道にはヤーサンとギガロスがいる。
いずれも単独で国家戦力に相当する強さを持っているが、狭い場所での戦闘には向いていない。
それに、フエンのところに向かっているかも分からなかった。
(――とはいえ、彼らなら私の意図を汲み取ってくれると思いますが。くっ、本来ならば私がすぐにでもマスターのところに駆けつけるというのに……!)
「では第五ラウンド……今度は何十秒かかるかな?」
「っ!」
同時に八体の魔導人形が動く。
先ほど破壊した魔導人形の修復も始まっていた。
レイアは単独での戦闘能力は低いわけではない。
だが、五百年に渡る要塞運営の結果、レイアは現在複数の魔法を同時に制御している状態にある。
レイア自身が手を下すのではなく管理者を使うのは、その点が大きかった。
(アルフレッドさんの死霊術を解除してしまうと暴走してしまうかもしれませんし……)
そのとき、まだ修復の途中だった魔導人形からクモの糸が伸びる。
レイアの反応が一瞬遅れた。
「しまっ――」
その糸は、レイアの千切れた腕の方に絡み付き、動きを封じる。
八体同時に糸を伸ばし、レイアの動きを封じようとする。
「同じ手ばかり……!」
だが、今度はレイアの動きが止まる。
間接部を狙い、完全にレイアの動きを静止させたのだ。
「ようやく振り出しのようだね。改めて見ると、メイド服で傷付いた女性というのは映えるものだ」
「……そういったプレイでしたらご自身の魔導人形でされたらどうですか?」
「嫌がる相手でなければ面白くはないだろう?」
「最低ですね……」
「まあいい。君の主を殺すつもりだったが、君をこのまま持って帰れそうだ。暴れられるのも面倒だ……一先ずは核だけ取り出しておこうか」
「……!」
レイアは身体を動かして抵抗するが、クモの糸が完全にレイアの動きを封じていた。
(戦闘は管理者の皆さんに任せすぎていたようですね。私とした事が……)
魔導人形の一体が前に出る。
大きな手は鉤爪のようになっており、素材の中身を取り出すように作られているのだろう。
レイアの胸元へと迫ってくる。
(こうなれば……)
レイアは魔力を核の方へと流し込む。
奥の手というのは最後まで取っておくものだと、用意しておいた。
(これでマスターを害する者は……)
――君は僕が初めて作った魔導人形だからね。だから、君の名前は――
「!」
(何故、このタイミングでそれを……)
レイアが思い出したのは、かつての記憶。
まだ、レイアが魔導人形として作られたばかりの頃の事。
その一瞬の思い出が、レイアの判断を鈍らせた。
鉤爪がレイアの身体に突き刺さる。
「では、頂くとしよう」
「――いや、それは無理だね」
ブレインの言葉に答えるように、そんな言葉がレイアの耳に届いた。
気が付けば、傷付いたレイアの身体を支えるように、その人はそこにいた。
「マ、マスター……!?」
「色々とあったみたいだけど、一先ずは間に合ったかな」
レイアに対し、フエンが優しく微笑む。
鉤爪を持った魔導人形の腕はバラバラと砕け散り、地面へと転がっていた。




