20.守られる貞操
「ねえ……」
「ん、どうかした?」
フィナは額をぬぐいながら、周囲を確認する。
坑道に入ってから数十分。
魔物を倒しながら僕たちは進んでいた。
「さっきから暑くない……?」
「あー、分かるぜ。坑道に入った頃は涼しいくらいだったんだが」
フィナの問いかけに、他の冒険者達も頷いた。
確かに、少し暑いとは思う。
先ほど坑道の外にいたときは何度か地鳴りがあり、中ではとんでもない事が起こっているのではないかと思われたが、実際のところ坑道内にいる魔物の強さも先ほどとは変わらない。
正直、少しホッとしている。
(これなら別れたチームも大丈夫かな……)
現在は三チームほどに別れて行動していた。
僕はフィナと同じ坑道の中心部。
一番魔物が多くいると思われる場所だった。
僕の実力からしてそこが妥当だという話もあり、僕もそれに同意した。
Eランクの冒険者に頼るのは本来あり得ない事らしいけれど、フィナが信頼を置いているという事でチームメンバーも同意してくれた。
正直、フィナの話だけでここまで信頼するなんて大丈夫なのかとも思っている。
(仲間なんて――いつ裏切ってもおかしくないのにね)
僕の経験から言わせると、その気持ちの方が強かった。
それでも、僕がここにいるのは、結局五百年という月日が経っても僕という人間は変わってないという事だ。
(結局、僕は――)
「待て、前方から何か来るぞ!」
前を行く冒険者がそう言い放った。
虫系の魔物ではないという事は、僕にもわかる。
いや、むしろかなりそのフォルムに見覚えがあった。
(あ、あれって……)
コロコロと勢いよく、それは転がってきた。
黒くて丸い身体。
時折垣間見える黄色い三本足と嘴。
そして、「かぁー」という坑道内に響く鳴き声。
「ヤーサン!?」
「ヤーサン? 知っているの?」
「あ、いや……」
思わず口にしてしまったが、ヤーサンは《魔導要塞アステーナ》の管理者ではあるが、相当小さい。
僕でも許容できるくらいだし、彼らでも大丈夫だろう。
「うん、僕の……ペット?」
「何で疑問系?」
フィナに聞き返されて、僕は言いよどむ。
話してヤーサンはペットと呼ばれて怒らないだろうか。
結構男前な話し方みたいだし……まあ、ここなら大丈夫か。
「なんでフェンのペットがこんなところに――」
「かぁー!」
前方の冒険者の問いかけを遮るように、ヤーサンが大きな声で鳴く。
そして、全員の間をすり抜けたかと思えば、僕の下半身にピタリと背中合わせで貼り付いてきた。
「なっ……ど、どうしたの? ヤーサン」
「かぁー」
短い羽をバサバサと広げ、謎の技術で貼り付いてくるヤーサン。
その必死さはまるで僕の下半身を守るかのようで――
「わははっ! ペットに股関守らせてんのか?」
「い、いや……こんな事してこないんだけど……!」
「ふっ、ふふ。ちょっと、笑わせないで」
フィナも含めて、冒険者達に笑われてしまう。
それはそうだ。
不意にやってきたペットに下半身を守られる人間など、僕だっておかしいと思う。
「ちょっとヤーサン……! 一旦離れてくれるかな?」
「かぁー!」
ヤーサンを引き離そうとするが、謎の技術により剥がれない。
いや、ほんとうにどうやって貼り付いているんだろう。
柔らかいヤーサンの身体を強く握るわけにもいかず苦戦していると、ジィンという奇妙な音共に、壁から突如赤い剣のような物が飛び出してきた。
「こ、今度はなんだ!?」
「この熱量……!」
僕ですら、それを見て驚く。
先ほどから坑道が暑い理由が、一目で分かった。
今、僕達の目の前に現れようとしている存在が原因なのだ。
和やかムードが一転、今度こそ臨戦態勢に入る。
僕も《灰狼》の時以上に警戒する。
(これだけの熱量を出せるなんて……僕の作ったギガロス並みだ……! そんな魔物が生息していたなんて――え?)
だが、壁を円形状に引き裂いて出てきたのは予想外の姿だった。
そこにいたのは土色の鎧を着た――大柄の騎士だったからだ。
足から兜に至るまで、その姿は同じ色をしている。
手に持った剣はすでに輝きを失い、がっしりとしているが鋭さのあるフォルムは正直格好いいと思う。
全員が、息を飲んでその姿を見る。
土色の騎士は静かに、こちらを見据えていた。
「あ、あんた……冒険者、か?」
「――――」
重低音の金属のような音が響く。
仲間の冒険者の問いかけへの答えは、僕には理解できてしまった。
「マスター、守りにきた」と、土色の騎士は言ったのだ。
ゴーレムの言っている事は、僕にも分かってしまうのだ。
「……!?」
(マスターって僕の事……? あ、あの胸元のマークって……!?)
僕はそれを見て気付いた――気付いてしまった。
土色の騎士はおよそ僕の知っている姿とは程遠いが、十字の傷のようなマークは僕がよくゴーレムに使うものだ。
《七星魔導》の扱うゴーレムの証。
そして、ゴーレムが使う熱量で導き出される答えは――
「ギガロス!?」
「え、また知り合い?」
「あっ、その……し、知り合いというか――」
僕が釈明をする前に、ギガロスは動き出した。
大きな身体で冒険者達の間を通り抜けていくと、僕の前に跪く。
そして、ヤーサンの前にそっと両手を添えた。
「は? え、何やってるんだ……?」
「――――」
重低音の声で、僕の問いかけに答える。
「貞操を守りに」とギガロスは言ったのだ。
「貞操……?」
「わははは! まさかあんたもフェンの股間を守りにきたのか!?」
「ちょ、笑わせないで……!」
「僕は何もしてないんだけど!?」
突如現れたヤーサンとギガロスによって何故か下半身を守られる羽目になる。
チームの皆に完全に笑われる状態になってしまった。
緊迫感がまたしても和やかムードになる。
後方を守る冒険者達が、またやってくる誰かに気が付いた。
「おいおい、後ろからもまた誰か来るぜ」
「またフェンの知り合いか?」
「な、まさかレイア!?」
ここまで来たらもう一人にしかいない。
そう思って僕は振り返るが、そこにいたのは複数の人陰。
「! 全員下がって!」
「え?」
「顕現せよ、岩の牢――《大地の牢獄》!」
僕はそれを視認すると同時に魔法を発動した。
向かってくるそれは、こちらに対して敵意を見せていたからだ。
こちらに辿り着く前に岩の柵が出現し、やってくる者達を阻む。
女性の姿を象ったそれは、《魔導人形》だった。
(魔導人形――それも複数体? 一体どうなってるんだ……)
「お、おお? これが《失われし大魔法》か……?」
「すげえ……って、あの嬢ちゃん達はフェンの知り合いじゃねえのか?」
「……そうみたいね。よく分からないけど、敵って事かしら」
「少なくとも、僕の友人ではないね……」
僕の魔法に冒険者達が驚く。
また、やってきた者達が僕の知り合いだと思っている者もいたが、僕の魔導人形はレイアしかいない。
ヤーサンとは会話できないけれど、ギガロスの方ならば可能だ。
僕はギガロスの方に向き直る。
「どうなってるのさ、ギガロス……あと、二人とも下半身から離れて?」
「かぁー」
「――――」
「え、レイアと連絡が取れない?」
ヤーサンは何を言っているか分からなかったが、ギガロスの言っている事は分かる。
ギガロスから告げられたのは、ここにはそんな事実だった。
書籍化企画が進行中となります。
詳細決まり次第、また活動報告に記載させていただきます!




