2.目が覚めたら自宅は要塞と化していました
「では……一先ず自宅の紹介から始めますか」
「うん――うん? 自宅の紹介?」
自宅の紹介――そんな事を言われて僕は思わず聞き返してしまう。
そんな僕に対し、レイアは頷いて答える。
「はい。五百年も経過しているので、多少なりとも改良はしておりますので」
「ああ、そういう事ね。それなら頼もうかな」
五百年という途方もない年月の経過――まだそれを実感できていない。
僕としてまずは外に出てみたいとも思ったけれど、レイアからの提案で家の方を確認する事にした。
――といっても、地下数メートルに僕の自室があり、そのほか工房が二つほど。
外は半径数十メートル程度の結界が張ってあるくらいの小さなものだった。
それが改良を加えたところで、精々地上にもう一軒くらい家が建っている程度だろう。
「ではまず、《第十七地区》からの説明を」
「うん、ちょっと待って」
「はい、何でしょう?」
「第十七地区って何?」
「説明と言っても全部回るのには時間がかかると思いますので、地図で上から順に説明しようかと」
「え、何? 地図!? 地上に十七地区もあるって事!?」
「あっ、なるほど。まずは《魔導要塞アステーナ》全体の説明からの方が良かったですね」
「魔導要塞アステーナ!?」
もはや多少という言葉はどこからやってきたのか、という規模だった。
次から次へと出てくるレイアの言葉に、僕は開いた口が塞がらなかった。
そう――僕がいる場所は第十七地区と呼ばれる場所らしい。
レイアが構造を決めているようだが、そう呼んだのはレイアではなく外の人々だという。
「五百年前――マスターが眠りについてから数ヶ月ほどで刺客は送られてきました。私も始めの頃はただ撃退していたのですが……マスターを確実にお守りするためにはこの守りでは薄いと私は判断しました。なので、勝手ながら自宅を改良させていただきました。それがこの魔導要塞アステーナになります」
「か、改良っていうか、改造だよね……? とりあえず地図を見せてもらってもいいかな……?」
「はい、こちらです」
「なっ……!? 何だこれは!?」
ぴらりとテーブルの上にレイアが地図を広げる。
そこには、僕の想像を超えるものが広がっていた。
「これが僕の自宅なのか!? 数百メートル規模もあるじゃないか!」
「はい、マスターを守るためにはこれくらい必要でしたので」
「ま、守るために必要だったって……こんなに必要なのか!?」
「はい、必要でした。マスターを守るために」
「そ、そうなのか……」
「はいっ」
にっこりとした表情で答えられ、僕も押し黙ってしまう。
ただ、明らかに異常だとも言えるレベルの広がり方をしていた。
まず地下構造――現在数十メートル地点に僕の自室はあるらしい。
部屋ごとレイアが地下の方へと深めたらしいが、さらにその上には幾重にも階層が作り出されている。
ダミーの部屋をいくつか作成し、万が一の侵入に備えたのだという。
ただ、十七地区と呼ばれているように、僕のいる地下どころか十七地区に辿り着くまでにはいくつもの地区が存在している。
第一地区を筆頭に、一桁の数字を持つ地区で囲われ、その内部に二桁の地区が存在している。
それぞれに謎の名前が書かれていた。
「第一地区……管理者……? これは?」
「以前怪我をしてこの付近にやってきた騎士がそこで息絶えたのですが……その時どうやら首を持って行かれたらしいのです。ですが、その騎士は首がない状態で蘇りました。せっかく優秀なアンデッドを見つけましたので、私は彼を仲間に引き入れたのです」
「な、仲間にって……それデュラハンじゃないのか!?」
「そうですが……何か問題がありましたでしょうか?」
「い、いや……問題というか、そういうの扱えるのって死霊術使いが専門だよね?」
「マスターしました。マスターのために、なんちゃって……うふふっ」
さらりとそんな事を言ってのけるレイアに、僕は戦慄する。
他にも記載のあるものを指差して問いかける。
「この第二地区の《ギガロス》っていうのは……?」
「覚えていませんか? マスターが作り出した対国家戦用ゴーレム」
「あ、ああ。どこだっけ……《フロイレイラ》王国にいた時の切り札として作ったやつ――って、あれ!?」
「はい。すでに使えなくなっていたものを私が再び動けるようにしました」
「再び動けるようにって……」
「マスターのためですから」
――十七地区分の管理者を聞くのはやめた。
やめた方が僕のためだと思った。
やはり、この五百年という時の流れを実感させてくれるのは、目の前にいるレイアという魔導人形の変化だった。
明らかに、彼女は明確な個人としての意思を持っている。
それが幸いにも僕への強い忠誠心に特化しているようだが、レイアはこの五百年でとんでもないほど成長している。
そもそも――長い時が経過していたとしても、これほどの規模の要塞と呼べるものを作り出したのだから。
ただ、これもすべて僕を守るために必要だった――そう言われてしまうと、僕も強くは言えない。
そもそもレイアに言ったのは、僕自身を封印している間の僕の護衛と、何かあった時に起こすようにという事だ。
何か、というのはレイア一人では対処できないような出来事を想定している。
だが、彼女は想定している以上の事が起こる前に、対応する施設を広げていってしまったのだ。
その結果が、魔導要塞アステーナなのだろう。
僕の姓――アステーナが使われている時点で色々と嫌な予感はするが。
「……ちなみになんだけど、この要塞の主とか、そういうのは広まっているのかな?」
「それはもちろんマスターです」
「や、やっぱり……?」
「はい。あ、ですが今のマスターは《七星魔導》ではありませんよ」
「あっ、そうなんだ。それじゃあ、僕よりも優れた人が集まって――いや、五百年も経過しているんだからとっくに死んでいるって思われてるのかな」
思えばそうだ。
これだけでかい要塞に僕の姓が使われていて、その主が僕だったとしても――もう五百年も経過している。
ひょっとしたら、僕より優れた魔導師もいっぱい輩出されているのかもしれない。
そんな風に思った僕の考えを、レイアがすぐに破ってくれた。
「今のマスターは《魔導王》フエン・アステーナ――この地上において、最強の要塞の主であり、最強の魔導師としてその名を刻み続けている存在となります」
「……は?」
僕はそれを聞いて、再び開いた口が塞がらなくなった。
五百年経過した結果――僕の評価は最強の魔導師の一人から、地上最強の魔導師になっていたのだから。
「いやいやいや! 僕何もしてないけど!?」
「それはそうですが……この魔導要塞アステーナは世間一般では超高難易度ダンジョンとして広まっていますし……」
「超高難易度ダンジョン!?」
さらに言うと、僕の要塞となってしまった自宅はダンジョンとして扱われているらしい。
……どうしてこうなった。