19.人形使い
『かぁー?』
『――』
「ギガロス、ヤーサン。聞こえていますか? すぐにマスターの――」
その瞬間、レイアの言葉を遮るように糸が耳元をかすめた。
通信用の魔道具を破壊されたのだ。
「誰と連絡していたのか知らないが、私と話をしてもらってもいいかな?」
「……」
レイアは捕らえられた状態でも動じる事なく、男達を見た。
魔導人形はそれぞれがレイアの動きに対応できるように構えており、その数は十三体。
その中心部に構えるのは頬がこけた長身の男。
ローブを羽織り、胸元には《黒竜》を象ったエンブレムが見える。
(《黒竜》のエンブレム……《黒印魔導会》でしたか)
ここ百年近くは、フエン・アステーナに宛てた手紙も来る事はなかった。
それでも、レイアはある程度の勢力は知っている。
フエンには世界は平和になったと伝えたが、それはあくまで五百年前に比べればの話だ。
色々なところで事件が起こるというのは変わらない。
今まさに、目の前でそれが起こっているのだから。
「『素材』集めでしたらそこらの魔物でも狩ってきていただければ。私は魔物ではございませんので」
レイアはそう言いながら、自身に巻き付いたクモの糸を引っ張る。
ギリギリと音を立てながら、クモの糸は徐々に細くなっていく。
「素晴らしい。まるで人間のようだな」
男はそう言うと、魔導人形達に合図をした。
その合図とほぼ同時に展開した魔導人形は、新たにクモの糸をレイアへと伸ばしその動きをさらに抑制する。
踵の部分から杭のように鉄が伸び、魔導人形は身体を固定した。
(この『糸』の頑丈さ……通常のものではありませんね)
「いやぁ、実に可愛らしい……ああ、申し遅れた。私の名はブレイン・コーストンと言う」
「別に聞いてはおりませんが」
「この状況下でも反抗的な態度……魔導人形だから当然と言うべきか、それとも魔導人形らしからぬ美しさと言うべきか……とにかく素晴らしい!」
見た目に寄らずやけに暑苦しいブレインの態度に、レイアは眉をひそめる。
ブレインの目的はすでに分かっていた。
レイアの身体、つまり魔導人形であるレイアを欲しているのだと。
「マスターにもこれくらいの情熱があれば私も苦労しませんが……あなたのような方に迫られても困ります。私の全てはマスターの物ですので」
「マスターというのは、君を作った人の事だね。いやはや、是非お会いしてみたいものだよ。どうやって君のような魔導人形を作り出したのか……。もしかして先ほどの連絡相手だったかな?」
「さあ、どうでしょう。少なくとも、マスターは森でナンパをするような暇人とは違うんです。あなたに会わせる予定などありません。あなた方も主を選べず大変ですね」
「……」
魔導人形達からの返事はない。
複数体いる分、一体一体の質はそこまで高くないようだ。
むしろ、戦闘に特化させているようにも見える。
「はははっ、そうかね。それは残念だ。私もあの坑道の掃除を依頼した身として、仕事の具合と素材集めにきたのだけれど、随分と派手にやる者もいたものだね」
「! あの坑道はあなたの所有物ですか」
「ん、その通りだよ。もしかして、君のマスターはあの坑道で仕事をしているのかな?」
「……だとしたらどうだと言うのです」
(まずいですね……マスターのお仕事の依頼者が相手となると、マスターの仕事にも支障が――)
「マアル、カナン。坑道にいって待機させている魔導人形と共に冒険者達を始末しろ。そうすればこの子は誰の――」
ブチンッという大きな音がブレインの言葉を遮る。
ブレインが驚きの表情でレイアを見た。
「ああ、私がキレた音ではありませんよ。少し勢いあまって腕が千切れた音ですから。ですが、私を狙うならばまだしも……マスターを狙うというのであれば見過ごすわけにはいきませんね。どのみち、見過ごすつもりもないですが」
レイアはあくまでそう冷静に答えるが、その表情はすでに殺意に満ちていた。
アルフレッドが相手をしている男達の時とは状態が違う。
ギリギリと他の部位まで千切れそうなほどに糸を引っ張りあげる。
「いけ。マアル、カナン」
「承知しました」
二体が動き始めると同時に、レイアの千切れてしまった肘から先に魔力で作り出された刃が出現する。
身体に巻き付くそれを切り裂き、レイアは魔導人形達と向き合った。
本来ならば、レイアが今すぐにでも坑道にいるフエンのところへと行きたいところだったが――
「君をこれ以上傷付けたくはないのだが……仕方ないね」
「傷付く事など私は気にしませんよ。ですが……これだけの数の魔導人形だと、数秒はかかってしまいそうですね」
無理やり動いた事で、レイアの身体のあちこちが軋んでいた。
けれど、レイアはそんな事は気にしない。
余裕な態度のブレインに対し、レイアはそう言い放ったのだった。
***
「かぁー?(聞こえたかよ、ギガロス)」
「――(ああ)」
坑道内の管理者達のみが通信可能という状態になっていた。
レイアの身に何かが起こったのかもしれないが、彼女が最後に言い残したのは「すぐにマスターの」という言葉だった。
「かぁー?(すぐにマスターの……貞操を奪え?)」
「――(言いそう)」
「かぁー(奪うならむしろ本人が行くか)」
「――(かもしれん)」
「かぁー?(じゃあ、すぐにマスターの貞操を守れ?)」
「――(女の子か)」
「かぁー(似たようなもんだぜ)」
「――(かもしれん)」
どのみち護衛するのはフエンである事には変わらない。
レイアとの通信が途絶えたのならばと、二人の考えは一致した。
ヤーサンは横道に逸れて、コロコロと下の方まで転がっていく。
ギガロスはサンフレアに魔力を流し込む。
赤く輝きを放つ剣を地面に突き刺し、下の方へと移動を開始した。
それぞれの管理者が、フエンのいる場所を目指したのだった。




