16.冒険者として
翌日、僕は三日目にして町で冒険者登録をするために出掛けた。
すでに灰狼を倒した、という話が広まりつつあるみたいだけれど、それだけならまだ襲ってくるような人はいないと信じたい。
そもそも襲われる理由はないし。
そう思っていたけれど、ギルドで一悶着もあった。
レイアは心配ないとか言っていたけれど、彼らがアルフレッドさんのところまでたどり着いているのならそれなりの実力者なのではないだろうか。
まあ、僕自身アルフレッドさんに会った事はないのだけれど。
「これでいいかな」
「はいっ。書類を確認させていただきますね」
ギルドの受付の少女、マリーに書類を手渡す。
赤く長い髪を編んで後ろで束ねている。
まだ幼さの残る顔立ちをしているが、元気がよく仕事も早かった。
「確認できましたっ。フェン・ガーデンさんの冒険者カードを発行させていただきますねっ」
「うん、よろしくね」
一度フィナにフエンではなく、フェンと名乗ったためにその名前を使う事にした。
ガーデンというのは、僕の生まれた地方の名だ。
今となっては名前も変わってしまっているみたいだけれど。
「はい、こちら冒険者カードになりますっ。フェンさんは灰狼を倒したっていう風に噂になっていますけど……」
「あ、うん。証明できるわけじゃないから」
「ごめんなさい。フィナさんが嘘をついているとも思えないんですけど、一応ギルドの規則でEランクからのスタートになります」
申し訳なさそうに言うマリーだったが、僕としては何の問題もない。
いきなりCランクやBランクの冒険者からスタートとか言われて難癖つけられても困るし。
「本当ならAランクスタートでもおかしくないんですけど……」
「そ、そうなんだ」
それでは冒険者としては最高ランクになってしまう。
最初からAランクというのはさすがに目立ちすぎてしまう気がする。
いい意味で目立つ分にはいいけれど、悪目立ちはしたくなかった。
だからこれくらいで丁度いい。
幸い、灰狼を倒したという話だけで僕の事を悪く言うような人はほとんどいなかった。
一部疑っている人もいるみたいだけれど。
「登録が終わりましたか、マスター」
「うん、一応これで僕も冒険者だよ」
待機していたレイアと合流する。
これで自由気ままな生活をスタートさせよう。
そう思って早速掲示板の方を見に行くと、
「では、次はどの伝説の魔物を狩りに行くのですか?」
不意にレイアがそんな事を言ってきた。
「そんなの行かないよ。僕は冒険者として初心者なんだから、一先ず薬草とか魔石集めでもするところからかな」
「そのくらいの事でしたら、ポチかヤーサンに頼めばいくらでも持ってきてくれますよ」
「そ、そういう生活をしたいわけじゃないから」
ヤーサンは丸々太ったカラスなのは分かっているけど、ポチは確か名前は犬っぽいけどフェンリルだ。
僕が《七星魔導》と呼ばれていた頃の伝説の魔物と言えば、それこそ彼らが該当する。
フェンリルがこの辺りで薬草集めしている姿なんて見られでもしたら、それこそ大問題だ。
「僕のできる事は僕がするから。そのための冒険者登録なんだよ?」
「なるほど……さすがマスター。小さな事もコツコツと、というわけですね」
「そういう事」
珍しくレイアから真っ当な返事をもらって少しだけ驚く。
町中だとまあまあ普通……なのかな。
「フェン!」
不意に声をかけられて、僕は振り返る。
先日、僕が助けた冒険者のフィナがいた。
「冒険者登録が終わったのね」
「うん。これから薬草集めでもしようかと思ってさ」
「えっ、あなたほどの実力者ならもっといい仕事があるわ」
フィナがそう言って、掲示板に貼られている一枚の紙を手に取る。
それを僕に渡してきた。
「これ、今結構な人数を集めてるところなんだけど」
「坑道の魔物の討伐……?」
そこにあったのは、町から少し離れたところにある坑道の解放を依頼する仕事だった。
以前は魔石の発掘でよく使われていた坑道らしいけれど、魔石には魔物も集まってくる事が多い。
そこは魔物の住処となってしまい、現状ではそれなりの実力者しかここでは魔石を狩りにいけないという事だ。
「坑道の持ち主からの依頼でね。人数がいてもそれなりの報酬は出るし、悪い依頼じゃないと思うわ」
「うーん、確かに悪くはなさそうだけれど」
フィナも参加するという事はそれなりの難易度の依頼、という事になるのではないだろうか。
一応、依頼内容はEからSランクと幅広い層が受けられる事になっている。
実力者のない冒険者でも、倒せる魔物がいるからなのだろう。
「フィナさん、でしたか」
「ええ、あなたは……えっと?」
「私はレイア。ここにいるマスターに仕える者です」
「従者ってこと? そう言えばメイド服……フェンって結構お金持ちなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
当時ならお金には困っていなかったけれど、レイアが僕の使っていた物を交換したり、必要なものを購入したりするうちになくなってしまったらしい。
それは必要な事なので構わないけれど、早い話僕にはあまりお金がない。
「本日マスターはお花を摘みに行くのです。申し訳ないのですがお誘いはお断りさせていただきます」
「お花……? トイレならそこの角だけど」
「薬草だよ!」
「あ、薬草か」
「薬草でしたか」
レイアは知っているよね、と問いかけても「勘違いしておりました」と少しだけ笑みを浮かべて答える。
なんだかんだいつものレイアだった。
「それはともかくとして……マスターは今日薬草採取に向かいます。あなた方には同行できません」
「そうなの……残念だけど仕方ないわ」
「……いや、せっかくだし行こうかな」
「え、ほんと?」
「!? 」
僕の答えに喜んだ様子を見せるフィナと、ものすごく驚いた表現を見せるレイア。
レイア僕に小声で話しかけてくる。
「マスター……やはりこの女に気があるのですか?」
「いや……お金もまあまあもらえるっていうし。まあフィナは悪い子ではないよ」
彼女が集めるメンバーなら、僕にとっても悪い事にはならないだろう。
一応知り合いができる事だって悪い事ではない。
この時代に僕の知り合いはいないわけだし。
「そう、そうですか。しかし、魔法の方は?」
「迷ったけど、まあもう多少は広まってるし……後は見て覚えるよ」
「さ、さすがマスター……そんな事も軽々と」
「無理して褒めなくてもいいよ」
「……分かりました。仕事は受けるという事ですね」
レイアは少しだけ迷ったような表情をしたが、受け入れてくれたようだ。
僕は改めて、フィナに答える。
「それじゃあ、僕も行くよ」
「ありがとう。三十分後に東の森の入り口付近に集合ね」
「うん。レイアは先に戻ってもいいからね」
「えっ、私も行きますよ?」
「いや、一応冒険者としての依頼だから」
「そうね。レイアさんは冒険者ではないでしょ?」
「そ、それはそうですが……」
「大丈夫だって。この辺りの魔物のレベルなら心配ないよ」
僕はそうレイアに耳打つ。
レイアはまだ何か言いたげな表情をしていたが、小さくため息をつくと、
「分かり、ました。マスターのお帰りをお待ちしております」
「うん、かんばってくるよ」
初めての依頼は魔物の討伐。
僕はレイアと別れて、フィナと共に早めに集合場所へ向かう事にした。




