15.すべすべよりもふもふ
十七地区の地下はいくつもの階層に分かれている。
その最深部に僕がいた――まあ、本当はこんなに深いところにはいなかったんだけれど、レイアが移動させたらしい。
そこの階層には僕の自室や魔導師として活動するための工房がある。
レイアが手入れをしたり、劣化によって使えなくなったりしたものを新調してくれていたらしく、どれも使える状態で残っていた。
さすがに当時の魔物の素材なんかはもう残っていなかったけれど。
五百年物の魔石なんかもみると、それなりに価値もありそうな気がしないでもない。
「マ、マスター……そこはダメ、あっ」
「まだ何もしてないけど!?」
調整用のベッドの上で何故か一人身悶えるレイアに対して突っ込みを入れる。
「触られる前にイメージをしておこうかと思いまして」
「これから何をするか分かってるよね?」
「ふふっ、一体ナニをするんですか?」
「アクセントがおかしいよ!」
「ですが……私は服を着ていない全裸の状態――こんな状態でマスターは私の誘惑に耐えられますか?」
レイアはそんな問いかけをしてくる。
実際のところ、レイアは今一糸まとわぬ姿でベッドに横になっている。
僕は特に迷う事なく、
「うん。静かにしていてくれれば」
「もちろん、マスターが望むなら静かにします」
レイアは素直にそう言いつつも、表情は何か期待しているようだった。
調整と言いつつも、レイアは自分で身体の調整をある程度できるようにはしている。
五百年という長い時――僕にとってはそれほど長く眠っていた自覚はないのだけれど、レイアは想定通りに動き続けていた。
でも、これだけ長く動き続けた《魔導人形》というのも前例がないだろう。
――魔導人形というのは魔導師が作り出すものでは高度な部類の《魔道具》というカテゴリになる。
ゴーレムは簡単な命令をこなすだけならば、命令を書き込んでおく事でそれを可能とする。
魔導人形もまたそれに近いものではあるけれど、素体となるものは作る魔導師によってまったく違う。
例えばドラゴンの骨を素材として使う者もいるし、特に考えなければそのあたりにいる魔物を素材しても問題ない。
中には人間を素材にした――なんていう話も聞いた事はあるけれど、僕はそんな事はしない。
人間を素材にして作り出したものなんて、魔導人形ではなく疑似的な人間そのものだからだ。
お互いに同意の上であればそれで構わないのだろうけれど。
一応素材にこだわりはあって、《七星魔導》なんて呼ばれていると素材を集めるのにそこまで苦労はしない。
素材の買付なんかも楽にできた。
「それじゃ、少し見せてもらうよ」
「いつでもどうぞ」
僕が魔力を流し込むと、近くにある腕だけのゴーレムが動き出す。
魔力によって動くそれは、レイアの状態について確認する魔法を組み込んである。
レイアの状態としては破損部位もなく、人間で言えば完全な健康体――肌の質感なんかはむしろ僕が起きる前よりもよくなっているように見える。
「……うん? むしろ何でこんなスベスベなの」
「…………」
「いや、恥ずかしそうに視線を逸らされても分からないんだけど……」
「……? マスターはこういう方が好みなのかと思って静かにしていたのですが」
「そういう意味で言ったんじゃないよ! 必要な事にはきちんと答えてほしい」
「それはもちろん、いずれ目が覚めるマスターに喜んでもらおうと日々手入れを欠かさなかったので」
「手入れでこんな風になるんだ……」
「実際には素材をある程度入れ替えました」
「だよね!?」
レイア本人が自身を構成する身体を作り変えたという事になる。
魔導人形の記憶などを保持するのに使用する《魔石》で作り出した《核》はそのままらしい。
そこまで変えていたら、もはやレイアは僕の作り出した魔導人形とはまるで別の存在という事になる。
「でもこんなにいい素材――確かにレイアは頑丈だし強いけど、よく手に入ったね」
「女の子に頑丈とか強いとか言わないでください。かわいいとか美しいとかそういう方がいいです」
「……このかわいい素材はどこで手に入れたの?」
「これは第十一地区の管理者である《グリムロール》さんから素材を分けてもらいました」
「そ、そうなんだ……」
「ちなみにグリムロールさんは吸――」
「今度! 今度紹介して!」
レイアの話を聞くと不意に管理者の名前を聞く事になる。
レイアの身体のほとんどは僕の知っていた物とは大分変わっている。
けれど、動く分には問題ない――それならばよかった、と僕は納得する。
「うん、ありがとう。特に問題はなさそうだね」
「……え? 終わりですか?」
「うん。核の方も問題なさそうだし……必要なら調整しようかとも思ったんだけど、しなくても大丈夫そうだったから――」
「そういう意味ではなく! 私に対して何かないのですか!?」
「何かって……?」
レイアは全裸のまま僕の方に向き直ると、必死に訴えかけてくる。
「全裸で寝ている女の子が目の前にいて! 『ふう、今日もいい仕事をした。さて、コーヒーでも飲んで休もうかな。あ、レイア、コーヒー用意してくれる?』みたいな表情で帰ろうとして!」
「物凄く具体的な例を挟んできた!? ま、まあでもレイアの身体を見る事が目的だったわけだし。実際そういう気分でもあるけど」
「私の身体だけが目当てだったんですか!? 私の期待感をどうしてくれるんです!?」
「言い方! 間違ってはいないけど!」
「やっぱり! あ、でもマスターが身体を見たいというのなら――好きなだけ見てもいいんですよ?」
そう言いながらレイアが不意にベッドに横になり、自身の身体を見せつけようとする――
「かぁー」
「あ、ヤーサン。もう終わったから」
バタバタと必死に羽を動かしながら、ヤーサンが部屋の中へと入ってくる。
僕はそんなヤーサンを優しくキャッチする。
とんでもないもふもふボディの持ち主だ。
「かぁー」
「ん、やっぱりヤーサンはもふもふだね」
「……!? ヤーサンの身体に負けた……? そ、そんな……マスターは女の子ときゃっきゃうふふするよりも、かわいい動物と戯れる事が好きな見た目も心も女の子なんですね……」
「男でもかわいいものが好きな人はいるよ! ――っていうか、柔らかいものは大体いいでしょ」
「ヤーサンさえいなければ……!」
「ちょ、目が怖い! それととりあえず服着て!?」
物凄い殺意をヤーサンに向けるレイア。
僕は慌ててレイアをなだめるが、そんな僕達の姿を見てヤーサンは変わらぬ声で「かぁー」と鳴いただけだった。




