13.管理者《ヤーサン》
「えー、普通にかわいいじゃないか」
僕はやってきた丸々太ったカラスをキャッチする。
鳴き声はほとんど変わらず、高音と低音でやや違いがある。
ただ、ここまでやってくるのにヤーサンが出す鳴き声は、
「かぁー」
これしかなかった。
実際手に持ってみると、柔らかい羽毛と共に身体も温かく、抱きしめておきたくなるような感じがする。
まさに抱き枕にぴったりな存在だった。
「おお、柔らかい……」
「かぁ!」
「あ、ごめん。触られるの嫌だった?」
「かぁー」
「『別に構わない』と言っていますね」
「あ、ほんと――え、レイア分かるの!?」
「私は数十種以上の魔物とのコンタクトを可能としておりますので」
五百年前とは比べ物にならないくらいコミュニケーション能力もアップしているらしい。
正直、相手が魔物とはいえこういうかわいい生き物と会話できるのは羨ましいと思った。
一先ずヤーサンからの許可は得たので、抱きかかえたまま身体を撫でまわす。
「これは良いものだね……」
「気に入っていただけたようですね」
「うん。デュラハンとかフェンリルとかドラゴン――はいるか分からないけど、そういうやばいのばっかりかと思ってた」
「ドラゴンもいますよ?」
「それは聞きたくなかったかな!」
やはりこの前の会話に出てきた「ドラ」はドラゴンだった。
それらに比べたらヤーサンはとんでもなくメルヘンな存在だと言える。
正直さっきまで緊張していたのが馬鹿みたいは話だった。
柔らかい羽毛のヤーサンの身体を撫でまくる。
「いい仕事してるね」
「かぁー」
「マスター、先ほどからヤーサンを随分と愛でますね」
「ん、だってかわいいし」
「かわいいって……マスターは女の子ですか? 身体だけでなく心も女の子なんですか?」
「いや、かわいいものを愛でるのに性別は関係ないじゃないか……しかも身体も男だし。僕はかっこいいのも好きだしかわいいのも好きだよ」
「ヤーサンは愛でるのに私を愛でないのはおかしいと言っているんです!」
「その発言がおかしいよ!?」
レイアの発言は予想の斜め上をいくものだった。
「おかしくなどありません。マスターに作っていただいたこの身体――どこからどう見ても美少女! 中身も相まってこれほど可憐だというのに……何故撫でまわさないのですか!?」
「いや……レイアのかわいいのベクトルとヤーサンのかわいいのベクトルは違うでしょ。女の子がかわいいからって撫でまわしたら僕ただの変態だよ」
「ヤーサンが雌だったら実質変態ですよ!」
「実質変態って……」
「かぁー」
「『雄だからいいよ』ですって……? ヤーサンそういう問題ではないんですよ!」
「ヤーサン、雄なんだ」
「かぁー」
「『俺もかわいい子は好き』……? マスターは男の子ですよ!」
「かぁー」
「『かわいければいい』? 何でもありですかあなたは!」
気が付くと、僕を置いてヤーサンとレイアの言い合いが始まっていた。
僕としてはこうして言い争うような事ができるのも羨ましい。
その間にもヤーサンの身体を撫でていると、レイアが遂に声を上げる。
「マスター! 騙されてはいけません! ヤーサンはただのカラスではなく、《ヤタ》族のカラスなんですよ!?」
「ヤタ族……? え、ヤタって……東の方にいる伝説のカラスの一族がそんな名前だったような――え、ヤーサンがそうなの!?」
「かぁー」
パタパタと羽を広げて鳴くヤーサン。
何を言っているか分からないが、何となく肯定しているように見える。
ヤタ族のカラス――《ヤタカラス》とも呼ばれた伝説のカラスがこの世には存在していた。
ドラゴンやフェンリルに比べれば有名ではないけれど、僕も見たのは初めてだ。
確かに、特徴であると言われている三本の足をヤーサンも持っている。
けれど――
「ヤタカラスがこんなにかわいかったなんて」
「かぁー」
「!? マスター! 何故まだ愛でるのですか!」
「え、何故って……別に実害とかないし」
「かぁー」
「『俺の勝ちだ』、ですって? ふふっ、面白い事を言いますね、ヤーサン……。マスター、今日の夕食は焼き鳥でいいですか?」
「焼き鳥って……ヤーサンの前でそんな――って、レイア? 目がすごく怖いんだけど!?」
殺意にも似た視線をヤーサンに送るレイアから、僕はヤーサンを必死に庇う。
ボールのような身体のヤーサンは持ちやすく、サッと後ろのほうにも隠せた。
「マスター、退いてください。調理できません!」
「お、落ち着こう? カラスにそんなムキにならないでよ!」
「私がまだマスターに愛でられていないというのに、ヤーサンばかりずるいと言っているのです!」
ヤーサンの紹介を受けるはずだったのに、そのヤーサンを殺そうとするのは如何なものだろうか。
――結局、レイアの言い分を僕が受け入れる形で事なきを得た。
***
ヤタ族のカラス――ヤーサン。
第十六地区の管理者であり、レイアがヤーサンを仲間に加えたのはおよそ四百五十年前の事だ。
この時には、すでにレイアという人格は完成しつつあった。
その時、とある書簡がフエンの自宅へと届く。
まだ、《魔導要塞アステーナ》と呼ばれる数百年も前の話だ。
「軍属魔導師への仕官要請――はあ、こんなものを送ってくる国がまだあるとは」
手紙にはそう書いてあった。
とある国が、《七星魔導》の中でもどこにも属していないままのフエンを欲したのだ。
この時点で、すでにフエンは表舞台には出て来ないが数体の魔物を操る《魔物使い》として名を馳せていた。
それは主にレイアが原因だったのだが、レイアはそんな事は気にしていない。
「従わなければそれ相応の処置を取る――つまりこれは、堂々とした暗殺宣言というわけですね」
レイアは手紙の内容をそう汲み取った。
だが、相手は普段送られてくるような暗殺者とは違う。
国として戦力を上げて、フエンを潰すと言ってきている。
レイアは手紙を握りしめる。
「あの時のような事もありますし……相手が多いと厄介ですね……」
――かといって、レイアはフエンの傍を離れる事はできなかった。
自身が近くで守らなければならないという強い意思を持っていた。
そんな時だ。
「かぁー」
「ヤーサン……? 行ってくれるのですか?」
「かぁー」
コクリと頷くヤーサン。
鋭い槍のようなフォルムをした、特徴的な身体を持つカラスだ。
この時は――まだ痩せ型だった。
ヤーサンは居心地のよい場所を探して彷徨っていたところをレイアが拾った。
暗い場所が好きな彼に、静かで快適な地下室を提供したのだ。
レイアとしては、ヤタ族のカラスという珍しい魔物がそのまま戦力として使えるのはありがたく、住処を提供する代わりに護衛として使うようにしていた。
そんなヤーサンが動くというのだ。
「……分かりました。ヤーサンにお任せします」
「かぁー」
ヤーサンがそう返事をすると、闇の中にスッと姿を消した。
丁度、日が沈む時間帯――フエンの眠る自宅より少し離れたところに、その軍隊は滞在していた。
《ガガルロント》帝国――昨今力を付けてきた勢力であり、この地域を新たに支配下とした国だった。
その勢いは凄まじく、次々と周辺国家を従属させていった。
それに拍車をかけようと、フエンという世界的にも有名な魔導師を仲間に加えようとしたのだ。
その判断は間違っていない――だが、相手を間違えた。
「《七星魔導》様が仲間になってくれるのかねぇ」
「さあな。他の六人は別の国に所属しているし……もう数十年は姿を見てないらしいが」
二人の鎧を着た兵士が、森の中で話をしている。
見回りをしながら、明日以降の作戦についての話をしていた。
滞在している兵士の数は数千を超える。
フエンを仲間に加えるためでもあり、同時に打ち倒すための戦力を揃えていた。
「仲間にならねえならどうするんだか」
「そのためのオレ達だろ。七星魔導を倒した――それだけでも箔がつくからな」
「仲間になっても敵としてもどっちでもいいって事だな」
「そういう事だ。ま、魔物使いっていっても相手は人間だ。いくらでもやりようは――」
「カァー」
「! なんだ、今の……?」
「カラスの鳴き声だろ。この辺じゃ珍しくもねえ」
ちらりと男の一人が木の上を見ると、そこには一羽のカラスがいた。
赤い瞳が男達を見据えている。
「あいつか」
「おら、あっちいけ」
「カァー」
ヒュンッと小石を、男がカラスに向かって投げる。
羽を広げてその場から飛び立つと同時に、突然周囲が暗闇に包まれた。
「……は? な、なんだこれ?」
「き、急に暗く……!? い、いや、何だあれは……!?」
元々日が暮れ始めていた事もあったから、別に慌てるような事はない。
だが、二人の男が目撃したのは――空を覆う黒い影。
バサリと広げた羽は数百メートルを超え、三本足のカラスによる羽ばたきで周辺にいた帝国の兵士達は次々と空を舞う。
二人の男達も例外ではない。
突風に巻き込まれたかと思えば、すでに身体は空を舞っていた。
「な、な、なんだ……こいつは!?」
「うわああああっ!」
空を舞う兵士達が最後に見たのは、地上に降り立った巨大なカラス。
ヤーサンはまだ、兵士達を撃退するためにやってきただけに過ぎない。
だが、到着した時点で待機していた帝国軍は壊滅状態に追い込まれる。
単純に大きい――それは純粋な強さに繋がるのだ。
ヤーサンは身体の大きさを自由に変えられる。
それはあくまで、元のサイズから小さくなれるだけの力だった。
ただ、その元のサイズがあまりに巨大だったのだ。
「かぁー?」
首をかしげて周囲を見渡す。
目的はすでに達成された――ヤーサンは再び空へと飛び立つ。
たった一人の魔導師が使わした魔物によって軍隊を壊滅させられた《ガガルロント》はその後の戦いでも勢いをなくし、徐々に衰退していく事になる。
――それから四百五十年後、ヤーサンはレイアの食事の練習に付き合わされて丸々太った身体となり、フエンに抱きかかえられているのだった。




