12.管理者紹介
翌日、僕は三日目の朝を迎えた。
相変わらず地下室が僕の自室なわけで……目覚ましは朝の日差しではなくレイアの声だった。
「おはようございます、マスター」
「ん、おはよう……何でベッドの中に入ってから起こすの?」
「私の口から理由を言わせるなんて……」
「純粋な疑問点だけど……」
「ベッドの中に入ってから起こしているのではなく、眠ったマスターの隣で一日添い寝しているからこうなるんですね」
「そっかー……いや怖いよっ!?」
「むー、怖いとは失礼ですね。こんな可憐な少女に向かって」
昨日冒険者に向かって物凄く殺意を向けていたレイアの言っていい言葉ではないと思う。
頬を膨らませて怒る仕草も人間らしい。
いや、僕自身最初から彼女を人ではないような扱いをしていたわけではないけど。
「そういう事を言うマスターには食事に少しずつ毒を盛りますからね」
「本当にやりそうな事言わないで!?」
「ほ、本当にやりそうとは失礼ですね……本当にやりますよ?」
「本当にやらないでよ!」
別の意味で人でなしだった。
こんな風に起こしてくれたわけだけれど、朝食の準備はすでにできていた。
レイア曰く、準備してまたベッドに舞い戻ったらしい。
その起こし方は重要なのだろうか。
「一応、寝室はプライベートなところだからさ……」
「マスター、あーん」
「え、聞いてる?」
「あーん」
「いや、自分で食べられるから……」
「…………」
「無言はやめてっ!」
レイアの反応にもバリエーションがある。
同じ言葉を繰り返してくる時も怖いけど、無言の圧力もやばい。
五百年の重みを感じる。
結局また食べさせてもらうような形にもっていかされるわけだけれど、食事中にふとレイアがこんな事を切り出した。
「あ、そろそろ《管理者》の紹介をしていこうかと思うのですが」
「!」
遂にこの時が来てしまった。
いずれレイアの方から切り出してくると思ってはいたけれど、面と向かって……いやレイアは隣にいるけど、とにかくこうしてレイアから言われる時が来るとは思っていた。
「あ、あー……そうだね」
「今日は大丈夫ですか?」
「き、今日は僕自身としては冒険者としての第一歩を踏み出してみたいなーって」
「大丈夫ですね」
「決めつけるの!?」
「……マスターは管理者に会いたくないのですか?」
「うっ、それは……」
カチャ、とレイアが手に持っていた食器を置く。
そのまま淡々と呟き始めた。
「彼らも私ほど長くはないとはいえ、一人一人がマスターを守るために管理者としての職務を真っ当しています。それをマスターは会う前から会いたくない、ような雰囲気ばかり出してますね。私は別に会いたくないというのなら無理やり会わせる気はありません。けれど、マスターを数百年、私ほどではないとはいえそれだけの時、マスターを守り続けた彼らに会いたくないなどとはどういう事なのでしょうか。私ほどではないですが! もちろん私はマスターの味方です。私はマスターがいかに外道で下衆な考えを持ったとしても、それを支える覚悟があります。たとえば森で出会った女にあわよくば……なんて事をマスターが考えたとして――」
「わ、分かったから! き、今日紹介して……?」
「さすがマスター、話が早くて助かります!」
話が早かったのはレイアだよ、と心の中で突っ込んでおく。
途中何故だかけなされた気がするけれど、もう突っ込む気も起きなかった。
でも、僕にも譲れないところはある。
「僕からもお願いがあるんだけど!」
「はい、何でしょうか。マスターの望みとあらば食事洗濯、護衛からえ、えっちな事まで……」
「自分で言って恥ずかしがらないでよ!?」
「では、どういうお願いでしょうか?」
スッとすぐに何事もなかったかのような表情に戻るレイア。
この切り替えの早さは見習いたい。
「とりあえず……今日のところは一体だけにしてくれる?」
どんな魔物が出てくるか分からないから、僕の心が耐えられるように少しずつ紹介してもらう事にした。
こうして朝食を終えた僕は、隣の地区――つまり第十六地区にやってきていた。
正直第十七地区という僕の住んでる場所ですらろくに把握仕切っていないわけだけど――
「え、何これ……」
そこは僕の想像を遥かに越えていた。
「ここ、地下だよね?」
「はい。十六地区と十七地区は利便性を考えて地下で繋がっていますから」
どういう利便性なのか分からないけれど、僕の住んでいる地下はまあ普通に外が見えないだけで快適ではある。
そんな場所の隣は、生い茂るという言葉が本当にぴったりとしている鬱蒼とした森林だった。
「え、森だけど……?」
「はい、そうですよ?」
「そうですよって……」
「第十六地区の管理者である《ヤーサン》は暗いところが好きなんです」
ヤーサン――意外と普通の名前をしているが、全容は分からない。
ただ、暗いところが好きという理由だけで地下から地上まで森になっているのは僕でも驚いてしまう。
そして何より、かなりの暗さがあった。
「まあ、ここが森なのは第十五地区の管理者が原因なのですが」
「き、今日は一体だけだよ!?」
「そんなに慌てなくて分かっていますよ……ふふっ、怯えるマスターもかわいいですね」
地下にこんな鬱蒼とした森があったら誰だって怖い。
僕のそんな思いとは裏腹に、レイアは早々に準備を始めた。
「では、ヤーサンを呼びますね」
「え、いきなり?」
「いきなりも何も、紹介するなら呼ばないと」
「まだ心の準備が――」
ピィイイイイ、という笛の音が僕の言葉を遮った。
それは地下森林内に響き渡り、音が大きく反響していく。
「お、音が大きいよ!」
「聞こえるように呼んでいるので」
「そ、それにしたって――」
「かぁー!」
「!」
奥地から、そんな鳴き声が聞こえた。
だが、声が聞こえ始めてからおよそ数分間、時々聞こえる鳴き声が徐々に近づくだけでまったく姿が見えてこなかった。
しばらくすると、遠くから赤く輝く何かが見える。
僕は思わず息をのんだ。
「かぁー」
「き、きた……!」
パタパタと物凄い勢いで羽を羽ばたかせながら、それでいてとんでもなくゆるい速度で彼はやってきた。
「彼が第十六地区の管理者であるヤーサンです」
「かぁー」
「……!?」
僕はその姿を見て目を見開く。
そして、思わず呟いてしまった。
「か、かわいい……!」
全身はこの地下森林の暗さも合間って見えにくいが、丸々としたボールのような身体を持つ、円らな赤い瞳のカラスだったのだ。




