11.望む形
僕が何とかギルドから逃げ出して町中を歩いていると、一人で町中を散策しているレイアを見つけた。
「レイア!」
「マスター、もう終わったのですか?」
「もう終わった、じゃないよ! 僕を置いて逃げるなんてひどいじゃないか」
「ふふっ、逃げたわけではありませんよ。マスターのために夕食の買い物をしようかと思いまして」
「いや、あの場にはいてほしかったけど……」
いつの間にか姿を消していたレイアは、一人で買い物をしていたという。
けれど、特に持ち物はなかった。
「買い物って……そもそもレイアはこの町にも来た事あるんだね」
「それなりに、ですが」
「そうなんだ……だからギルドの場所も知っていたんだね」
「普段はこのようにメイド服を着て表立った行動はしませんけれど」
「えっ、そうなの?」
「はい……今の私はマスターに仕える身だという証明をしなければならないので」
「何の証明!?」
レイアと合流した僕はそのまま町中の散策する事にした。
ここは冒険者も多いらしいけれど、普通に暮らしている人々の数も多い。
その分依頼も多いとの事で、冒険者の仕事が成り立っているとか。
僕がこの辺りで暮らしていくならやはり冒険者をやっていくのがいいだろうか――そうは思いつつ、先ほどでのギルドの件もある。
いきなり喧嘩は売られるし、その次にはギルドにいた冒険者達に僕が使える魔法について広まってしまうし……。
幸い、誰も僕をフエン・アステーナだとは知らない事が救いだった。
今やここから離れたところにはあるけれど、超高難易度ダンジョンとして知られてしまった場所――とても自宅には向いていない場所が僕の家なのだ。
「今日の夕食は何がいいですか?」
僕の考えを知ってか知らずか、そんな事を聞いてくるレイア。
これが五百年前からは想像もできない姿なわけで……。
まあ、特に不都合もないし僕はあまり気にしないけれど。
むしろ、レイアの作る食事はおいしかった。
味が分からないはずなのに、よくあんなにおいしい物を作れるものだ。
「僕はあまり嫌いなものはないし……あまり多くは食べないけど」
「もちろん。マスターの食べられる量は知っていますよ」
「うん――うん? 何で?」
「ふふっ……何故でしょうね」
「怖いよ!?」
僕の寝ている間に本当に何があったのだろう。
まだ目覚めてから二日目――レイアが僕に好意的である事が本当に救いだと思う。
ただ、自宅を要塞にしてしまったり、魔物達を管理者として置いていたり――やりすぎ感があるけれど。
「それでマスター、冒険者にはなるのですか?」
「うーん、生活するにはお金は必要だし……」
「? マスターの持ち物を売れば一生遊んで暮らせますよ」
「えっ、そうなの!?」
「それはもちろん、ご自宅にある魔道具は全て現代では入手困難なものばかり――売ればお金になるのは当然です」
「そ、そうなんだ……。それじゃあ売ってもいいかも……」
「おそらく売った瞬間からマスターの素性を調べようとする者や、あわよくばマスターを襲って魔道具を盗み取ろうとする者はいっぱいいるかと――」
「うん、やめとこう」
お金はほしいけれど、別に働きたくないわけじゃない。
それなら真っ当に働いて稼ぐのが普通だ。
そうなると、やっぱり自由気ままに暮らせそうな冒険者なんか理想的だ。
「でも、いきなり他の冒険者とも揉めたりしたしなぁ……」
「その点についてはもう心配ないかと思いますが」
「えっ、どういう事?」
「あの者達はマスターの動きにビビりまくっていました。明日にはそれはもう怯えた子犬のようにマスターにひれ伏す事でしょう」
「そ、それはそれで困るんだけど……!?」
ああいう輩がそんな素直になるとは思えないけれど。
レイアは僕の事を少し過大評価している。
それは五百年前の人達もそうだ。
《七星魔導》などと呼ばれて、若いうちから最強の魔導師の仲間入りを果たしていたわけだけど、僕はその名が重くて平穏な世界を望んだのだから。
「今日は煮魚にしましょうか」
「そういうのもいけるんだ」
「もちろん、マスターのためなら何だって作れますよ」
「要塞とかは作らなくてもいいけど」
「……魔導要塞では足らないと?」
「逆だよ!」
「ふふっ、冗談ですよ」
くすりと笑い、レイアはまた自然な笑みを浮かべて続けた。
「マスターが平穏に暮らせるように、私がしっかりサポートしますから」
「……レイアのサポートかぁ」
「フフクデスカ?」
「いきなり怖い!?」
けれど、レイアは多少やりすぎなところ――いやかなりやりすぎなところはあっても、僕の考えはきちんと汲み取ってくれるみたいだ。
色々あるけれど、一先ずはここで冒険者を始めてみよう――そんな風に思ったのだった。
「――」
「ん、今悲鳴が聞こえたような……?」
「! ……はて、鳥の鳴き声では」
「いや、人っぽかったような……」
「実はマスターは無意識のうちに人の悲鳴が聞きたいサディストだったのですね」
「断定するの!?」
気のせいだったのかな、そう思いレイアと買い物を続けた。
「アルフレッドさん、音漏れしてますよ!」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
「アルフレッドさんがどうとか……」
「アルフレッドさんにも煮魚を作ってあげようかと」
「食べられるの!?」
「試し切り用です」
「どういう事なの……?」
「ふふっ、冗談ですよ――アルフレッドさん、注意してくださいね」
小声で誰かに話しかけているレイアを、この買い物の途中よく見かける事になった。