10.管理者《アルフレッド》
到着して早々、ギルド内ではちょっとした言い争いのようなものが起きていた。
僕としてはあまり関わり合いになりたいものではないけれど、何分そこにいるのが昨日の知り合った人なわけで……。
「あ、あなたは……!」
むしろ向こうが気付いてしまった。
フィナに対して軽く挨拶すると、大柄の男の方もこちらに気付く。
「あん、見ねえ顔の女二人組がいるかと思ったが……あれがそうなのか?」
「え、ええ! あの人が昨日《灰狼》を倒した魔導師よ!」
(えー……どうしよう……)
惚ける事もできるけれど、圧倒的に不利な状況に見えるフィナをさらに不利な状況に追い込んでしまいそうな気がする。
「マスター、放っておけばいいんですよ。別に関わる必要などありません」
小声でレイアはそう言うが、僕は首を横に振る。
今後ここで活動していくのに、彼らと関わっていく事にもなるだろうから。
気付くと、大柄の男は僕とレイアの方まで歩いてきていた。
取り巻きのように複数人の仲間を連れて。
「……で、どっちがその女男だ? まさかそっちのメイド服の方か?」
「私はそのような変態ではございませんので……」
「うん――うん? 僕も変態じゃないよ!?」
「そっちの変態か……」
「便乗しないでよ!」
なぜ言われなき理由で変態と呼ばれなければならないのか。
こういう容姿だし別に変態でも何でもない。
「昨日はあんなに乱れて……」
「!?」
ぼそっと小声で言うレイアに、僕は思わずレイアの方を見る。
乱れたというのは、風呂場での一件の事を言っているのだろう。
……あんなので磨かれたら皮膚破けるからね、それは逃げるよ。
澄まし顔をしている彼女はもしかすると僕の敵なのではないだろうか。
「はははっ、こんな弱そうな奴があの《灰狼》を倒したって? 冗談は顔だけに――」
「誰が弱そうなのですか?」
「そりゃこいつだ。俺たちはあの《魔導要塞アステーナ》でデュラハンのところまでたどり着いたんだぜ。あんたもこんな奴より俺らのところに来いよ、可愛がってやるぜ」
「はあ……? 何ふざけた事を言っていやがるんですか?」
澄まし顔だったレイアの表情が一気に変化する。
それはもう今にも相手を殺しそうなくらい睨みを利かせたので、僕は慌てて制止する。
「ちょ、レイアはちょっと黙ってて」
「しかし……このようなどこぞの馬の骨に……」
「誰が馬の骨だ!」
「レイアも僕を馬鹿にしてたよね?」
「私は一つの愛情表現として――」
「無視してんじゃねえ!」
大柄の男がそう言うと、拳を振りかぶる。
だが、上げた拳が振り下ろされる事はなかった。
その喉元に、僕の作り出した魔力の刃が当てられたからだ。
「……っ!」
「今、レイアの方を狙ったね。僕の方ならまだしも……それはダメだよ」
「マ、マスター……!」
レイアに襲いかかるとたぶん本当に殺されちゃうからね。
僕のところで止めて置かないと。
男はばつが悪そうに手を下ろすと、
「……ふんっ、覚えていろよ」
そう一言残し、仲間を連れてギルドを出ていった。
「忘れたい……」
「ご、ごめんなさい。ついあなたが見えたものだから巻き込んでしまって……」
「いや、構わないよ。ああいう奴らの方が悪いんだし」
「なあ、あんたが灰狼を倒したっていうのは本当なのか?」
フィナと話している途中、状況を静観していた別の冒険者から声をかけられる。
僕が答える前に、フィナが答えた。
「ええ、この人が昨日《失われし大魔法》を使ってあの《灰狼》を倒した魔導師よ」
「「おおー!」」
他の冒険者達からも声が上がる。
まずい、普通にフィナの口止めしておけばよかった。
「い、いや……あまり広げられると……」
「すげえな、あんた!」
「さっきはボローズの一団も退けたし!」
どうやらあの大柄の男はボローズというらしい。
最近特に横暴が目立っていたらしく、鬱憤がたまっていたのか、それを退けた僕を称賛するような流れが出来てしまっていた。
「べ、別にたいした事はしてないって……ね、レイア――あれ? レイア!?」
気が付くと、そこにレイアの姿はない。
ピラリと一枚の紙だけが地面に残されていた。
そこには、
『がんばってください、マスター!』
そう一言だけ記されていた。
(えーっ!? 逃げられた!?)
「あんた冒険者じゃないのか?」
「よかったら今度俺らとダンジョンに行こうぜ」
「いや、あの……」
こうやって大勢の人に囲われるのはいつ以来だろう。
町の人に受け入れられた感じはするけれど、僕の望む平穏とは少し違う気がした。
***
「ちっ、あの野郎……」
ギルドから去った大柄の男、ボローズは仲間達と共に森の方までやってきていた。
彼らは普段、表立って話せないような事があると森の方までやってくる。
「どうすんだ、ボローズ」
「はっ、大勢の前で恥かかされたんだ。奴にはそれ以上の事をしてやらねえと」
ボローズがあの場で引き下がったのは、あそこでただあの青年を殴った程度では治まらなかったからだ。
それに、首元に刃を向けられた時にも気付いた。
あの青年は、かなりの強さを持っていると。
「このままじゃ腹の虫が治まらねえ……いっその事、事故にでも見せかけて殺しちまうか」
「なるほど――それは名案ですね」
「!?」
男達が声のした方向を見る。
そこには、先ほどギルドにいたメイド服姿の少女、レイアがいた。
レイアは男達を一瞥した後に続ける。
「あなた達程度ならば、暗殺でもしないとマスターには傷もつけられないでしょうから。まあ、暗殺でも無理でしょうけど」
「急に出てきて、随分な事言ってくれるじゃねえか……あんた一人か?」
「いえ、連れがいますよ」
「……? どこにもいねえじゃねえか。それより、聞かれちまったからには、そうだな。あんたには人質にでもなってもらおうか」
「……はあ。マスターが望まれなければ、すぐにでもあなた方を始末したいところですが――マスターの望みは平穏という事ですから、仕方ありません。マスターは優しすぎますね」
「ああ? 何言ってやがる?」
「お気になさらず。これからあなた方にはマスターの望む平穏のために教育を施させていただきますので」
「教育? 教育だってよ!」
その場にいた男達が全員笑う。
だが、ガシャンという音が響くと、全員の声がやんだ。
「なんだ、今の音……」
「あなた方、《魔導要塞アステーナ》でデュラハンを見たと言いましたね」
「あ、ああ。もちろん、俺たちはそいつと戦って――」
ガシャン――男の言葉を遮るように再び金属音がなり、それは姿を現した。
全身を黒ずんだ鎧で身を包み、刃こぼれした剣を右手に握りしめている。
大柄の男よりもさらに一回り大きな身体を持つ、黒いオーラを纏った首のない騎士がそこにはいた。
ガシャン――周囲に鎧の擦れる音が響く。
騎士は、レイアの隣で動きを止めた。
「ひっ!? く、首なし騎士!?」
「おかしいですね、見た事があるのでしょう?」
「な、な!? こ、こいつがデュラハンなのか!? 何でここに……!」
「浅はかですね……実力に伴わない嘘をつくなどと。ですが、安心してください。私はマスターの望んだ世界のために尽力すると誓いました。あなた方を殺したりはしません」
けれど、とレイアは続ける。
「死ぬよりも怖い目にはあっていただきます。そうでないと、殺さない意味がないですから――アルフレッドさん、お願いします」
そう優しげに微笑むレイアの声に応じるように、騎士は動き出す。
「オオオォォォォ……」
底冷えするような、人の声とも思えない音が響き渡る。
ガシャン、と一歩踏み出すと、一斉に男達が恐怖で逃げ出すが、森から出た先は同じ場所――
「ひ、ひいいいっ!」
「ふふっ、マスターが望んだ世界――例えそこに私の存在が許されなかったとしても構いません。そのために、私はいるのですから」
そう、レイアは呟いたのだった。