1.目覚めた世界は五百年後らしい
「レイア、後は任せたよ」
「はい、マスター」
白と黒を基調としたメイド服の少女――レイアはそう可憐に会釈しながら答えた。
ただ、表情そのものはほとんど変化はない。
僕の名はフエン・アステーナ。
中性的な容姿とよく言われるが、れっきとした男だ。
灰色がかった髪は特徴的だと言われるが、まあそのせいで《七星の灰土》なんて呼ばれていたりする。
《七星》というのは、僕に与えられた称号の一つで、《七星魔導》というものだ。
いわゆる世界最強の魔導師――なんていう風に数えられているものだけど、正直僕には荷が重すぎる称号だった。
一つの国の《宮廷魔導師》として仕えた事もあったけれど、与えられる職務は大抵最高位。
こちらからしたっぱでいいと言っても聞いてもらえなかった。
まあ、大体僕みたいなのを必要とする人は《七星魔導》が仲間にいるというのをおおっぴらにしたいのだから、仕方のない事なのだけれど。
四大魔法と言われる《火》、《水》、《風》、《土》に、《闇》と《光》と《無》の七つの属性に対して最高峰の魔導師に与えられる称号が、七星の証だ。
僕は《土》の称号を与えられているが、別にどの属性の魔法もあまり苦手という事はない。
強いていうなら火と光はそこまで得意とは言えないだけだった。
魔導師達が所属する《魔導協会》によって決められたものだけれど、利権争い何かにも巻き込まれて迷惑している。
仕事の依頼が山ほどくるのも疲れるけれど、刺客の多さも尋常じゃない。
まだ年齢の若い僕が居座るには、高すぎる場所だった。
だから、この世界から僕は姿を消そうと思い立った。
別に死のうとか、《転生魔法》を試してみようとかは思わない。
失敗するかもしれないし、何よりそんな理由で死にたいとは思わなかった。
死にたいなら黙って刺客に殺される方を選ぶ。
僕が望むのは、ただ僕がいなくなったと思われるようにして、ほとぼりの覚めた頃に静かに暮らす事だ。
十年後か二十年後か、分からないけれどそれくらいがちょうどいいだろう。
「さて……それじゃあそろそろ僕を封印しようと思う」
「はい、護衛はお任せください」
レイアはそう無表情で答えた。
僕の作り出した《魔導人形》である彼女はとても優秀だ。
数百年だろうと変わらぬパフォーマンスで働いてくれるように作った。
ここは僕が新たに隠れ家とした場所の地下だ。
けれど、町にいたとかそういう情報から嗅ぎ付けてくるのだろう。
結局、刺客は途絶える事はない。
比較的に安全な場所を選んだつもりだけど、それでもレイアの護衛は必要だった。
それでも、必要とあらば起きるつもりではいた。
「何かあったら起こしてくれ」
「分かりました。マスター」
こくりと頷くレイア。
彼女には、僕の封印を解くための鍵は渡してある。
僕自身に《封印魔法》を施すのは初めての事だけれど、まあ失敗してもレイアがいれば何とかなるだろう。
そんな軽い気持ちで、僕は自身に魔法をかけた。
「我が名において、我が身を封ずる――《宝封石化》!」
浮かび上がった魔方陣が僕の身体を包み込むと、そのまま身体が紫色の宝石に包み込まれていく。
この時をもって、僕は世界から姿を消した。
数年もしたら、僕にとって平穏な世界がそこにあると信じて――
「――スター」
「ん……?」
「マスター、お目覚めですか?」
「……封印を解いた――わけじゃないかな?」
「はい。マスターの封印は自然に解除されるまでそのままでした。大層厳重な結界で……さすがマスターです」
僕は少しだるさのある身体を起こす。
僕にとっては寝て起きたくらいで、少し長めの夢を見ていたくらいの感覚だが、レイアにとっては数年以上経過しているはずだ。
けれど、そこには変わらない彼女の姿がある。
《魔導人形》なのだから当たり前ではあるけれど。
「それで……何年経ったのかな。理想としては二十年くらいだけど」
「はい、五百年になります」
「そっか……五百年――ん? 五百年!?」
僕は思わず声を上げて聞き返す。
そんなに長く封印するつもりなんてなかった。
僕の態度を見てか、レイアはきょとんとした表情の後に、僕が今まで見たことのないような、いたずらな笑顔で答えた。
「何もなかったので起こしませんでした、てへっ」
「てへじゃないよ!」
目覚めたばかりでも突っ込みは冴えるものだった。
封印によって寝過ごしすぎた僕は――とんでもない未来で目覚める事になってしまったのだった。
***
「とりあえず……本当に五百年経ったの?」
「はい、本当です」
僕の問いかけに、こくりと頷くレイア。
寝たのが昨日の事のような感覚の僕からすると、正直目覚めたばかりで五百年経過したと言われてもいまいち感覚が掴めない。
ただ、レイアの雰囲気は僕の知るものとはまるで違った。
彼女は僕の作りだした《魔導人形》――すなわち、人間ではない。
感情というものをほとんど持たないはずだったのに、仕草や表情はとても僕の知っているものではなかった。
少なくとも、時間が経過しているという事に説得力は出てしまう。
「……一先ずは、分かった。うん、分かりたくないけど」
「申し訳ありません、マスター。まさかそんな長い間眠る予定ではなかったとは……」
「いや、レイアが悪いわけじゃないよ……。僕自身封印の加減が分かっていなかった」
そう――レイアには何年経過すれば起こしてほしいとも言っていない。
およそこれくらいの時間が経てば封印が解けるだろうと思っていただけだ。
実際に五百年もの間封印が持続してしまうなんて、僕自身驚いている。
レイアは僕の言葉を聞いて、パァと表情を明るくする。
「さすがマスター、器が大きいお方です」
「いや、このくらいは普通だと思うけど……」
無駄に煽てられて、僕は苦笑する。
レイアの雰囲気は変わったとはいえ、以前から一緒にいたおかげか自然と話す事ができた。
むしろ、五百年も経ってしまった世界では僕の知り合いはレイアくらいしかいないかもしれない。
僕自身が平穏な世界を望んだのだから、間違ってはいないのだけれど。
「そうだね……じゃあ、外に出ようかな」
「外、ですか?」
「うん。自分の目で見ないと分からないものもあるし……」
それにしても五百年……五百年か。
本当に、長すぎて実感が沸かない。
だからこそ、外に出て見てみてどんな変化があるのか見てみたいと思った。
「その前に……目覚めたばかりですし? 必要な事があると思います」
「ん、必要な事?」
レイアは少しだけ迷ったように視線を泳がす。
本当に、その姿は人間のようだった。
そんな風に考えている僕に、レイアは言い放つ。
「お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも、わ、た、し?」
「どこで覚えたの!?」
レイアが嬉々とした表情で聞いてきた。
目覚めたばかりの僕には、衝撃すぎる事が多すぎたのだった。
とりあえずの一話をぽつりと。
書きためようかと思ってましたがこのまま書いていこうかと思います。