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苦手な方はご注意ください。

誰もが望んだ婚約破棄【改訂版】

作者: 芳寛

「まだ彼女とその侍女達とは連絡が取れないのかい?」


ジークフリートは溜息をつくように零した。


【すまないジーク。私も何度か会おうとしたが、カリキュラムがズレたり、早めに下校されていたりとタイミングが合わなかった。】

【俺も何度か突撃しようとしたが、その度に後輩に声を掛けられたり、教師に用事を言いつけられて無理だった。

やっぱりなんかおかしい。】

【アントン、ボリス。君らの所為じゃない。多分、誰かの妨害が入っている。

やっぱり土壇場での勝負に持ち込もうと思う。マリアにも連絡して。

明日決行する。】


因みにこの会話は、机に指で書き筆読して交わしている。

実際に口頭ではジークフリートの婚約者であるカトリーヌへの疑惑と不満を声高に唱えている。

全ては偽装である。


ジークフリートはこの国の第一王子であり、公爵令嬢であるカトリーヌは幼い頃からの婚約者であった。

元々政略を含んだ婚約であったのだが、二人の心が通い合ったことはなかった。

双方の勉学の合間を取って交流を深めよう試みたのだが、カトリーヌは終始死んだ魚のような目をして硬い表情を崩さず、いつもピリピリした態度を崩さなかった。


だがジークフリートが15を過ぎ貴族の子女達が通う学園に入学し、その一年後にカトリーヌが入ってきてから事態は急変した。

当時ジークは同じ貴族科の生徒のマリアという男爵令嬢と班を組んでいた。

成績順に班を組んでいたのが原因だったので、同じ班のメンバーとして共に議論をしたり課題をクリアしたりと、彼女とは全く後ろ暗いことはない節度ある友人関係だったと誓って言える。

だがカトリーヌが入学してきた年から、彼女に陰湿な嫌がらせが始まったのだ。

学術用品を破壊されることは日常茶飯事。窓の下を歩けば汚物や汚水を上からかけられ、他の令嬢たちからは「ジークフリート様に必要以上近づくな」と暴力交じりに牽制される。

しまいには卒業の最終課題で魔物狩りの演習で一人置き去りにされるに至った。

幸い彼女の危機を察したジーク達が駆け付けた為最悪の事態にはならなかったが、学校側に抗議をしても教員はのらりくらりと言葉を濁すだけで埒が明かない。

この事態にブチ切れたジークフリート達が調査をしたところ、令嬢たちの背後にカトリーヌの存在が浮かんできたのである。

念の為王家直属の諜報部隊『王家の影』に調査を依頼しても結果は同じであった。

しかし、彼等は彼女が犯人である証拠を提示されても信じられなかった。

だがこの話を聞きつけた国王夫妻が、次の建国祭で臣下の前で二人の婚約を破棄し、カトリーヌを弾劾することを秘かに決めてしまった。

どうしても信じられなかったジークフリートはその1か月前の卒業パーティーで、マリアの協力の元一芝居打つ事にしたのである。


【ジーク。君が焦るのは分かるけど、一歩間違えれば君の身の破滅だよ?

分かっているのか?】

【でもクヌートと『影』からの報告はどうしても信じられないんだ。】

【どう見ても嫌われてるもんな、ジークは。】

【例え嫌われていたとしても、無実の者を弾劾するなんてできない。

時期国王として見逃せない。私が間違っていたら、臣下に下って弟を支えるさ。

チャンスは一度きりだ。もう逃せない。】

【出来るだけ言葉は濁せ。骨は拾ってやる。】


側近候補でもある幼馴染達に励まされ、筆読を終える。

だが、ふと本音が漏れた。


「どうして彼女は私を嫌うんだろう……」


寂しそうに呟く王子に幼馴染達はかける言葉が見つからなかった。




***学園のホールにて***




「カトリーヌ、君との婚約を破棄したい。」


突然のジークフリートの言葉に、学園に通う貴族の子女とその保護者達は息を飲んだ。

カトリーヌは驚愕のまま表情を凍らさせ、言葉もない。

ホールの入り口では彼女の父である公爵閣下が、慌てて娘に駆け寄ろうとしていた。


「この一年、私自身と君の身辺を調査した。そして由々しき事実を私は知ってしまった。

時期国王として、このままにして置く事は出来ない。

君との婚約を解消したい。

そしてここにいるマリアと婚約を結びたいと思う。」


王子の言葉に後押しされるように、マリアが頬を染めそっと王子に寄り添った。

もちろんコレは偽装である。

だが会場は歓声に揺れた。

突然のジークの宣言に驚き、側近候補のクヌートが慌てて近づこうとするが、ボリスとアントンがガッシリと捕まえている。

ジークはそれを端目で見ながらカトリーヌに向き合った。


「カトリーヌ。君とは長い付き合いだった。

何か私達に…「ありがとうございます、マリア様!貴女は女神のような方ですわ!」」

『…………………えっ?』


カトリーヌは目を輝かせ両手を祈る様に胸の前で組み、頬をバラ色に染めてマリアを賛美した。

いつもは静かすぎて置き物の様なのに、今は光臨が降りてきて花が彼女の周りに舞っている様な幻覚まで見える。

そこに彼女の友人達と父公爵が駆け寄った。


「ありがとうございます、ジークフリート様!

聡明と名高い貴方様が、この決断をなさる日を今か今かと待ちわびておりました!」

「ジークフリート様!よくぞっ、よくぞご決断なされたっ!

真実をお知りになり、さぞや苦しい思いをなされた事でしょう。

これからどんな試練が訪れましょうとも、我が家は貴方様を支えましょう!」

「おめでとうございます、カトリーヌ様!

やはり神は貴女様を見捨てにはなさらなかったんですわ!」

「今日はお祝いですわ!

こんなに嬉しい日は有りませんもの!」


目に涙を浮かべ喜び合う公爵父娘とその友人の令嬢達。

周りを見渡せばこのホールにいる者は皆、想い想いに歓喜の声を上げ、警備兵までもが笑顔を浮かべながら同僚と肩を叩きあっている。

何故だ?この場合、飛び交うのは自分への非難と怒号ではないのか?

犯罪の証拠も用意したのだが、皆そんな物がなくてもこの婚約破棄を歓迎している………一体何が起きているんだ?

ジークフリートとその仲間達は困惑した。


「お待ち下さい!どうかこの場にて発言をお許しください。」


声を上げたのはカトリーヌの侍女であった。

半ば現実を逃れるように目をやれば、なぜか彼女はクヌートを鎖で縛って転がしていた。

……それは一体……いや、今はよそう。


「いいです。許しましょう。」

「婚約を破棄するには双方の家の当主と当事者の署名の入った書類を教会に提出しなければなりません。

国王陛下、王妃殿下はこの件をご存じであられるのでしょうか?」

「いや、まだ知らぬ。ここで…「なにいぃーーーーー!? あのお二方は未だご存じでないのかあぁーーー!!??」」

「いやあぁぁーーーーーっ!!!王妃教育と称して剣一本でオークの群れに突っ込まれたり、閨の教育と称して父よりも年上の男に夜這いをかけられる生活なんて、もう耐えられないぃぃーーーーー!!!」


半狂乱になって叫ぶ公爵父娘。ジークは耳を疑いつつもその迫力に飛び上がった。


「ちょっと待った!それって本当に王妃教育か!?

カトリーヌ、君は私とマリアの仲を嫉妬して彼女に嫌がらせをしていたんじゃないのか!?」

「何故そのような事をしなければならないのです!せっかく殿下との婚約が破棄されるチャンスなのですよ!?

まさか、未だ何も気づかれておらぬのですか!?」


互いの認識の差に愕然となるジークフリートとカトリーヌ。

しかしここで宰相閣下と騎士団長(救いの手)が現れた。


「何をやっている、お互いの認識の齟齬など些細な事っ!

ここは共通した目的まで突き進むのみっ!!」

「公爵閣下、カトリーヌ嬢、ここに国王陛下の署名の入った白紙がございます。

この場にてお二人とジークフリート様の署名を記入し、婚約を破棄する書類を作成し、教会へ提出いたしましょう!」


その二人の助言に我に帰る公爵父娘。


「宰相閣下、でかしたぞ!」

「恩にきますわ、宰相閣下。

パトリック様、教皇子息の貴方様なら王家も手を出さぬでしょう。

この場で書類を整えますので、聖堂へ提出願えぬでしょうか?」

「えぇっ!?なんでボク?」

「よろしい!ならば儂が家人とともにパトリック殿を聖堂へお連れいたそう!

何、我が家の家人は近衛にも腕は劣らぬ。屍山血河を築きあげようとも、無事に送り届けようぞ!」

「何それっ!?

書類を提出するだけだよね?何でそんなに物騒なの!?」


ギャラリーと化していたのに、いきなり話を振られて戸惑う教皇子息。

騎士団長は自らの副官と孫を呼び寄せた。


「良いか?これは儂の独断である。今より家族とは縁を切らせてもらう。

ベッカー、儂に何かあった場合は後任を頼んだぞ!

ボリス、良いか?真の忠臣とは主人に耳障りの良い事ばかりを述べるばかりではない。

命を賭しても諫言を述べる事も大切なのだ。それを心に刻め。」

「全て承知いたしました。後はお任せください。」

「お爺様、一体何が…?」


覚悟を決めて了承する副官と困惑する孫。

その間に婚約破棄の書類は整った。


「では行くぞ若造!

ボリス!殿下とマリア嬢を命に代えてもお守りするのだぞ!」

「いやああぁぁぁーーーー!!!ちょっと待ってええぇぇぇーーー!!!」


ドップラー効果な悲鳴をあげるパトリックとその首根っこを引っ掴んで走り去る騎士団長に、会場にいた生徒達はやんややんやとエールを送る。


「それでは殿下、我々も一度屋敷に戻ります。これから大変ですが、お互い頑張りましょう!

マリア嬢の迫害については、そこのクヌート殿を問いただす事と独立司法機関『女神の天秤』に調査を依頼なさる事をお勧めいたします。

ご武運をお祈りいたします!」

「宜しいですか、殿下?何が何でもマリア様をお守りするのです!毒味の護衛も山ほど用意してください。

贈り物は全てアントン様やクヌート様に中身を改めさせるのです。

特に国王夫妻からの賜り物は絶対に渡さないで下さい!

では皆様、御機嫌よう!」


そういうと公爵父娘は慌ただしくそれでも優雅に、風のように去って行った。

それをジークフリート達はボーゼンと見送っていたが、宰相に肩を叩かれ我に返った。


「あの……宰相閣下。申し訳ないが、詳しく説明してくれないだろうか……?」

「ふむ、いいでしょう。ここでは詳しく話せないので、このまま我が家においで下さい。

ついでに(クヌート)はこのまま連れていきましょう。

どうか挫けずに最後まで聞いて下さいね?」


遣り手と名高い宰相のハゲ頭が、キランッと光った。




***二週間後、宰相邸にて***




『女神の天秤』からの報告書を読んだジークフリートは崩れ落ちた。

彼の幼馴染達とマリアは『うっわあぁぁ…』とした表情のまま、彼にかける言葉は見つからなかった。

『女神の天秤』からの報告書は、国王夫妻が王太子夫妻であった頃からの公爵家との確執から記載されていた。



当時隣国との政略により、若き公爵は隣国の公爵令嬢と婚姻を結んだ。政略であるものの、二人は仲睦まじく互いを思い合っていた。

ところが婚姻の報告も兼ね王太子の長男の生誕祝いに夫婦揃って挨拶に上がると、王太子は公爵夫人を見初め閨に侍るよう命じたのである。

当時の国王夫妻のとっさの判断でその場は冗談で済ませたものの、王太子はストーカーのごとく公爵夫人に付き纏い、権力に傘を着て愛妾になるように迫ったのである。

この国では側室は認めず、公式愛妾は3人まで認められているが、子供の扱いは庶子になり継承権は認められない。

しかしだからと言って継承権を持つ公爵当主の妻を、次期国王の愛妾などには絶対できない。

二人は愛し合っている上、なんと言っても隣国との政略で嫁いだのだから。

国王夫妻は勿論、王太子妃と当時の宰相を始め臣下一同揃って王太子を諌めたが、王太子は聞き入れなかった。

そこで公爵夫人は病気療養と称し、領地に引きこもるようになった。

公爵夫人が領地に引きこもっている間に王太子妃は手を替え品を替え王太子の気を引こうとしたが、王太子は見向きもしなかった。それどころか公爵夫人に似た女性達を、気まぐれのように愛妾として抱えるようになった。王太子妃はだんだん自分の息子だけが心の拠り所になっていった。

それからしばらくして公爵夫人は女の子を出産したが、産後の肥立ちが悪く亡くなった。

時同じくして国王が亡くなり王太子は国王として即位したが、公爵夫人の死を知り政治を省みず、自室に引きこもってしまった。

同じように公爵も妻の死を悲しんだが、こちらは残された娘の為にだんだん立ち直っていった。

政治は王太后が中心になり宰相達と国をまわしていたが、事態は故公爵夫人に瓜二つの娘・カトリーヌに存在が周りの貴族に知られると動き始めた。

自分に取り入ろうとする貴族から、カトリーヌの存在を知った国王は城に連れてくるようにと公爵に命じたが、娘がまだ幼い事と亡き妻の遺言もあり公爵はのらりくらりと断っていた。

しかし王太后の生誕祭に密かに挨拶に来たカトリーヌを盗み見た国王は、その場で国の内外にカトリーヌがジークフリートの婚約者であると発表してしまったのである。

公爵家はもちろん、王太后をはじめとする王家の面々、宰相をはじめとする臣下達も初耳であった。知っていたなら止めていた。

そしてカトリーヌは誰も望んでいないのにジークフリートの婚約者にされてしまったのであった。

そしてカトリーヌの王妃教育(地獄の日々)が始まった。

王妃教育として武術や馬術を習うのだがどさくさに紛れて暗殺されそうになるのはザラであった。

もちろん帝王学や語学・礼儀作法なども習うのだが、何かと言いがかりをつけられて鞭打たれる。

少しでも怪我をすれば城に治療と称して無理やり留め置かれ、毒を塗られたり媚薬を守られて『閨の教育』と称して国王が夜這いに来る始末。因みにこの時はカトリーヌの侍女達が刺客を返り討ちにし、国王は薬を盛られて王妃や愛妾達の寝所に放り込まれていた。ジークフリートは宰相から『自身の弟妹+父の庶子+α 』が父がカトリーヌ(12歳未満の子供)に夜這いをかけた数だと聞き、しばらく立ち直れなかった。

流石に見兼ねた王太后が表立って庇い、ジークフリートとカトリーヌを国王夫妻から取り上げ『王太后直々の教育』と称して保護したが、その頃には国王と王妃にすり寄って甘い蜜を吸おうとする者が顕著に現れ始め、お茶会に行けば王妃や愛妾達に擦り寄る貴族達からは毒を、国王派の貴族からは媚薬を守られ誘拐されるようになる日々。無論抗議するのだが『王妃教育の一環』として王家からの赦免状を持ち出され不問にされてしまった。

そして王太后が亡くなると、国内の貴族は大体3つに分かれた。


一つ目は国王に擦り寄りカトリーヌを差し出して己の便宜を図ろうとする者。

二つ目は王妃や愛妾に擦り寄りカトリーヌを暗殺して、その責任を自分らと対立する勢力に押し付けて、自分らの押す国王の子に即位させようとする者。

三つ目はこのままジークフリートとカトリーヌを婚約させたままにして彼女を守ろうとする者。


多くの貴族からすれば、公爵令嬢とはいえ臣下の一人。その人生を国の為に差し出せ、というのが彼らの主張だった。

しかし宰相と騎士団長をはじめとする臣下は異を唱えた。


「貴方なら喜んで妻や娘を差し出すと。奥さんや娘さんがどんな目で貴方をご覧になるか興味深いですなぁ〜。」


そう言われて皆口を閉じた。国王夫妻はどう見ても私情だったからだ。

そしてジークフリートは学園でマリアと出会う。

偶々同じ班を組んだこの男爵令嬢を国王夫妻は利用することにした。

国王夫妻は王子の側に護衛兼監視役として潜入していた『王家の影』に、学園の貴族子女がマリアに悪感情を持ち迫害し、その罪をカトリーヌに着せるように誘導させた。

『影』は貴族令嬢に囁いた。『身の程知らずに王子に擦り寄る男爵令嬢がいる。王子は軽く流しているが、身の程は弁えるべきだ』『カトリーヌにマリアを迫害した罪を着せ、婚約を破棄させるようにしよう。カトリーヌがいなくなれば、王子の婚約者(未来の王妃の座)は貴女のものだ。』『カトリーヌの代わりにマリアをと王子が望んでも、所詮彼女は男爵令嬢。後はどうとでもできる』

さらに貴族子息にはこう囁いた。『カトリーヌは公爵家の一人娘だ。彼女が婚約破棄されたなら、彼女と結婚した者が次期公爵家当主になれる』

王家と公爵家の確執は公の秘密であったが、さすがに貴族の多くは子供達に真実は話せなかった。なぜなら流石にとても体裁が悪すぎたからである。

多くの貴族子女は『陛下はカトリーヌを気に入っていて、王妃様は彼女がお嫌いなんだ。』という認識しかなかった。

彼らは王子達が婚約を破棄した後、まさか国王がカトリーヌを犯罪奴隷に堕とし慰み者として生涯囲おうとしていたとか、王妃に至っては彼女を重犯罪者達の慰み者にして嬲り殺そうとしていたなど、全く想像していなかったのだ。

学園中の生徒だけでなく、教師達までこの企みに参加していた。

学園長は崩壊しかける秩序をギリギリで持たせ、行き過ぎる犯罪を防ごうとしたが何分にも(バカ)が多すぎて間に合わなかった。ただ最悪の事態に備え、カトリーヌを逃がそうと他国への留学許可証を密かに彼女に発行していた。

公爵家もそろそろ王家を見限り、亡き妻の母国に亡命を画策していた。

ジークフリートの決断はいろんな意味でギリギリだったのである。



…………そういえば宮殿で彼女に会う時はいつも面会の打診をしなければならなかった……怪我で療養していた時はいつも面会の許可が下りなかった………アレは大人達が己の所業を隠すためだったのか……………。


な に や っ て ん だ よ、 ウ チ の 親 ぁ ーーーーっ!!!!


あああああああぁぁぁぁぁ……ごめん、ごめんよカトリーヌ!ごめんよマリア。

そうだよなぁ〜、そんな奴らの子供なら打ち解けてもらえる訳ないじゃないか!

何で気づかなかったんだ自分!仮にも婚約者だろう!?どんだけ鈍いんだ!

ああああああぁぁぁぁぁぁ……もう、……「彼女に会わせる顔がない、そうお考えですか?」


どこまでも落ち込みそうなジークフリートの意識を戻したのは、宰相だった。

彼はジークフリートを椅子に戻して目線を同じくし、口を開いた。


「昔の話を致しましょう。

貴方の曾祖父王は奢侈を好み百人を越す愛妾を抱えるだけで無く、戦さを好み周辺国家に何かにつけてちょっかいを出す方でした。国は疲弊し民が飢えで死ぬか戦さで死ぬかのどちらかでした。

先代国王は父王を武力で廃し、周辺国家と平和条約を結び国の法を立て直し、国に平和を民に安定をもたらした偉大な方でした。

無論一人でそれを成した訳ではありません。彼の方は先先代とは価値観の違いから折り合いも悪く、常に対立していましたので、同じ志を持つ王太后様をはじめとする複数の臣下に支えられて成し遂げたのです。

今代国王陛下はその方と比べられるのは常でした。しかし、自分なりの努力を続ける方なら臣下も従ったでしょうが、彼の方は努力というものから逃げる方でした。

そんな今代を先代様達は最後まで気にかけ、我らに『彼奴とその子に王たる器がなければ、王の権限を取り上げ立憲君主制に移行せよ』と遺言なされました。

独立司法機関『女神の天秤』の設立もその準備の一環でした。

今は亡き王太后様は『我が孫の見極めをせよ』と我らに遺言なされ、私共はそれを守り貴方様とその側近候補達にはカトリーヌ嬢の事情は一切知らせず、貴方様がどう動くのか見守っておりました。

貴方は素直な方です。自身の実力や短所を弁え、自身が叶わないと認める相手の長所を羨みもせずに褒め、自らも精進しようと努力を重ねることができる方です。

苦手な相手でも必要と認めるならば遠ざけず、相互の理解を深めようとする事ができる方です。

あのホールでの公爵父娘の言葉を聞いたでしょう。我々にとっても貴方は最後の希望でした。

時は有限でございます。今、貴方がなさるべき事は何ですか?」


そうだ。今一番気にすべきなのは国の分裂と他国からの干渉だ。

祖父王の御代からここ数十年は小競り合いはともかく戦争は起きてはいないが、カトリーヌは隣国の継承権を持つ。彼女の叔母は隣国の王妃で何かと彼女を気遣っていた。

カトリーヌの過去を知れば、そのまま戦争を起こされても不思議ではない。

公爵はあの晩にそのまま隣国へ大使として派遣され、カトリーヌはそれに伴う形で留学したが、国王夫妻が健在な限り彼女の危険は去らないだろう。

騎士団長はパトリックを無事に聖堂に届けたものの、刺客に倒れた。後任のベッカーはよくやっているが、このままではバランスが崩れ、国は分裂して破綻する。


「宰相閣下。私はこの国と民を守りたい。

王太后様より『民あらずして国は成らず』と教えられていたが、父達の行いはそれからかけ離れていた為、何が正しいのか戸惑っていた。

無論私のなす事が全て正しいとは思わない。しかし例え地に這い蹲り泥を被っても、最良の道を探して足掻きたい。

どうか手伝ってはもらえないだろうか。」

「カトリーヌ嬢とマリア嬢はいかがしますか?」

「カトリーヌとはこのまま婚約を破棄する。このままでは彼女は幸せにはなれない。私は彼女に笑顔を与えたかったが、結局苦しめるだけだった。

彼女以外王妃に相応しい教育を受けた者はいないし、傍にいて欲しいと思った人はいないが、私はこれまでの彼女の苦労を思い、カトリーヌは彼女の思う人と幸せになってほしいと思う。

マリアとも婚約はしない。元々あの場での芝居だったし立場が違いすぎる。父達のワガママでこれ以上犠牲者を出すわけにはいかない。」


祖母の生誕祭で、こっそりと祖母の好きな白バラを届けようと私室に訪れた時、彼女を庭から垣間見た。

即興で小さな手でマーガレットの花冠を作り、祖母に捧げた時の彼女の笑顔が眩しくて忘れられなかった。

あとで婚約者として会った時にはもう張り付いた笑顔しかできなくなっていて、寂しくて何とか笑顔にしたかったが、結局あの日まで(婚約を破棄するまで)叶わなかった。

ジークフリートは知らずに肩を落とした。


「ふむ、ギリギリ及第点と致しましょう。

学園での調査は粗も目立ちましたが、何分国のトップが黒幕の一大冤罪事件でしたからなぁ〜。

三年です。私の下で学んでいただきます。それ以上は持たないでしょう。

アントン、ボリス殿、そなたらはどうする?」


王子を値踏みするように見てから、宰相は己の息子と亡き友人の孫に問いかけた。


「私はジークフリート様と共に。」

「命に代えましても。」

「私も交ぜてくれませんか?」


最後にマリアがそう口を添えた。ジークフリートはこれからの艱難辛苦の道のりを思い断ろうとした。


「いやマリア、君は…「えぇ、何が何でもお伴しますとも。どうでもいい存在と学園生活を暗黒のドン底に突き落としてくれた事、奴らを奈落の底に叩きつけて泣かして這いつくばらせて、キッチリ後悔させてやりますとも、カトリーヌ様の分までも!ジークフリート様、よろしくお願い致します。」………ハイ。」


しかし座った目付きで淡々と感情を見せずに言い切ったマリアの殺気に気圧され、了承した。

そして未だに両手を鎖で拘束されているクヌートに向き合った。


「クヌート、君は『王家の影』としてカトリーヌの冤罪を誘導し、私に偽りを報告していたね。

『王家の影』は父達に着くようだが、交渉の余地がないか使者として赴いてもらえないだろうか?」

「随分と甘く見られたようですね。我々が国王を裏切るとでも?」

「私が即位したあかつきには、君ら『王家の影』の全ての者を騎士として抱え、長には男爵位を授けよう。

伴侶や家族を持つ事を許可し、君らが任務で命を落とした際はその家族を王家が守ろう。」

「全員説得いたしましょう!なんなら俺だけでも今ここで忠誠を誓いましょうか?」


あっさりと掌を返したクヌートを冷めた目で見ながらマリアは近づいた。


「では殿下。クヌート様は、我らの同志となられるのですか?」

「あ、あぁ。そうなるが…」

「クヌート様にお聞きしたい事がございます。

学園で生徒に私のあらぬ噂を流し、私に対するイジメと殺人未遂を誘導したのは、貴方ですか?」


部屋の温度が一気に下がる。青ざめる王子とその幼馴染達。宰相は一人平然と見守った。


「えぇ、そうですよ。上からの指示でしたからね。

誰にどうしろとは具体的な事は言ってませんが、よくない噂を流したのは確かです。あとは学生や教員が勝手に踊ってくれましたよ。」


にこやかに笑っていうクヌートから目を逸らさず、マリアはジークフリートとクヌートに話しかけた。


「殿下。1発だけ彼を殴ってよろしいでしょうか?

それでおあいこにして、気持ちを整理いたしますわ。」

「えぇっと、1発だけで良いのか?というか後にしないか?

怪我されて使者に立てなかったら困るんだが……」

「俺は構いませんよ?伊達に『影』やってません。貴族令嬢の拳ぐらいじゃビクともしませんから。

なんならあと2発追加しても良いですよ?」


無表情で許可を取ろうとするマリアに対し、ヘラヘラと笑いながら許可するクヌート。その二人の落差にオロオロするジークフリートとその友人。


「今でないと機会は訪れないような気がするので、ぜひここで。」

「いや、でも…「俺は構いませんって。」……じゃあ、許可しよう。」

「ありがとうございます……では…。」


一歩下がって両腕を曲げて脇に付け、深呼吸するマリア。


「―――――――― ハアァッッ!」


マリアは踏み込んで大きく腕を振る。ゴウッと何かが畝るような音がしたかと思うと――――


グゥワキャッ!!


クルクルと回転しそのまま左後ろにあった本棚の角に額をぶつけ、クヌートは床に転がった。

――――「幻の右だ……」しばらくしてボリスがポツリと呟いて男性陣は我に帰った。


「クヌート!大丈夫ですか!?」


慌ててアントンが駆け寄って抱き起こしたが、当のクヌートは鼻血を出したまま恍惚とした顔で「…か・い・か・ん」と呟くものだから、思わず彼はクヌートを床に落とした。


「えっ!?ちょっちょっとアントン、何が?」

「殿下近づいてはなりません。アレは病気です。触れてはならぬモノです。

今すぐ離れてっ!」

「おいっ病気でなくて怪我だろう?手当はいいのか?」

「いいんですっ!私達の今の役目は殿下の護衛です。殿下を危険から遠ざけないと!」

『危険ってなんの!?』




『王家の影』の掌握に成功したジークフリートは、三年後に両親を病気療養の為と称して退位させ、自ら即位した。後に『粛清王』と呼ばれる事になる彼は様々な改革に乗り出し、80年後の立憲君主制の下拵えをした。

そんな彼は30を過ぎるまで結婚せず、浮いた話一つもなく後の歴史家達の想像を掻き立てた。

一番有力な説は婚約者の心を試すために婚約を破棄した事を後悔していた、というものである。

だが決定的な史料は発見されていない。

ただいつも影のように四人の忠臣が側にいた事だけが伝えられているだけであった。



彼らのその後


国王夫妻と愛称達:

ジークフリートに身辺調査され、育児放棄していた子供達と離される。魔物の出る森に幽閉され、自給自足の生活を強制される。国王はもちろん王妃や愛妾も抗議するが「カトリーヌにあんな王妃教育したんですから大丈夫ですよね?」と一蹴される。その後ジークフリートは国王等を囮にして反対勢力を一掃。国王のみ北の修道院に幽閉。彼らは寂しい余生を過ごした。


ジークフリート:

ジークフリートは弟妹達を引き取り教育。人数も多かったので、普段なかなか全員とは会えなかったため、交換日記が主な交流手段だったが、彼に弟妹達は懐いてくれた。

王家と公爵家の確執は秘密とされたが人の口には戸が立てられず『嫁いびりの王家』と悪評が立ったのと、後の『粛清王』の異名のせいで、政略でさえ縁談は来なかった。

成人した弟妹達は「僕らのお兄ちゃんにお嫁さんを!」と団結し、周辺国家を廻ってお嫁さんを探してくれて、30歳を半ば過ぎてからようやく結婚できた。後世には愛妻家と伝えられている。


アントン、ボリス、クヌート、マリア:

アントンは後に宰相に。ボリスは後に将軍に。マリアは外交官に。クヌートは実は彼らより三つ年上で『王家の影』から王子の監視役として派遣されていた。後に『影』の長に。

彼らは『粛清王』の忠臣として『鮮血のカルテット』と呼ばれた。


カトリーヌ:

このお話の被害者代表。彼女のお付きの侍女達は王太后の遺言で彼女の専属となった元『王家の影』。カトリーヌを守る為、裏でこっそりとクヌートと剣を交える事がしばしあったりした。

カトリーヌは母の祖国に留学してそこの貴族子息と運命の出会いをし、大恋愛の末結婚する。

結婚の際国王夫妻と揉めたが、ジークフリートが表に立って彼女を庇い無事成就。二男一女を生み、次男に公爵家を継がせ、心穏やかな日々を送った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませて頂きました。 今まで中々見ないタイプの婚約破棄ものですね。 しかしながら怒濤の断罪パートと真実が語られるシーンとで温度差が凄い凄いw 王族の気持ち悪さ(ジーク除く)が遺憾なく…
[良い点] ジークの弟妹たち良い子だなあ [一言] この手の婚約破棄は初めて見ました この王と王妃で、この国よく保ってましたね それだけ先代の治世が安定していたということか
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