36.影響
ふっ、と、私は、顔を上げる。
くらっとして、そこが、私の寮の部屋だと理解した時、私は、ぞっと背に怖気が走った。
無意識のうちに、額に手を当てて。
ピピッ、ピピッ、と断続的に携帯のアラームの音。
「……この音で、気が付いたんだ……」
(……そのまま呑み込まれてしまうかと思った……過去のその時に)
思ったままをそのままに口にして。
苛々と、頭を俯けて、両の手で頭を圧迫するようにする。
……私の過去、ずっと、思い出そうとしてこなかったこと、……それを積極的に回想しそうとするなんて。
きゅっと下唇を血が出そうなほど噛むと、浴室へと向かう。
何も考えずに、全てを剥ぐと、髪と身体を洗って空っぽの気持ちのままに浴槽に浸かった。
薄桃色の泡は、まるでシャボン。ピンク色の泡に写りこむ世界。
ぼんやり見つめて。
―-世界が、私だけしかないように思えていた頃、世界は、全て私中心に思えていた。
さみしかったら、誰かを巻き込んで、そうして、どうにかしてもらいたくて
温かいものは、私の中に元々ないと思い込んで、温かいものを貪欲に欲しがって
そうして得られたものは……なんだっただろう
**
ぼんやりと思う
過去を
選択肢は無限に目の前にあるようでいて、そこに自らの意思が介入しているだろうと本当に言える選択などどれだけあるのだろう。
他者からの影響によって幾らでも自由意志は誘導され、自らの選択だと思わせられたままに、突き進んでいく道。
それらは幾らでも周りに転がっていて
だから
**
ぱしゃっ、と、顔を湯に勢いよく浸けて、そのまま潜っていく。
けれど、それら全ては自らが選択したものに他ならない。
動かなくなったゆうくんと呼んでいたミルク色の軽自動車を思った。
**
そうして、そのまま浴槽に沈んでいると、傍の台に置いていた、防水のスマートフォンが、私の好きなオルゴールの手作り曲を鳴らす。
慌てて、掴んで、電話に出ると、田邊さんの声。
「……えっと、ごめん、今日、あいつが無事直ったから……その報告に……それだけ、なんだけど……」
田邊さんの、ぶっきらぼうな、少し低めに響く声が、何故かじんわり安心して、急に、涙が滲んできた。
過去のことを思い出して、情緒不安定な時に、田邊さんの声を聞いたからだと思う。
自分の反応に慌てたまま、涙よりも嗚咽を何とかしなくてはならなくて、鼻声で対応すると、相手側の田邊さんがびっくりしたような声になる。
「……っそ、そうなんぅでぅすか……っ」
「……?おい、どうした?泣いてるのか……??なんか水の音、するな?どこいるんだ?外?」
私は、半分パニックのまま、
「……ぇっと、今、ぅお風呂入ってまっす」
「……は?ぅえっはぁああああ?風呂っ?おま、馬鹿じゃねぇのっ」
プツンッと、耳に痛い音がしたと思うと、田邊さんに一方的に電話を切られて、私は、そのまま、変な顔になる。
ゆうくんや田邊さんと話しているといつもこうだ。こうなるんだ。
私は、今まで悲惨な顔をして暗い思いで泣いていたのに、いつの間にか、泣き笑いの顔をして、気づいたら肩を震わせて、笑っていた。
田邊さんに某無料のSNSで、お風呂あがったら、電話掛け直します。ごめんなさい。
と、送ると、スマートフォンを台に置いて、そのまま、泣き笑いの顔をお湯でぱしゃっと洗う。
過去の、私と、篠部さんという自動車の話、ゆうくんにしてみようと、私は、思い直していたんだ。
……過去にちゃんと向き合えるような気がした。ゆうくんや、田邊さんが話を聞いてくれたなら。
そんな気がした。




