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35.悪魔の契約(2)

 入口から入れずに固まったように彼女を見つめる私の姿に興味を惹かれたのか、彼女が私に視線を移し、表情を固める。


 それは、一瞬で、何事も無かったように彼女は私から視線をずらすとまるで歌うように言った。


 「……来てくれたのね。嬉しい。小さな子。あの時は、私に手を貸してくれて有難う。……びっくりしたでしょう?ごめんなさいね。驚かせてしまって……。……よくあることなのよ。……小さな子に迷惑をかけてしまって……反省しているわ」


 彼女の窓際から見えるのは、あの、向日葵の花壇だと気づいて、私は、何故か、そこから目を逸らす。


 ……彼女の言葉が頭の端でちりちりとリピートする。


 -- 「……ええ、……弟が……とても、好きな、花で……っ」


 目線を落とした。……あの後、看護師さんに彼女の話を聞いていたから。彼女の弟さんは、3年前に、川に呑まれて亡くなっていることを。


 **


 ふっ、と、ベッドサイドの机に置かれていた黄色い向日葵の花と写真立てが目に入って、私は大きく目を見開いた。


 ……そこに写っていた笑う子は、……まるで私のように瓜二つ。


 笑っている。



 どくんっ、と、大きく、私の心臓が鳴った。


 ぁ、不味いな、と、私は瞬間に思うけれど……それはもう、遅かった。


 ……その部屋に入った瞬間に……そして、私は呼ばれていたのだと気づく。


 ……そして、この部屋に呼び寄せたのは、……彼女の今だ引き摺る思いの強さでもあるのだろう。


 **


 ……じっと、彼女を見つめる。


 ……何故、こんなにも、透明な表情をする彼女に引き寄せられるように思うのか、その写真を目にして、解ったような気がした。


 ……幽霊が見える私には、解る。……弟さんは、もう、ここには居ないこと。……きっと、きちんと黄泉の国で、お姉さんを見守っていること。


 ……そう、……解るのに、……私は、彼女に近づいてしまっていた。


 ……きっと、それは、寂しい私の……きっとそれは、ただの私の、我儘な”それ”


 ……それこそが、哀しい”縛り”


 ……そして、それは、今考えても、私の、傷が生んだ、”罪”なのだと思う。



 **


――「……えっ?篠部さんが、弟さんにどのように呼ばれていたか……?う~ん、どう呼ばれてたんだろう……あなた解る?」


――「ぁ、私、知ってるわ。聞いたことがあるの。……確か、こう呼ばれてたのよ……百合ねえさんって……」


――「病院にもよくお見舞いに来てくれていた可愛い子だったわよねぇ。……丁度、そう、小百合ちゃんぐらいの年恰好で、可愛い声で。百合ねえさんって呼ばれて、くすぐったそうに笑っていた篠部さん私よく目にしたわ」


看護師さんから聞いた篠部さんともういない弟さんの話、それを思い返して。


 私は、にこっとした笑みを崩さずに、篠部さんに近寄ると、出来るだけ可愛らしく見えるように上目遣いで、口を開いた。



**


「いえ、こちらこそ。気になさらないでください。……ただ、もしよろしければ……、私、お友達、欲しいんです。お姉さん、お友達になってくれませんか……?」


篠部さんは、目を大きく見開いて、その表情を上目遣いに伺いながら、私は幾つも幾つも見つけてしまう。


篠部さんの瞳が色濃く揺れて、その中に蠢く篠部さんの感情を、じっと見つめて。その中に私は、幾つも幾つも見つけてしまう。面影を拾うその瞳が揺れるさまを。


篠部さんは、きっと瓜二つの私の顔から、きっと面影を探してる。


……もう、居ない弟さんの面影。


**


にこりと、笑んだ、彼女はそうしてこくんと頷くと、私は笑みを浮かべて、彼女に一つ目の縛りを。

言の葉にのせて。


「嬉しい、です。お姉さんは、私のこと、なんて呼んでも良いけれど、お友達だから、あだ名で呼んでほしいの。……私は、お姉さんのこと、百合ねえさんって、呼んでも良いですか……?」


私の言葉に、彼女は、驚いたように目線を揺らし、思わず零れ落ちたように、言葉をこぼした。


目を見開いたままに


「……雪……」


……それは、もう居ない、彼女の弟さんの名前。私は、動揺しないように気を付けて、彼女の言葉を拾って。


「雪?それがあだ名?解りました。百合ねえさん、”僕”、百合ねえさんと”また”お会い出来て、とっても嬉しい、です」



 ……その言葉は、本心のままに、私の心に荒れる罪の意識。ちりちりと燃やし尽くすようなそれは。

苦味を持って、……でも、私はきっと、それほどに、その頃の私は、寂しかった。


さみしくて、さみしくて、揺らがないものが欲しかった。その言葉が罪になろうともそれに抗いたくなるほどに、望んだ。



心を縛ってでも、欲しかったもの。それは変わらない。もの。


(そんなに、そのもう居ない弟さんが忘れられないのなら、小百合が、その弟さんになってあげる。だから、その弟さんに向けている”それ”、その、温かいものを、小百合にも頂戴)


ちりちりちりちりと、胸を焼き尽くすそれ。



私が、どうしても欲しかったもの。だから、言の葉で縛った。私と彼女の傷が交差する時、触れ合った、一瞬のもの。


――姉弟ごっこ。


それは、悪魔の契約。


そして、それは間違いなく、私が言の葉にのせて縛った、”それ”から始まったんだ。


……それは、私の初めの”罪”


私の塗りつぶしたい過去の始まりの”罪”



 



 

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